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“余白創造”のプロが取り組むパーソナル倉庫ビジネスの可能性

著者: 栗原亮

“余白創造”のプロが取り組むパーソナル倉庫ビジネスの可能性

寺田倉庫

東京・天王洲アイルを拠点に倉庫事業を展開する寺田倉庫は、創設から67年以上培った保存・保管のノウハウを活かしたさまざまな新事業を展開中。BtoCサービス「minikura」もその1つだ。【URL】http://www.terrada.co.jp/ja/

倉庫業界の常識を覆す

テクノロジーを用いた“イノベーション”はスタートアップだけの特権ではない。歴史ある企業だからこそ、新たに創造できる事業もある。それを実感させてくれたのが、2012年にローンチした新進気鋭のWEBサービス「ミニクラ(minikura)」だ。

ミニクラは指定の段ボール箱にモノを詰めて送ることで、預けた箱の中身をWEBからいつでも確認したり取り出せるクラウド型のストレージサービス。「自分だけのパーソナル倉庫」で、洋服や趣味のアイテムなど“リアルなモノ”をデジタルデータとして管理できる利便性から大きな注目を集めている。

このミニクラの運営母体は、1950年の創業から実に67年の歴史を持つ寺田倉庫だ。その社名からも推察できるように、もともと東京湾岸を拠点に穀物などを保管する倉庫業から発展してきた経緯がある。

倉庫業界では中堅であった同社では、大手倉庫会社との差別化を図るために、保存・保管技術を活用した独自の新事業をその時代ごとのニーズに合わせて実施しており、1975年からは絵画や彫刻など美術品の保管、1983年からはテープや磁気ディスクなど映像・音楽メディアの保管、1991年からはトランクルーム、1994年からはワインセラー事業を展開してきた。

さらに、倉庫街であった東品川地区をビジネス街として再開発する「天王洲アイル」の発展を目的として、画材専門ラボやミュージアム、倉庫空間を活用したレンタルスペースを運営するなど、近年では文化・芸術分野での活動がめざましい。自社のミッションを単なる空間の提供ではなく、人々に時間や精神的な余裕をもたらす「余白創造のプロ」と自認する寺田倉庫ならではの取り組みと呼べるだろう。そして今回紹介するミニクラもまた、従来の倉庫業の概念を大きく超える新事業の1つとして位置づけられる。

「もともと温湿度管理や電機メーカーの部品を供給する個品管理システムなど、荷物を保管・保存する倉庫業として蓄積してきたノウハウを持っていますが、さらに大手にはできないことをやりきる仕組みづくりを得意にしてきた歴史があります。いわば、ベンチャー精神を大切にする土壌があったのです」

そう語るのはミニクラチームのリーダー、柴田可那子さんだ。主にメーカーと取引するBtoB事業からBtoC事業へ方針転換を果たした背景には、2011年に就任した現在の代表取締役である中野善壽社長の采配があるともいう。中野社長は海外でのビジネス経験が長く、従来の枠にとらわれない異業種ならではの視点で同社の改革に取り組んできた。柴田さんもまた、倉庫業とは無縁のアパレル会社のマーケティングから2012年に同社に転職してきたという異色な経歴の持ち主だ。

【PERSON】

MINIKURAグループ サブリーダー

MINIKURAチーム リーダー

柴田可那子さん

2012年に大手アパレルから寺田倉庫に転職。マーケティングの経験を活かし、MINIKURAグループのチームリーダーとして活動中。

モノとハコからの新展開

ミニクラのコンセプトが画期的と呼ばれる理由は主に3つ。まず、段ボール1箱単位から預けられるという小回りの良さだ。ユーザは指定の段ボールを数種類の形状から選択して購入し、アイテムを詰め込んで発送するだけ。箱をそのまま預かる「ミニクラ・ハコ(minikura HAKO)」というプランでは、保管料は月額200円と非常にリーズナブルだ。最低でも月に数千円以上はかかるレンタルトランクルームと比べてコストパフォーマンスは高い。しかもただ預けるだけでなく、WEBのマイページから箱の状況を把握し、必要なときが来たら箱ごと配送してもらえるなど、従来型のレンタル倉庫と比べてはるかに高い利便性を実現している。なお、荷物自体は天王洲ではなく東北と関東の3拠点にある提携倉庫に保管される。今後も全国各地に提携倉庫を増やしていく考え。こうした「場所」に縛られない物品管理はクラウドサービスならではのものだ。

次に、「ミニクラ・モノ(mini kura MONO)」というプランは、同サービスの中でももっともユニークなものといえる。こちらも専用のボックスに荷物を入れて発送するというところまでの手順は同じだが、到着した倉庫でスタッフが箱を開封して30点までのアイテムを写真撮影してデータベース化してくれる。マイページではこれらの各アイテムをサムネイル画像で管理できる。保管料も1箱あたり月額250円と箱のまま保管するプランと大きく変わらない。

いわば「ハコ」ではなく「モノ」単位で預けられるサービスであり、従来の倉庫業の常識を大きく覆した。なぜなら「倉庫」というビジネスモデルでは、個人から梱包された状態で箱を預けられたら、その内容物に応じた適切な環境へそのまま保管するのが一般的だが、ミニクラ・モノではいったん預かった箱の封を解くからだ。

「お客様からお預かりした大切な荷物を開封して取り扱うということには懸念もありました。しかし、思い切って事業を開始したところ大きな反響を呼んだのです。箱の中には実に多くのものが詰まっていて、お客様一人一人の人生が手に取るようにわかりました。それは、私たちにとって大きなチャンスになったのです」

このハコとして預かるプランとモノとして預かるプランを基本とすることで、これまでとはまったく異なるビジネスの可能性が大きく花開いた。たとえば「ミニクラ・クリーニングパック」というプランでは、内容物を10点までの衣類専用とし、クリーニングと6カ月の保管がセットになっている。これは、ワンシーズン着用した衣類を、クリーニングに出してから次のシーズンまでクローゼットに収納するという手間を大幅に省いてくれるもので、ファッション好きの人であればかなり魅力的なサービスに映るだろう。

また、旅行や出張先にアイテムをキャリーケースに収納して配送する「ミニクラ手ぶらトラベル(minikura tebura TRAVEL)」もある。たとえば、アウトドア用品一式を現地の旅館やホテルに配送しておき、旅先で楽しんだあとはスーツケースを送り返して帰路を身軽に過ごすことができる。料金には衣類のクリーニングも含まれており(3着まで)、使用した衣類の洗濯の手間も省ける。

さらにユニークな取り組みとして、フィギュアなどのコレクションやファッションアイテムを保管しておき、それを一品ごとにヤフオク!にオークション出品できるオプションサービスがある。サムネイル画像は撮影済みなので、アイテムの出品情報を追加するだけで出品が手軽に行える。さらに落札後は倉庫から直接ヤマト運輸の宅配便で送られるので、面倒な梱包作業などからも解放される。また、落札者に住所を知られずに送付できるというのも個人情報保護の観点からも大きな利点がある。

ほかにもアナログ写真のデジタル化オプションなど、ユーザメリットを挙げれば枚挙にいとまがない。1600万アイテム以上という利用数がその利便性を物語っていることがわかるだろう。

【PRODUCT】

モノ単位で倉庫に荷物を預け、WEBのマイページから管理できるクラウドストレージ。開封せずに箱のまま保管するプランのほか、箱の中にあるアイテムを30点まで撮影し、マイページからアイテム単位で売買や取り出しができるプランなどがある。ミニクラはこの保管システムのAPIを公開し、さまざまなサービスのプラットフォームとしての役割も果たしている。たとえば、欲しいモノ同士をつなげるマッチングサービス「サマリー(Sumally)」もミニクラのAPIを利用している。

minikura

【URL】https://minikura.com

Sumally Pocket

【開発】Sumally Inc

【価格】無料

【ジャンル】App Store>ライフスタイル

プラットフォームとしての展開

現在はこうした画期的なサービスを数々と展開しているが、サービス開始当初から順風満帆ではなかったと柴田さんは振り返る。

「ミニクラはフィギュアや同人誌などを収集するコレクターと親和性が高いと思っていて、お台場で開催される2013年のコミックマーケットでプロモーション展開したことがあるのですが、当時は知名度不足でほとんど反応がありませんでした」

そうした失敗の経験を踏まえ、それならばとフィギュアを販売するバンダイと提携して預かりサービス「魂ガレージ」を展開したところ、SNSを中心に大きな話題となった。ミニクラの倉庫管理の仕組みを利用できるAPIを公開することで、新たな事業展開が可能となったのだ。

「ミニクラ自身のサービス拡充はもちろんですが、APIを公開することで各企業がそれぞれの強みを活かしたオリジナルの保管サービスをユーザに提供できるようになったのです」

このBtoCに加えてBtoB、BtoBtoCへのビジネスモデルの展開は成功を収めた。一見すると競合関係にあると思われがちな物置メーカーとの提携によってゴルフバッグやスノーボードの預かりサービスが生まれるなど、多くの他業種とのコラボが実現した。

そして2014年に入ってからは、ミニクラAPIの普及を図る意味合いも含めてスタートアップ支援の取り組みも開始。開催したビジネスコンテストでは、倉庫を利用するユニークなアイデアが数多く生まれ、“物欲SNS”の「サマリー(Sumally)」と提携したアプリ「サマリー・ポケット(Sumally Pocket)」も誕生した。

「アーティストが作品をシェアして気軽に売買できるサービスや、子供服の物々交換サービスなど、私たちが思いつかなかったような新サービスがミニクラのAPIを利用して生まれ始めています」

倉庫業の本質である「モノの保管・保存」という事業価値と、ベンチャー企業の持つユニークな発想が結びつき、私たちの暮らしをもっと快適にするサービスが現実のものとして登場しているのだ。

“お預かりした荷物を開封することは、倉庫業界ではタブー視されてきました。でも私たちはそれを開けてしまったんです(笑)。すべてがそこから始まりました”

フラットでスピーディな組織

現在、天王洲のミニクラのオフィスで従事する寺田倉庫の社員は10名、そのほか開発に携わる業務委託のエンジニアや倉庫での物品管理に携わる運営チームも含めると約40~50名という規模となる。社員の平均年齢は35~36歳程度で、勤続年数は6年以内が平均。とても歴史ある企業とは思えない人員構成だが、これには理由がある。寺田倉庫は2011年にブランドの再構築、事業ドメインの整理を行い、拡大路線から高付加価値路線へと転換、これによりベンチャー企業並みの大幅な若返りと組織のフラット化による意思決定のスピードを大幅にアップさせた。

「ミニクラは社内ベンチャーや事業部というよりは、独立したグループといったほうが適切ですね。倉庫事業からの叩き上げは半分くらいで残りは私を含めて異業種からの参入です。WEBマーケや広告を専門としていたり、クレジットカードや物流などバックグラウンドはさまざまですが、PM(プロジェクトマネージャ)は1人で企画書も書ければP/L(損益計算書)も読めます」

いずれのグループも少数精鋭で構成されている寺田倉庫では多くのプロジェクトがあり、それぞれを数名で回している。それを実現できている要因の1つが、スピードとジャッジを早め、社員同士の適切なコミュニケーションを促進するために採用するユニークな相互評価制度「コイン」だ。

このコインには「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」に加えてマイナス評価の「ドクロ」の4種類が刻印されている。コインは年に2回自己申告で清算して換金し、モチベーション向上と、その行動が上司や部下、同僚からどのように見られているのかを直接対面で話し合うきっかけにするために使われる。上司にドクロコインを渡すのは勇気がいるかもしれないが、れっきとした社内制度として設けられていることは互いに承知しているため、考えていることを直接言葉で伝える環境が生まれ、会議では立場の違いに関係なく「侃々諤々」の議論が交わされることも珍しくなくなったという。歴史ある企業でありながらベンチャー並みのフラットでスピード感のある組織づくりを実践するには、こうした大胆な仕組みも大切だ。

【WORK STYLE】

(1)ミニクラのオフィスは、寺田倉庫と同じフロアを分割し独立した環境となっている。企画、開発、運営チームが常に10名前後、オープンオフィスで働いている。(2)開発とデザインのチームは机を並べサービスの改善をスピーディに行える環境を整えた。(3)社員の荷物は同社サービスのアイコンでもあるスクエアなロッカーに収納する。大きさもミニクラの段ボールと同じくらいだという。(4)柱や壁がホワイトボードとして使えるようになっており、打ち合わせ中に思いついたアイデアなどを即座に共有できる。(5)「ミニクラ・モノ」に預けられた公開アイテムは運営スタッフにより撮影され、リアルタイムでオフィス内のディスプレイに表示される。写真はミニクラの倉庫で撮影されたアイテムの様子。倉庫感のまったくないオフィスだが、ここは紛れもなく倉庫会社なのだ。