読む前に覚えておきたい用語
aptX
aptXは英国の業務用オーディオ機器メーカーであるオーディオ・プロセッシング・テクノロジー社が開発した低遅延・高音質のコーデック。原音を固定ビットレートで圧縮し、小さなパケットで送受信する特徴を持つ。OS Xは非公式に対応しているが、iOSは未対応。同社は英国の半導体メーカーCSR社に買収された後、CSR社ごと米国クアルコム社に買収された。
コーデック
本来は「音声や映像などをデジタル化する際の符号化アルゴリズム」を指す言葉だが、現在ではデータ圧縮時のアルゴリズムを指すことも多い。本記事ではブルートゥースで伝送するオーディオ信号の圧縮アルゴリズムを指している。A2DPプロファイルでは、標準のSBCのほか、AAC、ATRAC、aptXなどのコーデックがサポートされている。
A2DP
A2DP(アドバンスド・オーディオ・ディストリビューション・プロファイル)は、ブルートゥース対応機器間で高音質データをやりとりするための仕様で、2001年のブルートゥース1.1で追加されたオーディオ・ビデオプロファイル群の1つ。音声関係ではこのほかにヘッドセット通信向けのHSPや、ハンズフリー通信向けで発信・着信機能を持つHFPなどがある。
急速に普及が進むオーディオの無線化
Mac、iOSデバイスにいずれも搭載されている近距離無線通信規格であるブルートゥースは、さまざまなデバイス間での無線通信を目的として数多くのプロトコルがサポートされており、これを「プロファイル(属性)」としてまとめて管理・実装している。最初のブルートゥース(バ―ジョン1.0)で規定された音声関係のプロファイルには、ヘッドセット向けプロファイル「HSP(ヘッドセット・プロファイル)」とハンズフリー機能を実現する「HFP(ハンズフリー・プロファイル)」が用意されていたが、これらはモノラル音声であり、オーディオと呼べるだけの音質は備わっていなかった。
しかしその後のiPodをはじめとしたポータブルオーディオの普及や、スマートデバイスの音楽プレーヤとしてのニーズ拡大に伴い、ブルートゥース1.1では高音質オーディオ向けに「A2DP」というプロファイルが加えられた。
A2DPプロファイルでは、高音質と限られた帯域を両立するためにオーディオデータを圧縮して伝送する。たとえばiPhoneにブルートゥースイヤフォンを接続して音楽を再生する場合、1度iPhone側で音楽を圧縮し、ブルートゥースを経由してイヤフォンに伝送する。この圧縮フォーマットは「コーデック」と呼ばれる。コーデックにはいくつかの種類があり、イヤフォンとiPhoneがどちらも対応しているコーデックを使って伝送が行われる。
データの圧縮方法や圧縮率はコーデックによって規定されているため、選ぶコーデックによって音質も変わる。基本となるのが「SBC」と呼ばれるコーデックで、44・1kHzまたは48kHzでサンプリングされたステレオ音声を帯域ごとに4~8分割し、各バンドごとに異なるビット配分で圧縮して伝送する方式だ。A2DPプロファイルを持つデバイスにはSBCの実装が義務づけられているため、ほかの共通コーデックが存在しない場合でも、SBCで確実に伝送が行われるようになっている。
またA2DPではSBC以外にもMP3(MPEG1オーディオ)やAAC(MPEG-2・AAC、MPEG-4・AAC)、ATRACといったコーデックもオプションとして実装が認められており、送受信デバイス間で一致するコーデックが複数存在する場合には、もっとも高音質なコーデックが用いられる。MacやiOSデバイスはA2DPプロファイルおよびSBC、AACの各コーデックに対応しており、サウンドを出力するブルートゥースデバイスがAACに対応していれば、SBCより高音質での伝送が可能となっている。
A2DPプロファイルの実装によって高音質なワイヤレスオーディオが手軽に利用できるようになり、ブルートゥースオーディオの世界は急速に発達した。現在市場にはブルートゥースに対応した数多くのヘッドフォンやスピーカがリリースされている。
低遅延・高音質のコーデック「aptX」
高音質でワイヤレスなブルートゥースオーディオだが、「遅延(レイテンシ)」という弱点がある。再生コーデックにSBCが使用されている場合、送信デバイスから音声データを圧縮・送信してから、受信デバイスが音声データを受信・伸張して音が出るまでには数100ミリ秒を要する。iTunesでの音楽再生など、音声信号のみの伝送なら大きな問題はないが、コンテンツが動画を含むデータである場合、画面と音声のずれが大きくなってしまい使いものにならない。
この遅延は伝送路にWi-Fiなどのネットワークを使ってストリーミング再生を行う「エアプレイ(AirPlay)」の機能でも起こりえるが、エアプレイは音声と映像を分離せずにネットワーク伝送を行い、再生側で同期を調整するため両者のズレが起きにくい。対するブルートゥースではヘッドフォンやスピーカなどに音声のみを伝送するため、映像との同期(リップシンク)が難しい。AACでは多少遅延が少なくなるものの、本格的に映像コンテンツを楽しめるレベルではなかった。
そこで登場したのが、低遅延・高音質を売り物にしたコーデック「aptX」だ。aptXはオーディオ・プロセッシング・テクノロジー社が開発した高音質、低遅延圧縮伸張アルゴリズムであり、もともとはIPネットワークでの高品質オーディオ信号の伝送を目的に開発されたものをベースとして、ブルートゥース用のコーデックに応用したものだ。A2DPプロファイルではaptXを採用することにより、伝搬遅延時間を数10ミリ秒(デバイスによるがおよそ70ミリ秒程度)と従来のコーデックに比べて大幅に低減できる。テレビ放送のフレームレートは30フレーム/秒(約33ミリ秒)、映画やアニメーションなどは24フレーム/秒(約50ミリ秒)とされていることから、ブルートゥースにおけるaptxの音声遅延は2フレーム以下の遅延に抑えられていることになり、一般的な動画の鑑賞では気にならないレベルだといえるだろう。
さらに昨今のハイレゾブームを受けて、aptXのHD(ハイ・ディフィニッション)化を実現する「aptX・HD」がリリースされた。データの伝送サンプリングレートは最大48kHzと従来と同じだが、量子化ビット数は従来の16ビットから24ビットに拡張され、よりダイナミックレンジ(静寂から大音量までの表現力)の広い伝送が可能となっている。
しかし、アップルのデバイスはSBCとAACに対応するのみで、aptXには非対応だ。他のOSを見てみると、ウィンドウズ10はOSレベルでaptX・HDに対応、アンドロイド向けにはクアルコム社から対応ライブラリが提供されている状況だ。
aptXは採用されなかったものの、純正ブルートゥースイヤフォン「エアポッズ(AirPods)」の登場と、iPhone 7でのイヤフォンジャックの廃止によって、iPhone環境でのブルートゥースオーディオの普及が加速する可能性が出てきた。エアポッズの評判が良ければ、よりカジュアルな、あるいはより高音質な使い方を訴求したモデルが各社からも登場し、ユーザの選択肢が拡大することが期待される。また今後、iPhoneのライトニング端子に接続可能なaptX・HD対応のブルートゥーストランスミッタなどが登場すれば、ハイレゾ音質でのワイヤレス伝送も不可能ではない。iOSデバイスのaptX対応や、アップルミュージックでのハイレゾ楽曲配信への期待も含めて、アップルとワイヤレスオーディオの行方に今後も注目していきたい。
Androidに広がるaptX対応機種
LG Electronicsが今年2月にリリースしたスマートフォン「LG G5」。aptX HDに対応すると同時に、オプションの「LG Hi-Fi Plus with B&O PLAY」モジュールでハイレゾオーディオの再生をサポートするなど音質指向の製品だ。【URL】http://news.mynavi.jp/news/2016/02/22/023/
業務用機器から始まったaptX
旧APT社が開発した業務用IP音声コーデックユニット「WorldCast Astral」。高音質のオーディオ信号をIPネットワークで伝送するために使われる。16/24ビットのEnhanced aptXに加え、MP3やG.722/711などのコーデックを標準搭載する。【URL】http://www.technohouse.co.jp/products_details.php?productName=WorldCast%20Astral
aptXの低遅延で実現 テレビの音声無線伝送
パナソニックは、85形4K液晶テレビ「Panasonic TX85X942B」をはじめ、同社の米国市場向けの多くの液晶テレビにaptXを搭載しており、外部オーディオ機器への高音質かつ低遅延の無線オーディオ伝送を実現している。【URL】https://www.aptx.com/ja/products/panasonic-led-tv-viera-tx-85x942b
最新ヘッドフォンにも活かされる低遅延
デンマークBang & Olfsen社のカジュアルブランドB&O Playからリリースされている「BeoPlay H8」は、aptX Low Latencyに対応し、低遅延で高音質を実現したアクティブノイズキャンセル機能搭載ヘッドフォンだ。【URL】http://www.beoplay.com/products/beoplayh8
【SONY LDAC】
ソニーが昨年1月に発表したA2DP対応のコーデック「LDAC」は、ブルートゥースで最大96kHz/24ビットのハイレゾ品質の伝送が可能。残念ながら現時点では対応モデルがソニー製品に限られている。【URL】http://www.sony.co.jp/Products/LDAC/
【Macでapt X】
Macは公式にはaptXをサポートしていないが、最近のモデルであればデベロッパ向けツール「Hardware IO Tools for Xcode」に含まれる「Bluetooth Explorer.app」を使えばaptXコーデックを有効化できる。