シェアエコノミーの経済効果は16兆円?
なにかと話題になっている民泊サービスのエアビーアンドビー(以下エアビー)や、ライドシェアサービスのウーバーなどは「シェアエコノミー」と呼ばれている。
ところがなぜか政府周辺ではこれに「ビジネス」という言葉を入れたがり、「シェアビジネス」「シェアリングエコノミービジネス」という言い方がされる。経済産業省の産業構造審議会に提出された資料「シェアリングエコノミービジネスについて」によると、民泊関連の経済効果は12・3兆円、ライドシェア関連の経済効果は3.8兆円で、「短期間で大きな経済効果を生み出す可能性がある」とされている。だが、そんなに“儲かるおいしい商売”なのだろうか。
もしこの数字が本当だとしても、既存のホテル業界やタクシー業界の売上を食っての“効果”なのではないだろうか。つまり、月収50万円の人が仕事を辞めて、月収15万円のアルバイトに就いて「15万円の経済効果があった!」と言っているような話で、これが本当の“経済効果”と呼べるのか疑問に思う。
コストのC to C分担が本来の姿
シェアエコノミーのそもそもの発想はこうだ。たとえば、私が渋谷にいて、これから横浜に自分の車で移動しようとしている。車両の償却費、燃料代、高速料金などで5000円のコストがかかるとする。ここに、あなたもたまたま渋谷にいて横浜に行きたいとする。私とあなたはライドシェアをして、私の車で横浜に向かう。さて、あなたは私にいくらを支払うべきだろうか。5000円のコストの内3000円程度をあなたが負担するのがいい落とし所だろう。私は5000円かかるところを2000円で移動でき、あなたは自分の車で移動したら5000円かかるところを3000円で移動できる。互いにコストを節約できるのだ。注意していただきたいのは、私はあなたが同乗しようとしまいと横浜に行く用事があるということだ。同乗者が見つからない場合は、5000円のコストをかけて一人で車を運転していくことになる。これがライドシェアの基本的な考え方だ。
さて、私が仕事としてライドシェアを始めたとしよう。横浜に行く用事は特になく、お金を稼ぐために車を運転している。あなたを渋谷で拾い、横浜まで送る。これはいくら貰うべきだろうか?5000円のコストがかかるのだから、8000円ほど貰わないと私の稼ぎが出てこないことになる。しかし、これは本当にライドシェアだろうか。単なる白タク営業なのではないだろうか。あなたは、わざわざ素人の私を選ぶ必要はなく、プロが運転するタクシーやハイヤーを選択することもできる。
現在は、シェアエコノミーサービスそのものがまだ目新しいため、コスト以上の価格設定でも利用する人がたくさんいるので提供側もそれなりの利益になっている。しかし、いずれ低価格競争が始まっていくだろう。事実、京都などの人気観光地や東京など大都市の民泊、海外のライドシェアなどでは価格競争が始まっている。最終的にはシェアエコノミーの基本コンセプトどおり「コストの分担」という価格まで下がっていくことになる。こうなると、家や自動車を提供しても、それでは利益が出ない。そのため、すでに「実はギグエコノミーなのではないか」という批判も起こり始めている。
ギグとは「片手間仕事」「単発仕事」のような意味だ。空き時間に小遣い稼ぎ感覚でやるのならともかく、本業にはできないということだ。悪意のある言い方をすれば、儲かるのはプラットフォームばかりで、家やドライブを提供する労働者はブラック労働になっていくという意味だ。
シェアエコノミーが抱える理想と現実
だが、それでもシェアエコノミーは、歴史を変えるかもしれない大きな出来事だ。近代の「成長」は個人主義で、個人がモノを所有することで豊かさを享受してきた。今では誰もが自家用車を持てるようになった(あえて持たない選択をする人も増えている)。ところが、フルタイムの仕事をしていたら、自家用車を使うのは週末ぐらいなもので稼働率は10%以下だろう。そういう無駄を産み出しながら、私たちの社会は“成長”してきた。ところが、このような個人所有型の成長は限界が見え始めている(今後、私たちは自家用ヘリや自家用ジェットを誰もが持つようになるのだろうか?)。
だとしたら、すでに存在するリソースをうまく使い回して、経済成長が止まってもコストを下げることにより「豊かさの成長」を享受できるのではないか。これがシェアエコノミーの考え方の根底にある。そのため、シェアエコノミーは「コラボ消費(消費者が協働して消費をする)」という言い方もされる。
つまり、シェアエコノミーというのは経済の新たな仕組みのことだから「エコノミー」という言葉が使われるのだ。それは決して「ビジネスモデル」などという矮小化された話ではない。
ところが、理想と現実は違う。いずれのシェアエコノミープラットフォームも、利益を上げ投資を呼び込むために利用者を拡大しなければならない。競合するサービスも登場してくるので、そちらとの競争もある。海外ではウーバーの強力なライバルとして「リフト(Lyft)」が登場してきて、ドライバー間の競争は熾烈だ。ウーバーのドライバーがリフトに予約を入れてすぐにキャンセルする方法で営業妨害したり、ドライバーに直接引き抜きをかけるなど、競争の泥沼化も報道されている。
また、民泊も近隣住民に迷惑がかかっていることなどが報道されているが、問題が起きているのはほとんどが「投資型」民泊だ。自分の家を提供するのではなく、マンションなどを購入・賃貸して民泊を営業する。賃貸に出すよりも投資物件としての利回りがいいからだ。オーナーは遠隔地にいて、管理が手薄になることから問題が起きている。いずれ、低価格競争が始まって、投資型民泊は利益が出なくなり消えていくと思われるが、現在はそこが急速に伸びているため、各民泊プラットフォームは投資型物件であっても積極的に取り込んでいかざるをえない現実がある。
既存業界の変革に期待したい
シェアエコノミーは、経済の新しい形として世界的に定着していくだろうが、当面は既存業界への影響が大きい。ホテル業界やタクシー業界にとっては大きな脅威だろう。しかし、既存業界が危機感を持ち、自ら変わろうとする機運が出てくることが期待できる。
個人的には出張の際のホテルなどはセルフホテルでも十分だ。ロビーの端末にiPhoneをかざして無人チェックイン/チェックアウト、鍵はiPhoneのウォレットに収納すればよい。その分、安くしたり設備を充実させてくれたほうがいい。タクシーも月額定額乗り放題というサブスクリプションサービスがあったら、価格によっては積極的に利用したい。このようなサービスは現在の規制下では営業できない。しかし、意識の高い業者は、水面下でこのような新しいサービス形態を模索していることだろう。
おそらくこの5年ほどは、既存業者が変革する時期になると思う。私個人は、そちらのほうが楽しみだし、消費者の1人として陰ながら応援したいと思っている。
問題視されている中国最大の民泊サイト「自在客」。日本国内でも1万2000室が登録されているが、オーナー数はわずか2000人。1人6室所有している計算で、常識的に考えて「投資型」。中国人オーナーが貸し、中国人が利用する民泊サービスになっているが、最近はWEBサイトが日本語化されたこともあって、エアビーと重複登録する日本人オーナーも増えているようだ。
経済産業省産業構造審議会に提出された「シェアリングエコノミービジネスについて」(作成:シェアリングエコノミー協会)では、シェアリングエコノミーを5つに分類している。この分類にはBtoC(いわゆるレンタルサービス)とCtoC(シェア仲介型)の両方が含まれていることに注意していただきたい。
「airbnb 代行」で検索すると、代行業者の広告が多数表示される。オーナーは物件を購入し代行業者にまかせれば、ただの「投資」として利益だけを手にできるわけだ。エアビーの本来の姿は、ホストがゲストをおもてなしし、そこに人の異文化交流が生まれることを期待するというものだった。理想と現実は相当に乖離している。
【知恵の実の実】
2016年7月に、エアビーを利用して集客していた都内の民泊代行業者2社が旅館業法に違反する「無許可営業」として摘発され書類送検された。問題は、これがコンプライアンス遵守が求められる上場会社だったことだ。シェアリング事業を合法的に推進するには、既存業界の意識改革こそが先決だろう。
【知恵の実の実】
民泊特区など法環境の整備を受けて、資本を投下できる企業も続々民泊に参入している。あるエアビーホストの話では、低価格競争はすでに限界にきているうえ、今年に入ってから如実に予約率が低下しているという。来日外国人客を上回る速度で登録物件が増えているからではないかという。
文●牧野武文
フリーライター。シェアエコノミーを歓迎する人は必ず「規制緩和」を口にする。本来「規制」とは利用者の安全を守るためのものだったが、いつの間にか業界を守り独占するための障壁になってしまっている。今、そのひずみが清算されつつあるのかもしれない。