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第4回 新しい時代の本流となるか? ARMコアの性能に迫る

著者: 今井隆

第4回 新しい時代の本流となるか? ARMコアの性能に迫る

読む前に覚えておきたい用語

アーキテクチャ

システムの論理的構造を「アーキテクチャ」と呼び、この記事では「CPUの命令セットの設計仕様」を指す。命令セット、メモリアドレスモード、レジスタ構成、アドレスやデータの構造などを含む。インテルプロセッサのアーキテクチャは「IA-32」と「インテル64」。アップルのAプロセッサは「ARMv7-A(A6以前)」と「ARMv8-A(A7以降)」を採用する。

 

IPコア

汎用的な機能を備えた回路ブロックの総称。たとえばCPUコアやGPUコア、メモリコントローラ、システムバスなどがある。SoCの設計では、IPコアと独自回路を組み合わせてシステムチップを完成させる。ARM社ではコアの種類に応じてIPコアの論理設計(RTL)と物理設計(POP)のいずれか、あるいは両方の提供を行っている。

 

ファブレス

自前の製造工場を持たない企業のこと。半導体製造は設備の維持と更新に莫大な費用がかかるため、開発(設計)と製造の分業化が早くから進んだジャンルである。インテル社は数少ない垂直統合型企業の1つだが、今年8月にARMコアベースのSoC(システム・オン・チップ)向けに、最新鋭の10ナノメートルプロセス製造ラインを提供すると発表し、業界を驚かせた。

インテルとARM両者の戦略の違い

MacのCPUに採用されている「コア(Core)」シリーズ、および「ジオン(Xeon)」シリーズのプロセッサを提供するインテル社は、古くからCPUの開発・製造を行うメーカーであり、長年MacのライバルとなっていたPC/AT互換機メーカーにCPUを提供してきた。インテル社は今となっては珍しい垂直統合型の半導体メーカーで、自社でCPUのアーキテクチャ設計、IPコア設計から、マスク製造、チップ生産までを一貫して行っており、CPUチップを自社で販売しつつ、ほかのメーカーにも提供している。

一方で、アップルの「A」シリーズプロセッサは複雑なプロセスを経て開発・製造される。アップルはARM社からアーキテクチャ(ARMv8-A)のライセンス提供を受け、これをベースに自社開発したCPUコアなどのIPコアと、イマジネーションテクノロジーズ社の「PowerVR」GPUコアなどを統合し、外部の半導体製造企業(TSMCやサムスンなど)に製造委託してAシリーズSoCを生産している。

ARM社はチップのマスク製造やチップ生産など、半導体製造工場としての機能は持たないファブレス企業で、自社で設計したARMアーキテクチャと、これをベースとしたIPコア(論理設計または物理設計のモジュール)のライセンスを提供し、これらを使った各社の製品(チップ)からのロイヤリティで収益を上げている。従って、ARM社はチップそのものは製造していない。最終製品であるチップの販売で収益を上げるインテル社とは、ビジネスモデルが大きく異なる。

Aシリーズの場合、アップルがARM社から提供を受けているのはARMアーキテクチャのみで、IPコアなどは自社および他社が設計したものを統合している。特にCPUのIPコアを自社で開発することで、ライバルとなるアンドロイドデバイスが採用するARMコア搭載SoCよりも高い性能のCPUコアを搭載でき、iOSで求められる機能への最適化や不要な機能の整理も自在に行うことが可能となっている。

また、アップルはさまざまな製品にARMアーキテクチャのSoCを搭載している。たとえばMacBookにもARMアーキテクチャのSoCが数個搭載されていることは案外知られていない。現行のほぼすべてのMacに採用されているSSDには、記録媒体であるNANDフラッシュメモリとこれを制御するSSDコントローラチップが搭載されているが、コントローラチップのほとんどは心臓部に32ビットARMコアを採用している。またWi-Fiやブルートゥースを統括する無線コントローラにも、ほとんどの場合、ARMコアが採用されている。すべてのMacに搭載されているシステム管理コントローラ(SMC)の心臓部には、「コルテックス-M0(Cortex-M0)」と呼ばれる組み込み用ARMコアが採用されており、バッテリや冷却ファンなどの管理を担っている。

そのほか、アップルウォッチに搭載されている「S1」や「S2」、AirMacやタイムカプセルなどにもARMコアが採用されており、もはやARMアーキテクチャを搭載していないアップル製品を探すほうが難しい。

ARMとインテルのアプローチの違い

ARM社はCPUコアだけでなく、GPUコア(Mali)やシステムバス(CoreLink)、メモリコントローラ(DMC)など、チップ(SoC)全体を設計するのに必要なコンポーネントのIPコアを提供している。チップメーカーはこれらと他社の提供するIPコアを自在に組み合わせることもでき、「バイキング料理」的にコアを選びながら設計することが可能だ。一方インテル社は完成品のCPUを販売する「幕の内弁当」的なアプローチといえるだろう。【URL】https://developer.arm.com/products

プロセッサ製造のワークフロー

インテル社がCPUのアーキテクチャ設計からIP設計、製造プロセスまでをすべて自社で完結しているのに対して、ARM社はアーキテクチャとIP設計のライセンスのみを行い、ハードウェアの製造は行っていない。

Aシリーズの設計

「A10フュージョン」はアーキテクチャ「ARMv8-A」のみをARM社から提供を受け、アップルが独自に設計したCPUのIPコアを搭載する。またGPUにはARM社製ではなくイマジネーションテクノロジーズ社の「PowerVR」コアを組み合わせることで、iOSに最適かつ高いグラフィックス性能を引き出している。さらに内蔵されるモーション・コプロセッサ「M10」には、コルテックス-M3ベースのARMコアが採用されている。【URL】http://www.apple.com/jp/iphone-7/

急速に性能を向上するARMコアとその影響

ARMアーキテクチャとそのIPコアは主に組み込み用チップの心臓部としてその市場を拡大してきたが、この数年間のスマートデバイスの市場拡大に伴って、性能を急速に向上させている。中でもアップルがiOSデバイスに搭載するAプロセッサはその牽引役であり、ARMアーキテクチャを採用するアプリケーションプロセッサの中で、常に最高水準の性能を発揮してきた。

上のグラフはその性能の変化をグラフ化したもので、5年前にiPhone 4sに搭載された「A5」と比べ、iPhone 7に搭載されている最新の「A10フュージョン(Fusion)」は約10倍の性能を発揮している。これに対してMacBookエアに採用されているインテルコアiプロセッサの性能向上はこの5年間で2倍以下に留まっており、A10フュージョンはついにコアiプロセッサの性能に追いついた感がある。

すでに14ナノメートルプロセスに達しているARMプロセッサの性能向上は、従来インテル社が長期にわたって辿ってきた製造プロセスの改善工程を、ARM社が短期で上り詰めた結果得られた部分も大きく、ARMプロセッサの今後の成長は大幅に鈍化すると推測される。しかし、限られた電力でMacに匹敵する性能を引き出せるARMコアSoCの省電力性能は、iPhoneのようなモバイルデバイスには非常に魅力的だ。現在のIT業界におけるインテル社の支配的状況も、今後は揺らぐ可能性が高い。

コアiシリーズに匹敵するA10 Fusionの実力

Aプロセッサを搭載するiPhoneシリーズと、コアiプロセッサを搭載するMacBookエアシリーズの性能をベンチマークソフト「ギークベンチ4(GeekBench 4)」で計測した結果。MacBookエアの性能がこの5年間で2倍足らずしか伸張していないのに対して、iPhoneの性能は6年間で10倍以上に向上している。また「A9」あたりを境に、インテルプロセッサと性能面で拮抗してきたことが見てとれる。

MacとiOSの将来 プロセッサの統合も可能か

将来的にはアップルも、iOSデバイスとMacのハードウェアアーキテクチャを統合することが考えられるだろう。従来、Macのアップデートはインテル社のロードマップとそのアップデートに同期していたが、もしMacに自社開発のAプロセッサを搭載できるならば、その必要はなくなる。現状のARMコアSoCの性能不足は、マルチコア化を進めることなどである程度カバーでき、その結果得られる大幅な省電力化と部品の小型化により、本体デザインの自由度も向上すると予想される。特にノート型Macが得る恩恵は大きい。

OSの統合も困難ではないだろう。すでにアンドロイドOSにはJava仮想マシンによるアプリ実行の仕組みがあり、ARMコアSoCとインテルプロセッサの両方で同じアプリを実行する環境が整っている。マイクロソフトも同様に、ユニバーサルウィンドウズプラットフォーム用の「UWPアプリ」で、プロセッサに依存しないアプリ実行の仕組みを用意している。

現在のアップルの戦略では、今のところAプロセッサ上ではiOSと同アプリ、インテルプロセッサ上ではmacOSと同ソフトの実行のみをサポートしているが、両者の機能はOSのアップデートのたびに統合が進んできており、使い勝手の違いなどは少なくなってきている。もとより両者の開発環境はXコードに統合されており、将来的にmacOSがARMコアSoC上で動作したとしても不思議ではない。あとはそれがいつ「実行されるのか」だけだと言えるだろう。

【SoCの用途】

キーボードやマウス、トラックパッドやタッチパッド、NFCコントローラ、指紋認証ユニット、赤外線リモコン、ハードディスクのコントローラ基板など、さまざまな部分に組み込み用省電力マイコンが使われており、そのうちかなりの割合をARMコアSoCが占めている。

【A10 Fusion】

A10フュージョンは単に高性能なだけでなく、「InFO WLP」と呼ばれる新しいパッケージ技術を他社に先駆けて導入することで、チップの薄型化と高速化、さらには省電力化を実現するなど、最先端の技術を導入した画期的なプロセッサに仕上がっている。