Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

「Watson×モバイル」の両輪が今あるビジネスを根本から変える●IBM × Appleのビジネス大変革

著者: 牧野武文

「Watson×モバイル」の両輪が今あるビジネスを根本から変える●IBM × Appleのビジネス大変革

高井 良輔

日本IBMコグニティブソリューション事業部モバイル事業推進リーダー。サービス・ソフトウェア・ファイナンスなど事業部門を横断したソリューションの導入を担当。ワトソン・アナリティクスなどのテクノロジー領域やモバイル領域で活動中。

“これからはコンピュータが人間の判断を支援します”

演算から経験のサポートへ

「コグニティブの時代へようこそ」

IBMが高らかに謳うコグニティブとは、「認知」を意味する英語で「経験」を学習する新たなテクノロジーのことだ。それを体現するのがコグニティブ・システム「ワトソン」である。機械学習や自然言語処理といった、いわゆるAI技術は用いられているものの、IBMはそれを「人工知能」と呼ばない。コグニティブといい、ビジネスへの貢献価値で表現する。

ワトソンの特徴である経験に基づく学習について、高井良輔氏は次のような例を出す。

「トンネルの壁の劣化を調査するのに、ハンマーで叩いて音を聞くという方法があります。どういう音ならOKなのか、その理屈は詳しくはわかりません。音の減衰の仕方なのか、音の高低なのか。でも、経験を積んだ検査官には、その違いがわかります」

ワトソンは、このような経験でしかわからないようなもののパターンを学習し、適切な判断が下せるようなモデルとして機能する。

「コンピューティングは、今まで人間の知的活動の中での演算を助け、自動化を助けてきました。いよいよ経験による判断を支援する時代になったのです」

ワトソンのもう1つの特徴は、自然言語を理解できることだ。単に文章として理解するだけではなく、質問者の意図を理解し、それに対応した応答ができる。人は日常的に誰かに何かを問い合わせ、考えてもらい、答えを出してもらうということを無数にやっている。ワトソンは、このコミュニケーションにうまくはまる。人間が自然言語で問い合わせると、ワトソンは経験値から答えを出し、人間に理解できる自然言語で回答する。

「顧客接点での活用が非常に期待されています。たとえばコールセンターです。お客様の問い合わせ内容を適切に確認し、それに回答する。人間では限界のある、複雑で広範囲な応答もできるようになるでしょう。また、医師の診断支援にも使われ始めています。患者の病状の訴えを聞き、どのような病気か、あるいはどのような検査をすべきかを確信度つきで医師にアドバイスできます」

ワトソンが共有知を作り出す

ワトソンが業務の世界に入ってくると何が起こるだろうか。社内の無駄なコミュニケーションが激減する、と高井氏。

たとえば、あなたが自社製品をどのような顧客に売り込むべきか知りたいとする。まず、誰に聞くべきなのか考えなければならない。考えたうえで聞いてみると、「それは◯◯さんが詳しいからそっちに聞いて」ということがたびたび起こる。ようやく適切な人を探し当てて聞いても、立場によってはさまざまな意見が聞かれることもあるだろう。あなたはそのような回答を総合して、自分なりの答えを導き出さなければならない。

人はそれぞれに表現形式が異なるため、それがコミュニケーションをとるうえで雑音となり、場合によっては誤解を生み出している。質問する側は自分の概念に基づいた表現形式をとり、答える側も自分の概念の中で理解しそれに基づいた表現形式を使って回答する。しかし、本当の「答え」はこのような表現形式が重なり合ったところにあるはずだ。

ワトソンが企業に導入されると、社内知識のコーパスを持つようになる。すなわち、社内で必要とされる知識を学習し、概念の標準化を行うのだ。質問者は回答者を探す必要はなく、まずワトソンに聞けばいい。ワトソンは、質問の意図を理解し、標準的な表現形式で回答してくれる。

これは従来の「知識のマニュアル化」とはまったく違う。なぜなら、ワトソンは与えられたマニュアルを元に答えるのではなく、さまざまな表現形式で行われる質問の問いに答えながら学習していくからだ。それは、社員の共有知のようなものなのだ。ワトソンがいれば、無駄なコミュニケーションや誤解による無駄な時間・労力が減り、しかもワトソンの回答を1つの社内の共通言語にして仕事を進められるようになる。

人が集中すべき仕事も変わってくる。たとえば、ワトソンのサポートで医師はより確かな診断ができるようになる。ワトソンは、膨大な量の論文や症例、治療法について熟知しているからだ。それでも医師は不要ということにはならない。どのような治療をすべきか決断するのは人間の医師の役割なのだ。結局は、消費者がサービスの価値をどこに感じるかという問題になってくる。医師の最終決断には責任が伴い、医師はその責任を負うことを前提に、患者に治療法を提示する。だからこそ、患者はその治療法を受け入れるのだ。

「コモディティ化したサービス、たとえば日用消耗品の販売などはコグニティブ任せになるかもしれませんが、多くの人的サービスはコグニティブの支援を受けながら、最終決断は人間がする、そこは変わらないでしょう」

判断をするための材料集めはコグニティブが代行するようになり、人間は責任を負う決断、意思決定に集中するようになる。あるいは、顧客対応や人的サービスの品質を今以上に高めることが、より重要な仕事になってくる。

コグニティブで開かれる世界

さらに、消費者ビジネスの世界では、業界中心から消費者中心へのシフトが加速し、流通構造が根本から変わる可能性がある。

今まで海外旅行に行くときは、多くの人が旅行サイトで航空チケットとホテルの予約を行い、現地でのレストラン予約は別のサイトで、レンタカーはまた別のサイトでというように、必要なものを個別のサイトから購入してきた。このような旅行サイトのインターフェイスにもコグニティブが利用され、電話、チャット、メールなどにワトソンが応答するようになると、なにも旅行サイトで販売するのは航空チケットとホテルに限らなくてよくなる。「旅行保険は加入されていますか」「現地でレンタカーが必要なのではないですか」とワトソンが尋ね、旅行中に必要な情報や商品、サービスのすべてがワトソンを窓口としてアクセスできるようになるだろう。

これにより商品やサービスの提供側は、ときにパートナーも含めて、顧客接点を連動させた本当の意味でのオムニチャネル化が実現する。一方で消費者側から見れば、生活シーンに合わせたモール型店舗/サイトに行けば必要なものがすべて揃うという、消費者中心の販売チャネルが出来上がることになる。

このようなコグニティブは、モバイルと組み合わさることではじめて、その機能が実現される。

「ワトソンとモバイルは両輪の関係にあります。モバイルデバイスは常に身に付けているため、さまざまな知識の探索、サービスの利用の入口となりうるのです。そのとき、自然言語を理解するワトソンは、モバイルと抜群の相性を発揮します。そこで蓄積された個人の特性を理解したうえで、最適のアドバイスをしてくれる存在になるからです。コンシェルジュとかバトラー(執事)が常に傍らにいるような感覚ですね」

コグニティブは非常に多くの可能性を秘めた存在だ。すでにワトソンを利用できる環境は整い、数々の活用事例も生まれている。コグニティブで開かれる世界は、まさに「今」の話なのだ。

WHAT'S COGNITIVE SYSTEM "WATSON" ?

コグニティブ・システム「ワトソン」がどのようなものであるか、IBMのWEBサイトでは約1分の動画にその特徴が的確にまとめられている。【URL】https://www.ibm.com/cognitive/jp-ja/outthink/