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第45話 心臓部への投資はできているか?

著者: 林信行

第45話 心臓部への投資はできているか?

Photo●apple.com

物理ホームボタンとヘッドフォン端子をなくしたiPhone 7シリーズ、サンダーボルト3以外のすべての端子をなくした新MacBookプロシリーズ。今年のアップルはいつになく大胆に攻めている。

そんな攻めのアップルの自信を支えているのが独自開発の半導体だ。iPhone 7の心臓部であるA10フュージョンチップや、アルミの凹みを押し込めるボタンのように感じさせる「Tapticエンジン」、新発表のワイヤレスエンジン「W1チップ」…アップル新製品の内部における独自半導体の存在感が徐々に増している。

これらはテキサス州オースティン市にある同社の施設でデザイン/製造されている。オースティンは、'90年台後半のMacが採用していたCPU、PowerPCがつくられていた場所だ。アップルは1991年頃、それ以前に採用していたモトローラ製のCPU、MC680x0シリーズの成長に限界を感じて新CPUの模索を始めた。行き着いたのが、IBMのオースチンの施設で開発をしていたPOWERというCPUアーキテクチャだった。共同で劇的に高速な新構造のCPU、PowerPCをデザイン。後にここにモトローラが加わり、アップル│IBM│モトローラの3社連合でPowerPCというマイクロプロセッサが誕生した。

テキサス州は土地が広く税率が低いこともあり、半導体メーカーのテキサスインスツルメンツやパソコンメーカーのDELL、旧COMPAQなどを誕生させ、第2のシリコンバレーとも呼ばれている。アップルは2012年頃からこの地にカリフォルニアの本社を上回る9万平方キロメートルの新キャンパスを建造、数千人のアップル社員が働いている。

ドナルド・トランプ対ヒラリー・クリントンの大統領選では、トランプが「アップルにiPhoneを米国で製造させて雇用政策に貢献させる」と語り話題となったが、ティム・クックはオバマ政権時代から米国での雇用促進に取り組んでいた。2007年、ウォール・ストリートジャーナル主催のイベントでiPodで日本のメーカーを追い抜いた秘密を聞かれた故スティーブ・ジョブズは、アップルが実はソフトウェアメーカーで、iPodはその優れたソフトウェアのための美しい表皮に過ぎないと語り、アラン・ケイ博士の「ソフトウェアに対して本当に真剣な人は、ハードウェアも独自に作るべきだ。」という言葉を引用した。その後のアップルは、この教えを忠実に実践すべく主力製品、iPhoneの心臓部まで独自に開発を始めていたのだ。

独自部品への投資で成功しているのはアップルだけではない。掃除機や扇風機、ドライヤーなど幅広い製品を開発し躍進著しい英国のダイソンの心臓部をご存知だろうか。答えは「ダイソンデジタルモーター(DDM)」と呼ばれるモーターだ。超小型でありながら十数万rpm(回転/分)とF1エンジンの5倍、ジェットエンジンの10倍の速さで回転するこのモーターを使って、ダイソンは他社には真似ができないような強さで空気を操っている。こちらもソフトが要で、2013年のDDM V6と今年発表のDDM V8では、ほぼソフトウェアの更新だけで1万rpm以上の高速化を実現。ダイソンは、そんな心臓部のDDMの開発をさらに進めるべく、2010年頃にはマレーシアとシンガポールにその拠点を完成させている。

少し前までは、イノベーションを続けるリーダーも、その後を追うだけのフォロワーも、同じ汎用部品を使って製品をつくっていることが多かった。しかし、2007年前後以降、リーダーたちは、他社製品との差別化を表層的なスペックだけではなく心臓部から行うための投資を行ってきたことが、ここへきてクッキリ表れてきた。果たして日本の製造業は、同様の投資が行えてきたかが気になるところだ。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス・ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。