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業界の「越境者」になろう

著者: 林信行

業界の「越境者」になろう

©Mr.adisorn khiaopo

「昨年はVR元年でしたが、今年は何元年になりそうですか?」

年末年始はこの類の質問をたくさん受けた。今、改めて考えても昨年がVR元年だった印象は薄い。確かにVR系の展示会はたくさん行われた。しかし、VR技術のルーツは第二次世界大戦前にまで遡るもので新しくはない。ではVRが一般に普及した年かといえば、そちらの実感もまだない。

「昨年はVRの年である以上にファッションテック(ファッション×テクノロジー)の年だった」と話すと、テクノロジー業界を軸足にする取材者は、その盛り上がりを知らないので興味深く耳を傾ける。いくつかの媒体は2017年を「ファッションテック元年」として記事をまとめていた。

いまさら言うまでもないが、「○○元年」は何かの「始まり」でもなければ「定着」でもなく、1つの話題がマスメディアによって発見され、普及し始めたタイミングを指していることがほとんどだ。ファッションとテクノロジーの結びつきはコンピュータの記憶媒体、パンチカードの元になったジャカード織り機(1800年頃)まで遡ることができるし、昨今のファッションテックでつくられた服やサービスが浸透したとも思えないが、多くのメディアにとっては、これは「今、発見された新大陸」のようなものなのだ。

「未来は今」。この21世紀、我々が「知ったら驚くような未来」の多くは、ただ我々が知らないだけで、実はとっくの昔に形になり始めていることが多い。

今は人が溢れ、モノが溢れ、情報が溢れ、かつてはそれらをうまくつないでいたメディアもうまく機能を果たせなくなった。

「これだけは誰もがみんな見ている」という「マスメディア」が消失して、狭い業界に閉じた無数のタコツボ系メディアが主流の時代になっている。そうしたメディアの情報のうち「発火しやすい」もの、たとえば大きな事件や事故に関連したものやスキャンダルは過剰なほど関連情報がつながり、複製され、捏造され、流布していくが、その分、発火性が低い重要情報がどんどん埋もれてしまっている。

もしかしたら次のグーグルは、そうした問題を解決してくれるのかもしれないが、そんなサービスが登場するまでの間は、閉じた業界の間を乗り越えられる「越境者」こそが時代を先導すると私は思っている。いや、よく考えたら、これまでの時代もそうだったのかもしれない。アップルは「テクノロジーとリベラルアーツ」の2軸で、マイクロソフトは「テクノロジーとビジネスセンス」で、グーグルは「テクノロジーと好奇心(研究心)」で、ソニーは「エレクトロニクスとデザイン」で世界を変えた。

私が2008年に九州大学で初めて大学生向けに講義を行ったとき、趣味でも特技でもいいから他の人とは異なる自分ならではの軸の組み合わせを持とうという話をした。ちょっと前までの日本の大企業の特定の部署では「同じような環境で育ち、同じようなことを学び、同じような趣味を持ちと何から何まで同じ人だらけ」であることも少なくなかったが、それでは悪い言い方をすれば「交換可能パーツ」にしかなれない。

人工知能を含めたテクノロジーが発展していく中、人間に求められているのは同じ条件でも同じ答えになるとは限らない多様性だったり、非効率さや不条理さ、バカ丁寧さといったコンピュータに表面だけ真似させても意味のない価値だと私は思う。どんな病気が流行っても3万種類以上の脳ほどの重さの腸内細菌があるおかげで人類は滅亡せずに済んだわけだし、他の生物を絶滅の危機から救ってきたのもこの「多様性」だ。1つの殻の中だけに閉じ篭っていては、新しいトレンドが誕生したとき、その業界ごと壊滅してしまう可能性もあるが、越境者がいて1つの軸だけに頼らない進化を続けていれば、時流の変化の影響に強い業界を築けるのではないかと思う。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームスダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。