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われわれは今、未来を生きている。2017年へようこそ

著者: 林信行

われわれは今、未来を生きている。2017年へようこそ

©oatawa

2016年には一時代を築いた偉大な人物が次々と亡くなった。英国がEUから離脱し、ドナルド・トランプ氏が大統領選を勝ち抜くという番狂わせも起きた。それまで信じてきた価値観が根本から覆り、気づいたらまったく違う世の中に放り込まれていたと感じた人も多いだろう。

2017年は否が応でも「変化の年」になりそうだ。そう考えていたとき、ふと10年前のお正月を思い出した。

2007年、Macの祭典・マックワールドエキスポへの出張準備をしながらアップル社のホームページを開くと、そこにはミステリアスなメッセージが掲載されていた。

「最初の30年はただの序章に過ぎなかった。2007年へようこそ」

背筋がゾクっとした。最初の30年というのは、アップル創業からの30年。この間、同社はアップルIIでパソコン革命の幕を開き、マッキントッシュで今日的なパソコン操作を切り開いた。出版業界にDTPという革命をもたらし、アップルの一部となるネクスト社もWorldWideWebを誕生させた。2001年にはiPodでデジタルライフスタイル革命の口火を切った。

どれも世の中の風景を一変させてしまった偉業ばかりだが、それらをひとくくりにして「序章に過ぎない」と切り捨てたのだ。

「さすがに今回は大ボラが過ぎるかな」とも思ったが、1週間後、サンフランシスコでスティーブ・ジョブズが基調講演のステージを去った頃には「あながち嘘ではないかも」と信じ始めていた。目の前ではソフトバンクの孫正義さんがジョブズが去ったあとの空のステージをいつまでも放心状態で見つめ、話しかけても返事できずにいた。

言うまでもないが、ジョブズがこのステージで発表したのは初代のiPhoneだ。

ジョブズは、この製品で年間2億台規模のパソコン市場から10億台規模の携帯電話市場にターゲットを変え、社名も「アップルコンピュータ」から「アップル」に変更、アップルを世界一の企業に躍進させた。そして、世の中のいろいろなものが大きく変わった。

改めて思い出してほしい。iPhoneが出る前にはアップルペイはもちろん、SiriもLINEもフリック入力もなかったし、大手3携帯電話会社の枠を超えて販売される携帯電話もなかった。ガジェット好きの人たちは、携帯型音楽プレーヤとコンパクトデジタルカメラとICレコーダをバラバラに持ち歩いていた。mixiやGREEはゲーム会社ではなく、ソーシャルメディアの会社だった。そしてツイッターを含めたソーシャルメディアは、パソコン画面からアクセスするのが一般的だった。タップやスワイプといった言葉は聞かず、ピンチという言葉が「窮地」という意味以外で使われることはほとんどなかった。そんなiPhoneの登場から10年が経った今、われわれはポケットやバッグに未来を詰め込んで持ち歩いている。

ジョブズ不在の1987年頃、アップルは「ナレッジナビゲータ」という未来のパソコンのコンセプトビデオを作った。見る人によってはこれを「近未来」と感じるかもしれない。しかし、このビデオのほとんどのことは、今iPhoneで実現している。

ナレッジナビゲータでは画面に擬人化されたキャラクターの顔が表示され、何もしないでもメッセージや予定を読み上げてくれる。今のiPhoneではSiriを起動して「通知を読み上げて」「予定を教えて」と質問する手間はあるが、聞きさえすれば答えてくれるし、旅行中のヨーロッパで「32ユーロって何円?」と聞けば「3662円」と教えてくれる。そして、アップル最新のウェアラブルであるAirPodsを身につけていれば、このSiriの人工知能があなたの耳の中に収まってしまうのだ。

「われわれは今、未来を生きている。2017年へようこそ」

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス・ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。