アルプス山脈の東端、ジュリア・アルプスにあるブレッド湖。中央の島には、湖に浮かぶように建てられた教会が、15世紀の昔からこの場所を眺めている。僕らはお隣の国イタリアからスロベニアの首都リュブリャナを経由し、ここまでやって来た。真冬のブレッドの街は観光客も少なく静かで、薄くもやがかった湖は、凛とした空気に包まれていた。
アルプスの氷河からできた湖は、日中は澄んできれいな緑色をしている。僕らは湖畔の遊歩道を歩き、岩山の古城を探検して、湧き水が凍った大きなつららにはしゃぎながら、ときたま響く島の教会の鐘を聴いた。すべてが美しく、まるでおとぎの世界にいるようだ。
夜明け前、僕らは再び湖へと向かった。湖を一望できそうな小さな山に登るためだ。朝日に照らされたブレッド湖は、なおのこと美しいに違いない。ヘッドライトの光を頼りに枯葉の登山道を歩く。ようやく辿り着いた山の上。暗闇に紛れて、湖と街とアルプスの山と、僕らが見たかったものすべてがそこにあった。
色づき始めた空を、ブレッド湖は忠実に映し出していく。暗い緑だった湖は青へと変わり、昇り出した冬の太陽が、街や山を薄赤く染めた。あたりがすっかり明るくなると、ブレッド湖はいよいよ輝き始める。僕らは、ものの5分で凍ってしまったコーヒーを片手に、この景色に見とれていた。凪いだ湖面は、そこに向こう側の世界があるかのように、教会の影をはっきり映して出していた。
鈴木陵生(Ryosei Suzuki)
映像作家。2011年より夫婦で世界一周を始める。旅の様子を発信する映像サイト「旅する鈴木」が、平成26年度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。2014年11月、DVD&Blu-ray「World TimeLapse」(KADOKAWA)をリリース。 【URL】http://ryoseisuzuki.com