7プラスへの誘導
普段アップルは、スペックが競争ではないとしている一方で、デザインに大きな変更がなく、発表会でもスペックに関するアピールを強調する結果となりました。その理由は、スマートフォン市場の変化にあります。
2016年第1四半期を境に、iPhoneの販売台数は前年同期割れを続けています。おそらく今後も、アンドロイドから大量のユーザを奪ってこない限り、新規ユーザによる需要を見込むことはできないでしょう。つまり、市場は飽和しているのです。
iPhoneはアンドロイド系のブランドと比較して、高いロイヤリティを保っています。そのため、既存のiPhoneユーザが新しいiPhoneを購入してくれるかどうかがアップルにとっては重要になります。毎年、着実なスペック向上をiPhoneユーザにアピールすることは、非常に大切な施策なのです。
米国に続いて、中国、英国でも、毎年最新のiPhoneにアップグレードできるiPhone アップグレード・プログラム(Upgrade Program)が開始されます。このプログラムは、月額料金を支払うことで、毎年新しいiPhoneを買い換えられるという仕組みです。このプログラムのユーザの増加は、安定的なiPhone販売台数の確保につながるので、中国、英国のユーザの囲い込みを狙っているものと推測できます。
またアップルは、ユーザにiPhone 7プラスを選んでもらおうと、新たな魅力を作り始めています。
iPhone 7プラスには広角レンズに加えて、2倍の中望遠レンズを備えたもう1つのカメラが搭載されました。撮影時、画面をタップするだけで、2倍光学ズームの写真が撮影でき、最大で10倍のデジタルズームも可能。加えて、2つのセンサを用いた背景をぼかすポートレート撮影機能も、2016年内のアップデートで利用できるようになります。
iPhone 7プラスは、同じ容量ならiPhone 7と比べ100ドル高い価格設定であることに加え、より良いカメラ性能を備えることから、もう100ドル追加して大きなストレージを選択するというユーザも増えるでしょう。iPhone 7プラスの販売比率が増えることは販売平均価格が上昇することに直結します。
また、新色のジェットブラックについても、9つの工程を経ているコストがかかる仕上げであることを差し引いても、魅力的なカラーを、販売価格が高い128GBモデル以上に設定することで、やはり販売平均価格の上昇を目論んでいるに違いないはず。
アップルにとって、より少ない台数で、より多くの売上を得るモデルへの転換を図ろうとしており、すでにiPadプロでその戦略の有効性が証明されつつあります。飽和状態のスマートフォン市場で収益を伸ばすための「体質改善策」であり、今後も、画面が大きいモデルが、イノベーションの中心であり続けるでしょう。
色のエコシステム
アップルの発表会で興味深かった話題をもう少し紹介しましょう。それは、アップルが作り上げた「色のエコシステム」です。
アップルは、iMacを皮切りに、iPadプロ、そして今回のiPhoneに、「ワイドカラー」のレティナHDディスプレイを採用しました。通常のディスプレイよりも多くの色を表示できるディスプレイを指し、映画業界標準のP3をサポートしています。
アップルはiPhone 7のカメラで、より鮮やかで豊かな色の記録にこだわってきました。iPhone 7のレティナHDディスプレイは、その色をディスプレイで再現できるよう、ワイドカラー対応を盛り込みました。同時に、iPadプロやiMacでも、同じようにワイドカラーのコンテンツを楽しめるエコシステムを構築するカラーマネジメントを、iOS 10とmacOSシエラに導入しています。
これは、「アップルのデバイスではコンテンツがより鮮やかに見える」ということをブランド価値に加えていこうとしているのではないでしょうか。もちろん、異なるデバイス間で見比べなければ認識するのは難しいかもしれなませんが、iPhoneやiPadプロを長く使っているユーザが、ほかのワイドカラーに対応しないディスプレイを見たとき、直感的に色あせて感じることを狙っているように思います。
感覚の問題なので顕在化しないかもしれないが、ワイドカラーは、アップルのデバイス「でなければならない」理由を、視覚と直感に訴えようとしているのです。
新しいウェアラブル
最後に、ウェアラブルの話題に触れておきましょう。まだ主たるビジネスにはなっていませんが、今回の発表でウェアラブル戦略の重要性が明らかになってきたからです。
今回のイベントにおいて、アップルは第2世代となるアップルウォッチ・シリーズ2を登場させ、既存モデルを269ドルから購入できるように値下げしました。
アップルウォッチ・シリーズ2は、プールなどでの水泳に対応する50メートル防水を実現。どうしても本体に穴が必要である「スピーカ部」から、音で排水する機構を備えるという工夫も非常にユニークです。新たな心臓部となるS2プロセッサはデュアルコア化とGPUを備え、ウォッチOS 3でのパフォーマンス向上をさらに押し上げています。
また、ボディ内にGPSを搭載し、iPhoneが近くになく、アップルウォッチ単独でもワークアウトの正確な距離や経路を記録することができるようにもなりました。また「エディション」として、真っ白なセラミックモデルが登場しています。
さらに、アップルはヘッドフォン端子を排除したiPhone 7向けに、新しいワイヤレスイヤフォン・エアポッズ(AirPods)を発表しました。イヤポッズ(EarPods)からケーブルがなくなっただけのまったく同じデザインの中に、音楽再生のドライバ、2つのノイズキャンセリング機能付きマイク、2つの照度センサ、モーションセンサ、バッテリを備え、1回の充電で5時間再生が楽しめます。専用ケースを開くだけでペアリングでき、本体とケースのバッテリを合計して24時間音楽が楽しめます。
これらのウェアラブルデバイスは、iPhoneとの組み合わせが前提となっています。しかし、たとえばアップルウォッチはmacOSシエラを導入したMacでのログインを省略できますし、エアポッズはiPhone以外のデバイスを使うと、自動的にペアリングし直すなど、アップルのエコシステムをつなぐ役割を担い始めました。
アップルのこれらのウェアラブルデバイスは、賢く、意識せず利用できる快適さを実現し、アップルブランドの象徴的な体験となっていくでしょう。iPhoneユーザをいかにアップルエコシステムに引き込むかという戦略上の重要な役割を果たすことになりそうです。