株式会社ソラコム
モバイル通信とクラウド技術を利用したIoTプラットフォームを提供する注目のスタートアップ企業。“モノ”向けのデータ通信SIMを1回線分から低価格で供給し、プログラマブルなAPIを利活用することで、多くの企業のIoT事業を下支えしている。【URL】https://soracom.jp/
IoTに立ちはだかる制約
「モノのインターネット(IoT:Internet of Things)」というキーワードの認知度はこの数年で飛躍的に高まった。身の回りのあらゆるモノがセンサと通信機能を持つことで、多くの情報をインターネットに収集して解析結果を可視化し、ビジネスや日常生活のさまざまな課題解決に役立てられるという現在進行形の注目テクノロジーだ。
もちろん、各種のデバイスとインターネットを接続して相互に制御するという発想や、デバイス同士で通信するM2M(Machine to Machine)のコンセプト自体は決して新しいものではない。だが、iPhoneやiPadの普及に加えてアップルウォッチやドローン、ラズベリーパイ(Raspberry Pi)のような新時代デバイスの登場でにわかに現実味を帯びてきたのが今日のIoTをめぐる状況であり、その期待度は大きくなっている。とはいえ、このようなIoTデバイスの発展には「いくつかの大きなハードルがあった」と語るのは、ソラコムの代表取締役社長である玉川憲さんだ。
まず、センサやデバイスから大量のデータを取得できたとして、それをどのようにして取り扱うのかという問題がある。特にIoTサービスを提供したい企業にとっては、情報を蓄積するサーバやストレージなどの設備投資が膨大に掛かり、データベースやプログラムを開発する専門技術者の確保が大きな課題として立ちはだかっていたのだ。
しかし、この問題は「AWS(Amazon Web Services)」を筆頭に「マイクロソフト・アズール(Microsoft Azure)」や「グーグル・クラウドプラットフォーム(Google Cloud Platform)」など、2010年以降のクラウドコンピューティングの普及によって状況が大きく進展した。たとえば、2016年現在、AWSのストレージサービスであるS3(Amazon S3)では1GBあたりのデータ保管料金は月額わずか3円程度にすぎない。また、EC2(Amazon EC2)などの仮想サーバを用いれば、必要なときに必要なだけの計算能力を、低コストで利用できるようになっている。今では「クラウド」は、IoTサービスを展開するために必須の要素となっているのだ。
そしてもう1つの問題は、将来的には数千億台とも数兆台とも見込まれる、大量のIoTデバイスとインターネットを接続する通信回線をどのように確保するかだ。昔ながらの有線ネットワークでは設置できる場所に制約が生じるほか、デバイス自体の種類や提供できる数も限られてしまう。一方で、ワイヤレス通信にはWi−FiやBLE(ブルートゥースLE)、ジグビー(ZigBee)など多くの手段があるが、ネットワーク設定の煩雑さや認証のためのセキュリティなど実際の利用シーンでは多くの課題が残されている。
そうした前提を踏まえると、通信可能な範囲の広さ、接続の簡単さ、セキュリティ面の確保という観点では、3GやLTEなどの「モバイルデータ通信」こそがIoTに最適なインターネット接続手段となる。実際に現在IoTデバイスとして流通している製品には、iPhoneやモバイルルータを中継してインターネットと接続しているものが多いのは皆さんもご存じだろう。
しかし、多くの通信事業者が提供しているモバイルデータ通信のプランは、これまで「モノ」ではなく「人」向けに作られたものが一般的で、モノで使うには初期費用や通信コストが高いという別の問題があった。また、人向けのモバイルデータ通信では音声や映像などを扱うため「高速で大容量」が求められるが、IoTデバイスはセンサが取得したわずかなデータ(数十キロバイトから数メガバイト程度の範囲)を断続的、あるいは集中して通信することが多いので、そもそも求められる用途が大きく異なっている。つまり、IoTでは回線そのものの速度よりも、デバイスの数に応じた回線を柔軟にコントロールできることのほうが重要なのだ。このようなIoTデバイスに最適化したモバイルデータ通信のプラットフォームを開発し、提供しようという新たな通信事業者がソラコムである。
【PERSON】
代表取締役社長 玉川憲さん
1976年生まれ、大阪府出身。東京大学工学系大学院機械情報工学科修了。日本IBM基礎研究所を経て2010年にアマゾンデータサービスジャパン(現アマゾンウェブサービスジャパン)にエバンジェリストとして入社。AWSの日本法人起ち上げを指揮する。2015年に株式会社ソラコムを起業。
遅咲きのスタートアップ
このモバイルデータ通信でIoT機器をクラウドに直結するためのプラットフォームを提供するソラコムは、2015年に創業されたばかりの新しい会社だ。玉川さんは工学系の研究を志して東京大学工学系大学院を修了後、エンタープライズITベンダー大手の日本IBM基礎研究所からキャリアをスタートしたが、そこで大きな挫折を経験する。
「今でいうアップルウォッチのようなウェアラブルデバイスの開発を担当していたのですが、会社の方針により試作品の段階でプロジェクトが中止になってしまいました。世の中に出すには少し早すぎたのかもしれません」
この苦い経験はエンジニアとしての玉川さんの活動に大きな影響を与えたという。これまでのハードウェアの研究から一転してソフトウェアエンジニアリングの事業に異動し、2006年には留学先の米国カーネギーメロン大学でMBA(経営学修士)およびMSE(ソフトウェア工学修士)を取得するなど、ビジネスとテクノロジーの両方を究めるべく研鑽を積むこととなる。
そして、その留学中に出会ったのが前述のAWSだ。このクラウドサービスに大いに衝撃を受けた玉川さんは、帰国後、縁あって現在のAWSジャパンに入社。その魅力と技術的可能性を広めるべく「AWSエヴァンジェリスト」として講演や執筆、勉強会の主催などの活動を展開した。
そんな玉川さんがIoTプラットフォームであるソラコムの着想を得たのは、2014年のシアトル出張中の出来事であった。
「同僚で今は弊社のCTOである安川(健太さん)と飲んでいるときに、携帯通信のコアネットワークのような基幹系システムもパブリッククラウド上で動くのではないかという話で盛り上がりました。その晩のうちに事業の完成イメージを仮想のプレスリリース(広報発表文)としてまとめてみたところ、これは事業として十分に成立するという確信を持ったのです」
玉川さんのハードウェアやソフトウェア開発の経験、オープンでプログラマブルなクラウドの可能性、IoT関連の研究で卓越した技術を持つ安川さんとの出会いなど「点と線」が結びついて2015年にソラコムを起業、同年9月には最初のサービスである「ソラコムエア(SORACOM Air)」をローンチするに至った。
「いつか技術で起業したいという思いは最初からありましたし、AWSがあればすごいサービスをスタートアップで作れると多くの人に語ってきました。そんな自分自身が事業を起ち上げたのは39歳で、“おやじスタートアップ”になってしまいましたが(笑)」
【PRODUCT】
SORACOM Air
ソラコムでは現在8種類のサービスを展開中だ。2015年9月に開始したIoT/M2M向けのモバイル接続サービスのソラコムエアは、日本およびグローバルに3G/LTEデータ通信用の「Air SIM」を提供する。国内ではNTTドコモの基地局を利用してAWSに接続する「バーチャルキャリア」として、サービスをクラウドベースのソフトウェアで構築されているのが最大の特徴だ。
WEBコンソールやAPIを利用して少量~多数のSIMを一括で管理できる。基本料金1日1枚10円、データ通信量が1MBあたり0.2円という低廉な価格も大きなポイントだ。
花開くプラットフォーム
ソラコムの事業を利用者から見ると、ドコモ回線のMVNO(仮想移動体通信事業者)として捉えるのが一番わかりやすい。携帯キャリアの基地局やパケット交換網を借りてビジネスを行う、いわゆる「格安SIM」の一種だ。
こうしたMVNOは携帯通信事業者(MNO)との回線接続方法でいくつかのレイヤーに分類されるが、ソラコムは「レイヤー2(L2)」接続のMVNO、いわばデータ通信回線の卸売にあたる。最近増えてきたレイヤー3接続や単純再販型のMVNOよりも通信事業者側に近い設備を利用するため、価格設定やサービス内容の自由度が高くなるメリットがあるが、一方で高額なパケット交換機が必要などスタートアップの新規参入には高いハードルがあった。
ソラコムでは、この通信設備のハードウェアで行う機能をAWSクラウドで置き換えることで、こうした常識を大きく覆した。
「通常はL2の交換設備を持つには数十億円程度必要なのですが、これをクラウドで肩代わりしているので開発の人件費しかかかっていません。仕組みとしては、NTTドコモの基地局とAWSクラウドを利用したバーチャルキャリアなのです」
もちろん、AWSクラウドや通信サービスに関する奥深い知見と確かな技術があってこそ実現できたアイデアだが、誰でも利用できるパブリッククラウドで物理レイヤーに近い通信事業を構築したスタートアップ企業は、世界でも例を見ないという。
また、現在8種類展開しているソラコムのサービスも、クラウドならではの利点を最大限活用している。たとえば、ソラコムエアのSIMカードを購入してIoTデバイスに装着すると、WEBブラウザの管理コンソールからSIMごとの回線状態や通信速度、利用料などの状況がまとめて把握できるほか、必要に応じて一時停止や解約も可能だ。
「IoTデバイスのPoC(試作品のプロトタイプ)として試験的に1枚から始めることもできますし、本格的に大量導入した際も把握可能です。課金体系は従量制で1日10円から利用でき、たとえば除雪機に取り付けたSIMであれば冬以外はサスペンド(利用休止)しておくこともWEBブラウザだけで行えます」
実際に楽天Koboスタジアム宮城で導入されているケースでは、楽天Edyの決済端末としてスマートフォンを利用し、そのデータ通信にソラコムエアを搭載している。野球の試合が開催された日のみの従量利用のため、通信量は数キロバイト程度で月額数百円程度で収まるという。
さらにソラコムのAPIも開放されているので、数万枚のSIMを自動的にコントロールすることも可能で、ソラコムのユーザが自由に値付けしてIoTビジネスを展開できる。
「プログラマブルな通信サービスであるというのも、ソラコムの大きな特長です。スモールスタートしてビジネスの必要性に応じてスケールさせることも容易にできるのです」
サービス開始から1年を過ぎた段階で、ソラコムのサービスを利用するアカウント数はすでに4000を超えており、交通機関や店舗の決済システム、インフラやセキュリティなど、IoTプラットフォームビジネスが広まりを見せ始めている。
「ソラコムはIoTプラットフォーマーですので、そこに多くの企業が参加してエコシステム(共存体)を作ることが重要と考えています。そのためSPS(ソラコム・パートナースペース)という認定プログラムを設け、現在230社のパートナーによるIoTデバイス、ソリューション、ネットワークなどが登場しています」
【WORK STYLE】
(1)今回取材したのは赤坂オフィス。二子玉川の本社や在宅で仕事をするメンバーとは、スラックやビデオ会議で情報共有を行う。(2)(3)オフィスはフリーアドレス制で、それぞれの社員が作業に集中しやすい環境が整っている。(4)フラットな組織構造を浸透させるために社員同士はニックネームで呼び合うのが恒例となっており、社長の玉川さんも「ケン」と呼ばれていたのが印象的だ。(5)会議室は部屋ごとにテーマカラーが分けられている。展開するサービスと同じく、ABCD順に名前をつけているというこだわりようだ。
社員全員がリーダー
クラウドとモバイルネットワークで、画期的なIoTプラットフォームビジネスを軌道に乗せたソラコムだが、その働き方もクラウド時代にふさわしいものとなっている。
現在社員は30名前後で、広報やマーケティング、SIMのオペレーションやカスタマーサポート、営業担当のスタッフ以外はクラウドやネットワーク、WEBのエンジニアが多くを占める。開発チームには「管理職がいない」のが大きな特徴で、テクノロジー中心の企業のためスピード重視で主体的かつ実践的に動くことをステートメントとして掲げているという。
「二子玉川の本社と赤坂にオフィスがありますが、基本フルフレックス制です。業務時間中はビジネスチャットツールのスラック(Slack)でオンライン上でつながっており、毎日午前11時になると全メンバーが業務状況を報告・確認する定例MTGを行っているので、チーム全体の進行が把握できています。必要に応じてオンラインビデオミーティングなども行いますが、基本それぞれが独立しながらも連携してサービスの追加や改善を行っています」
また、ソラコムでは日本国内だけでなくグローバル展開も始めており、すでに欧米をはじめ、遠くはアフリカのモーリシャス島にも社員がいるとのことだ。
「テクノロジーでイノベーションを起こすというビジョンは共有していますので、いつでもどこにいても“みんながリーダー”として動くことを実践しています」