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3Dプリントで製造業の未来をつくる「かぶくもの」集団

著者: 栗原亮

3Dプリントで製造業の未来をつくる「かぶくもの」集団

株式会社カブク

産業用3Dプリンタを用いた製品を誰でも活用できるマーケットプレイス「rinkak(リンカク)」と、法人向け3Dプリント技術のソリューション提供などを展開し、大きな注目を集めている。【URL】http://www.kabuku.co.jp

原点は東大阪の町工場

21世紀の製造業を考えるうえで、第4の産業革命といわれる独政府の「インダストリー4.0」プロジェクトの動きや、北米を中心とした「IoT(モノのインターネット)」の興隆は見逃すことができない。また、それを支える基幹技術の1つである「3Dプリンタ」も低価格化が進み、コンシューマ向けの流行から製造プロセスへの本格導入へとフェーズを移しつつある。

だが、マスメディアをはじめ、ものづくり大国と自負してきた日本の製造業に関わる人ですら、目の前で展開される100年に1度あるかどうかの“革命”がもたらすインパクトを正しく認識できず、いまだに一過性の「バズワード」として捉えてしまっている感は否めない。

そうした表面的な流れに惑わされずに3Dプリンタ技術の本質を見極め、日本の製造業にイノベーションをもたらすための新事業を起ち上げた経営者が、稲田雅彦さんだ。

稲田さんは古くから中小の町工場がひしめく東大阪の出身で、今でもそこが自分のものづくりのルーツであり、「商人」としての精神が肌感覚で育まれたと語る。学生時代はバンド活動やDJに取り組む一方で、電子楽器を作るために電子工学を専攻。東京大学大学院では人工知能の研究とデジタル機材を利用したメディアアート活動を行う。

「スティーブ・ジョブズがリベラルアーツを好んでいたのと同じで、まさにテクノロジーとリベラル・アーツの交差点、文・理・芸の融合から活動を続けてきました」

大学院修了後もメーカーへの道へは進まず、当時デジタルとクリエイティブの取り組みを本格化させていた大手広告代理店に入社した。

「デジタルクリエイティブやマーケティングは、これまでの自分の興味や研究の延長線上にありました。仕事で手がけるイベントの中にはインスタレーション(映像などを用いて空間全体を作品として提供する芸術表現)もあり、このの経験もその後のビジネスの基礎となりました」

また、ハードウェアやソフトウェアのベンチャー企業と接する機会の多い新規事業開発という業務を行う過程で、自らも社内ベンチャーか独立かという岐路に立ち、これまでの自分の経験をより社会全体へ貢献できる選択として2013年に株式会社カブクを創業した。なお、ファウンダーにはアンドロイドの日本語入力アプリ「Simeji」の開発者として知られる足立昌彦さんも名を連ねる。

【PERSON】

代表取締役 CEO 稲田雅彦さん

1982年生まれ、大阪府東大阪出身。東京大学大学院で人工知能の研究に従事、修了後は博報堂に入社し、新規事業開発に携わる。「ものづくりの民主化」を目指し、2013年1月に同社を起業した。

ものづくりの民主化

広告代理店での業務やベンチャーの活動、高度なOSH(オープンソースハードウェア)ムーブメントなど、いち早く時代の最先端の動きに触れる中から、3Dプリンタに焦点を合わせた事業起ち上げを決めた稲田さん。

現在では当たり前のように受け入れられている3Dプリンタだが、これを将来にわたる事業の中核に据えようと決めた理由には、当時、各種要素技術の「特許切れ」という歴史的な出来事があったという。

「3Dプリンタはもともと業務用工作機器の一種で、その技術自体は新しいものではありません。2009年に樹脂素材を積層する技術であるFDM(Fused Deposition Modeling)製法の特許期限が切れたことで低価格な3Dプリンタが一斉に登場し、数百万、数千万円した機械が数万円で手に入るようになって『メイカー』ムーブメントが加速しました。

そして2014年にはさらに高精度に粉末をレーザで焼き固めるSLS(Selective Laser Sintering)製法の特許が切れることがわかっていたので、このタイミングで事業を開始するしかないと決断しました」

このFDMとSLSは同じ「3Dプリンタ」として語られることが多いが、技術的にはまったくの別物だ。FDMが安価に素早く試作品を作るための道具であるのに対して、SLSはレーザ焼結する粉末に金属素材などを使えるので、3Dデータさえあれば高価な金型などを製造しなくても「最終完成品」が作れるのだ。

「すでにロケットのエンジンや、飛行機の構造部材、医療機器、身近なものではスニーカーやヘルスケア製品などでも実際に用いられています。色の再現性はまだ2Dに及びませんがフルカラーでの出力も可能ですし、特殊な例ではナノレベル、分子レベルでのプリントから人が住める建造物のプリントさえ可能になっています」

当初は自社で独自のプロダクトを製造・販売することも考えていた稲田さんだが、社会への貢献度や与えるインパクトを考えていくうちに、ものづくりの「インフラ」を作るほうが事業として意義があると感じ、これらの産業用3Dプリンタのプロダクトを販売できるマーケットプレイス「リンカク(rinkak)」の構想へとつながった。

「リンカクは3Dプリンタのプロダクトを誰でも自由に必要な数だけ作って販売できる、日本で初めての3Dプリントマーケットプレイスです。自分たちだけで何かを作るよりも、多くのデザイナーやアーテイストが参加できるプラットフォーム作りこそが『ものづくりの民主化』に貢献できると考えました」

すでに同サービスはアジア最大規模のマーケットプレイスへと拡大し、多くの3DCGデザイナーが自作のアクセサリや雑貨、フィギュアなどのデータを販売している。使い方はとても簡単で、オンラインで製品の種類と色、数を選択して注文すると、提携した3Dプリント工場に発注がかけられて製品が1個から送付されることになる。

製品単価は数千円から数万円と幅広く、現状では大量生産の成型品よりは割高ともいえるが、これまでは製品化されることはなさそうな特殊な形状のアイテムなどが入手できる。販売側は素材の原価なども同マーケットプレイス上で計算することが可能で、売り上げの3割がストアの収入となるのもアプリストアと共通のビジネスモデルだ。

最終的にはハードウェアの販売でありながら、高価な金型を製造する必要もなければ採算ラインに乗せるための「最低ロット数」や「在庫」といった概念も発生しない。さらに生産は納品先からもっとも近い場所にある提携工場にデータが送信されてオンデマンドで行われるので「流通コスト」も最小限となりエコにも貢献する。まさに従来の大量生産に特化した製造業のアプローチとは正反対の仕組みが実現できるのだ。

「むろん3Dプリンタが万能というわけではありません。金型や切削技術にも優れている点がたくさんありますのでこの両方を組み合わせていく必要があります。ただ、大事なことは金型や切削が『引き算』で精度を出していく技術なのに対して、3Dプリントは積み上げていく『足し算』の技術です。その違いを理解し、足し算をしてから引き算するといった手法で新たなプロダクトが生み出される可能性に注目すべきです」

また、3Dプリントの課題は「スピード」にあるというが、これも近年の一足飛びの技術革新により数年前に比べて50倍の速さを実現しているケースもあるとのことだ。

【PRODUCT】

rinkak

【URL】https://www.rinkak.com/jp/

リンカクマーケットプレイスは、個人のアーティストがアクセサリや雑貨などを3Dプリンタプロダクトとして売買できるマーケットプレイス。素材の色が選べるほか、ABS樹脂のプラスチックだけでなく、ナイロンやアクリル、ステンレスなどの金属素材が選べる。

Rinkak 3D Printing MMS

【URL】https://www.3dprinting-mms.com/ja/

3Dプリンタで製造する工場向けの基幹業務クラウドサービス「リンカク3DプリンティングMMS」も提供している。自動見積もりから3Dデータの確認、製造管理、決済などの業務をクラウドサービスでワンストップで提供している。これにより業務コストの軽減や生産性の向上を実現している。

3Dデータを作る3つの方法

ただ、ものづくりの民主化に向けて1つ避けられない課題として、人々がイメージするハードウェアの「3Dデータ」を用意できるかどうかがある。これに対しては3つのアプローチがあると稲田さんは説明する。

「1つ目は既存のデータやサービスを活用するという方法です。たとえば『リンカク凸凹マップ』というWEBサービス(https://www.rinkak.com/jp/map3d/v2?hl=ja)を提供していますが、これは国土地理院の標高データを立体として手のひらサイズに3Dプリントできるというものです。また、クラウドソーシングで3Dクリエイターに頼んでしまうのも同様のアプローチです。

2つ目は従来どおり3D CAD/CAMソフトを使うという方法です。オートデスク(AutoDesk)社の『123D Design』であれば無償で使えますし、『FUSION 360』ならクラウドベースなのでiPadからでも作業できます。少し前と比べれば3Dデータの制作環境のハードルは大幅に低くなったと言えます。

そして3つ目は3Dスキャンしてデータ化するものです。原型となるものを用意する必要はありますが、たとえばロフトラボの3Dフィギュアスタジオに行けば、自分や家族、ペットの姿を撮影して3Dプリンタで出力できるサービスを提供しています。ほかにも『123D Catch』というアプリを使えば、iPhoneカメラで連続撮影するだけで3Dデータを作成できます。これなら特別なスキルも不要ですし、この分野は今後も大きく発展すると思います」

iPhone1台あれば誰でも3Dデータが作れる時代はすでに身近になっており、ものづくりの民主化は着実に私たちの身の回りにまで浸透しつつあるようだ。

革命はCとBの境界を越える

現在のリンカクマーケットプレイスはBtoC事業として捉えることもできるが、すでに多くの大企業やメーカーとのコラボ企画が起ち上がり、いまではBtoBやBtoCといった区別すら過去のものになりつつある。

一番わかりやすい事例はトヨタが実験的に開発している都市型トランスポーター「i│ROAD」のカスタマイズサービスだろう。

これは自動車とトライク(三輪バイク)の中間のようなi│ROADに3Dプリンタで作ったカスタムパーツを装着できるというもので、現在は外装の一部とアクセサリを好みのものに選び換えられるレベルだが、将来的には外装パネル全体や主要な部品すらユーザの好みで変更できる可能性すらある。

もちろん安全性の観点などから、どこまで3Dプリンタを導入できるのかは法整備なども必要だが、ソフトウェアのように乗り物や機械がバージョンアップできるようになれば、私たちに馴染み深い「モデルチェンジ」といった慣習すら、その意味を再定義する必要に迫られるはずだ。

“ワンクリックで何でも作れる社会を実現します。

そこから次のトヨタ、ソニー、パナソニックが1000社生まれるのです”

世界に広がる「かぶくもの」

現代の繁栄は、約100年前に確立した製造業の体制が基本となっているといわれる。そして、現代の「ものづくりの革命」は人々の生活やワークスタイルをも大きく変えつつある。アートとテクノロジーの交差点から新たな価値観や「文化」を想像していくカブクにとっても、その観点は非常に重要だという。

「現在の社員は25名前後、インターンも含めると30名ほどです。うち3割程度は外国籍で、海外との工場との折衝を行ったりエンジニアとして開発に従事しています。国籍はイギリスやエストニアなどさまざまですね。製造業に10年いたりサーバインフラのエンジニアだったりバックグラウンドはさまざまですが、ベンチャースピリットと創造性をとても重視していますので、ミーティングなど必要な場面においては今でも“フェイストゥフェイス”でコミュニケーションしています」

これまで築き上げてきた製造業の伝統を受け継ぎつつ、新たな時代を大きく動かしインパクトを与える集団にしたいという願いを込め、歌舞伎の語源である「かぶく」を社名に冠した稲田さんの思いが伝わってくる。

【WORK STYLE】

(1)基本的にファブレスで運営されているカブクだが、本社内オフィスの一角には数種類の3Dプリンタが設置され、社員は自由に試作品などをプリントできる。(2)rinkakを利用して作られた作品たち。(3)さまざまな国籍の社員が在籍するオープンな社内。(4)使用するコンピュータの機種に制約を設けていないが、経理などバックオフィス系を除くほぼすべての業務でMacが用いられる。