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Drop&Typeから見えるフォント制作の今と未来

著者: 伊達千代

Drop&Typeから見えるフォント制作の今と未来

【事例1 教育機関】武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科

目と手を使ってタイポグラフィを学び、半年かけて自分のフォントを作り上げる

木村先生が受け持つ1年次の必修科目「タイポグラフィデザイン」では、金属活字を組んで印刷する作業から、レタリング(文字を手で描く)、カリグラフィーなどの実習を経て、最後にオリジナルのデジタルフォントを作成します。

デジタルネイティブの学生たちには、活字もレタリングも過去の存在。実際に活字に触れさせたり手で文字を描かせることにどのような意味があるのでしょうか。

「今のデジタルフォントも、デザインの基礎は活字にあります。たとえば文字のサイズとして使われている『ポイント』という単位がありますが、これは金属活字の大きさが元になったものです。1ポイントがどのくらいの大きさなのか、実際に手に取って活字を組んでみることで、初めて自分の体でスケール感を得ることができるんです。レタリングや文字と文字との間の間隔の調整なども同様で、実際に手を動かすことで適切な間隔が身につくと考えています」

最終課題であるデジタルフォントの作成にあたっても、手で文字を1つずつ描いたものをスキャンして取り込んでいます。

「ドロップ&タイプは今年の春に初めて導入しました。和文フォントを作る学生にはドロップ&タイプのシンプルな操作性が好評です。何しろ簡単ですよね。文字を描くのは夏休みの課題にしているんですが、Macに向かい合う前までの作業が大変だった分、自分が描いた文字がフォントになる瞬間は一番盛り上がります」

授業の中では、ドロップ&タイプでフォントを生成後、好きな文章に適用してプリントしてみる学生や、文字の形を何度も修正する姿などが見られました。文字は単体で成立するものではなく、文章にしてみて初めてわかることも多いとのこと。何度も気軽にフォント生成を繰り返せるのも、ドロップ&タイプの大きな利点といえるでしょう。

方眼用紙に元になる文字を手書きで用意。筆で描く学生や、イラストを組み合わせて文字にする学生も。この原稿をスキャンしてトレースしたものをドラッグ&ドロップでフォント生成します。

書体のバランスから、ソフトウェアの操作まで質問はさまざま。プロの書体デザイナーの先生から、直接指導を受けられるのも美大ならでは。

タイポグラフィデザインの実習風景。27インチiMacにアドビCCをはじめフォントも各種揃っていて、さまざまなデジタル創作活動が可能な充実のパソコンルーム。

トレースした文字をドロップシートに配置したところ。フォントの生成ができたら、最終的には学内で発表展示会を開き、評価し合うのだそう。

木村文敏

武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。株式会社写研を経て、有限会社字游工房でチーフデザイナーとしてヒラギノ明朝、ヒラギノ角ゴシック等の開発・制作に携わる。現在はフリー。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科非常勤講師。専門学校日本デザイナー学院非常勤講師。

 

【事例2 フォント制作会社】タイププロジェクト株式会社

Drop&Typeを活用することで、試作フォントの検証がスピーディーに

タイププロジェクトはタイプデザイナーの鈴木功氏が率いる、世界的にも著名なフォントメーカーです。「アクシスフォント(AXIS FONT)」「TP明朝」といった先進的なフォントは、デザイン業界で広く知られていますが、そのほかにも製品の組み込み用フォントやコーポレートフォント(企業の独自フォント)の制作も行っています。

「タイプデザイナーは全部で6人。私は日本語フォントの拡張作業と欧文のデザインを担当しています。タイプデザイナー1人が一日に作れる文字は、およそ20文字程度。それを数週間続けてある程度溜まったところでプリントし、鈴木さんにチェックしてもらってまた調整する、というのが大まかな作業の流れです」

ドロップ&タイプができる前は、フォントのチェックをしてもらう際にいったんエンジニアにフォントを渡し、2~3日待ってフォントデータを作ってもらう作業が必要だったのだそう。これは1文字ずつの形だけでなく、実際にさまざまな文字と組み合わせた際の見え方も確認しなければならないからです。

「鈴木さんに見てもらうだけでなく、自分でも組み合わせた状態を確認したくて、1文字ずつコピー&ペーストしていたこともありました。いまはドロップ&タイプがあるので、自分でフォントを生成することができます。待ち時間もなくなり、フォント化するタイミングも自分で決めることができるので作業のスピードが上がりました」

デザイン調整のビフォーアフターを見比べるのも簡単になり、わずかな文字数の変更にもすぐに対応できるなど、小回りが利くようになったのも大きな利点だったそうです。

商用フォントに必要な文字数(文字セット)は、最低でも8千字を超えます。タイププロジェクト社の代表的なフォント「アクシスフォント」のプロ版の場合は1万5千525字。毎日休まず20字作っても、2年以上かかる計算になります。ドロップ&タイプで効率アップしたとはいえ、この膨大な量の文字が1文字ずつ丁寧にデザインされ、何度も繰り返しチェックされて作られていることを知ると、今まであまりフォントに興味のなかった人でも、文字の見方や味わい方が変わるのではないでしょうか。

もともとは雑誌「AXIS」で使用するために作られたフォント。シンプルでニュートラルな印象を保ちつつ先進的なイメージを兼ね備えています。アップルの日本語WEBサイトで使われたことでも話題となりました。

デジタルデバイスで見ることを前提としたフォント。「ウエイト」(太さ)に加え、「コントラスト」(文字の横線と縦線の太さの違い)という、フォントとしてはまったく新しい概念を導入しました。

タイプデザイナーは、作ったフォントをプリントアウトしたものと、ドロップ&タイプで生成したフォントデータを鈴木氏に渡してチェックを受けます。鈴木氏が直接プリントに書き込む場合もあれば、口頭の指示をデザイナー自身でメモすることも。

ドラッグ&ドロップでフォントデータを生成してくれるドロップ&タイプは、自社のエンジニアが鈴木氏の要望に応えて制作したツールが元になっています。その後インターフェイスを整備し、一般の人でも使いやすいように改良したものが製品化されたとのこと。

タイププロジェクトは、一軒家を改装したアットホームな環境でタイプデザイナーとエンジニアが机を並べる環境で仕事をしています。通常は専用のソフトを使い、フォント作成を行っているとのこと。

和田由里子

2008年多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科卒業。2010年スイスバーゼル造形学校 デザイン基礎科 (Schule fuer Gestaltung Basel Basics in Design) 修了。2012年タイププロジェクト入社。タイプデザイナーとして、日本語フォントの拡張作業と欧文フォントデザインを担当。