株式会社FiNC
代表取締役の溝口勇児さんが2012年4月に設立したヘルスケアスタートアップ。将来“3兆円市場”とも目される予防医療領域の先駆者として現在もっとも注目される企業だ。【URL】https://finc.com/
より多くの人を健康に
生きている限り、いつまでも健康でありたいというのはすべての人の切なる願いだろう。だが、「普段からそれを意識している人は少数派で、健康が損なわれてから初めてその大切さを実感する人が多い」と、フィンク(FiNC)取締役CTOの南野充則さんは語る。
「予防」医療領域のヘルスケアスタートアップとして注目を集めているフィンクは、もともとはパーソナルトレーニングジムを経営していた同社代表取締役の溝口勇児さんが、それまでに蓄積した健康管理や栄養指導のノウハウを、より多くの人たちに提供したいという思いから2012年4月に起業した会社だ。
【PERSON】
取締役CTO 南野充則さん
1989年生まれ。東京大学工学部在学中に2つの会社を起業。また再生エネルギーの研究で国際学会にて「Best Student Award」を受賞する。データ分析を活用したシステムの受託開発会社を運営していたところ、友人の紹介でFiNC代表の溝口さんと知り合い、同社にCTO(最高技術責任者)として就任。
「対面式で行うパーソナルトレーニングでは、どんなに優れたトレーナーでも担当できる人数に限りがあります。日本中に溝口がたくさんいればいいんでしょうけど(笑)。そういうわけにもいかないので、溝口のノウハウを活かしたスマートフォンアプリを開発し、提供することにしたのです」
トレーニングだけでなく、栄養管理などのさまざまな面で人々の健康をサポートするには、複数のプロフェッショナルが必要だ。その点でも、スマートフォンアプリであればユーザの利便性は高い。こうして、「ヘルスケアの専門家たちが個人の健康をチェックするスマホアプリ」というサービスの骨格が出来上がっていった。
当時の社員数は栄養士やトレーナーを中心とした7名。この時期フィンクに参画した南野さんは、同社初のエンジニアとしてアプリ開発プロジェクトの中心を担った。
フィンク入社以前の南野さんは、東京大学工学部のシステム創成学科に在籍し、エネルギー問題など社会システムの課題をイノベーションで解決するための研究をしていた。また、学生起業家としても活動しており、後発医薬品(処方箋が不要な市販薬)を安く提供する物流システムの受託開発を行う事業も行っていた。
「僕自身は以前から大きな問題を解くのが好きで、そのための研究をしてきました。最初はBOPビジネス(途上国の低所得者層に対してビジネスで貧困問題を解決する国際的事業)を勉強していたのですが、先進国には先進国なりの社会課題があり、特に日本では高齢化とそれに伴う“医療費高騰”の問題が重要だと気づきました」
医療費にはさまざまな規制が絡み合うため、診療報酬や薬価そのものを下げることは難しい。しかし、「予防医療」の領域であれば、自分が得意としてきた開発の知識を「医療費そのものの抑制」に役立てられると南野さんは考えた。
そのとき友人を介して出会ったのが、ヘルスケア事業の豊富な実績を持ちエンジニアを求めていた溝口さんだった。2人はすぐに意気投合。以降、南野さんは自らの理念と技術をフィンク開発のために投じていくことになる。
【PRODUCT】
FiNCの代表的なサービスである「FiNCダイエット家庭教師」「FiNCプラス」は、いずれもこの「FiNC」アプリを利用する。アプリのダウンロード自体は無料。契約しているアカウントごとに、利用できるサービスが切り替わる仕組みだ。
FiNCダイエット家庭教師
南野さんがFiNC参画後にリリースした最初のサービスが「FiNCダイエット家庭教師」だ。ユーザは最小限の手間で、その人のライフスタイルに合わせた食事や運動の提案がもらえるのが最大の魅力。たとえば、その日の食事を栄養士にチェックしてもらう場合、スマートフォンで食事内容を写真に撮り、アプリに投稿するだけでいい。価格は60日間で15万8000円(税別)。
FiNCプラス
法人向けのウェルネスサービスとして「FiNCプラス」も提供している。こちらは従業員1人あたり月額約500円で、従業員の健康に関する指導・相談を提供。従業員の家族も追加費用無料で利用できる。また、従業員や部署単位の健康リスクを視覚化する管理ツール「FiNCインサイト」もFiNCプラス導入企業に対して無料提供。もちろん、個人を特定するプライバシー情報は会社側に知られないようになっている。スマートフォンアプリからだけではなく、MacやウィンドウズPCからも利用できる。
ダイエット家庭教師の成功
2013年10月にフィンクに参加した南野さんがすぐに取り組んだのが「FiNCダイエット家庭教師(以下、ダイエット家庭教師)」だ。同サービスは、アプリをとおして、その日の体重と毎日の食事を写真で送るだけで、トレーナーや栄養士といったヘルスケアの専門家から食事と運動、メンタル面でのパーソナルアドバイスが受けられるというもの。充実した指導内容はもちろんのこと、当初は60日間のプログラムで19万8000円(税別)という、アプリを使うサービスとしてはかなり高額だったことからも話題を呼んだ(現在は15万8000円税別)。
この価格には遺伝子検査や生活習慣診断、期間中の提携ジム利用権などが含まれているが、ほかの無料ダイエットアプリとの一番の違いは成果保証型であった点だ。当然利用する層も限られてくるが、それこそがダイエット家庭教師が成功した秘訣だったという。
「健康はすべての人に関わる問題なので、将来的には皆に使ってもらえるサービスを作るのが理想ですが、この手のものは“健康に興味がある人しか使わない”という課題があります。そのため、万人向けのアプリを無料で配布してもうまくいきません。そこで僕らは、あえて健康意識の高い経営者や体型を美しく維持したい思いが強い女性など、ニッチな領域に絞って展開を始めました」
低価格のサービスで闇雲にユーザを増やしても、継続するための仕組みがなければ成果は上がらない。そこでフィンクは、高価格であっても着実にダイエットの成果を出す仕組みを構築した。この戦略が功を奏し、フィンクは一躍ヘルスケア分野のイノベーターとして評判に。そして、スポーツジム「JOYFIT」と提携したアプリの開発や、ソフトバンクと共同開発の「パーソナルカラダサポート」など、事業ドメインを順次増やしていくことになる。その中でも特に注目すべきは、これまでのBtoCあるいはBtoBtoCサービスから一転、法人向けに提供する「FiNCプラス」である。
従業員の健康は企業の価値
BtoBへの進出は、事業戦略として当初から視野に入れていたという南野さん。2016年4月リリースの「FiNCプラス」では、従業員1人に対し月額約500円(従業員の家族は無料)という低価格で、健康増進プログラムや無料の健康・メンタル相談チャットなどを企業や地方公共団体に提供する。厚生労働省が従業員50名以上の企業にストレスチェックを義務付けるなど、国の予防医療を推進する制度も追い風となり、急ピッチで開発が進められた。
従業員の健康状態が企業の業績と連動していることは、すでに統計的にも実証済みだ。フィンクではリンクアンドモチベーション社と提携し、企業全体の生産性や業績を改善するための「ウェルネス経営」というソリューションも開発した。これからの事業の成長には健康管理が欠かせないという認識は、先進的な企業の中で広まりつつあるという。
「従業員に疲労やストレスがあるだけでも、仕事のパフォーマンスに影響を及ぼします。働く人たちやその家族の健康というのは、いまや本人にとってかけがえのないものというだけでなく、企業価値にも直結しているのです」
FiNCプラス開発にあたっては、それぞれの健康リスクやニーズもさまざまという従業員全員に対し、平等に同等のサービスを提供しなければならないという、BtoBサービスならではの難しさもあったという。
「最初はダイエット家庭教師にグループ機能を付けるくらいで大丈夫かなと思っていたのですが(笑)、実際は考えるべきことがたくさんありました。でも、もともと多くの人の健康問題を解決したいという思いがあったので、BtoCより広く世の中に行き渡るBtoBのサービスには、大きなやりがいを感じました」
FiNCプラスはサービス単体での収益化を目指すビジネスモデルではなく、医療情報のプラットフォームとして展開し、各種の健康保険組合が行う定期検診との連携が事業のコアになるという。それというのも、これまで企業や自治体が実施してきた定期検診は結果を紙でもらって終了というケースが多く、せっかくの医療パーソナルデータを活かしきれていないという課題があったからだ。FiNCプラスでは、この検診結果のデータを取り込むことで毎年のログを追えるようなったり、プロの適切なアドバイスを受けられたりと、従業員の継続的な健康改善や予防につなげられるのが大きなメリットだ。
普段から従業員の健康意識を高めるための工夫もなされている。たとえば、ストレスチェックを受けるとその結果に応じたタスクが生成され、タスクを達成することでポイントが発行される。そのポイントはアプリ内の仮想通貨として、会員向けショップ「FiNCモール」で健康食品やサプリ、器具を購入できるようになっている。
ほかにもアプリを継続利用してもらうための工夫として「競争する」「見える化する」「専門家からのアドバイス」など10のポイントがあるとのこと。
「フィットビット(Fitbit)など、ウェアラブルデバイスと連携するのもアプリのエクスペリメント(体験)を高めるために効果的です」
アプリの普及はこれからという段階だが、すでに日本交通でハイリスクのグループに対して健康増進プログラムを実施した結果、血圧や体重の減少が見られたほか「運転の疲労感の低下」や「腰痛の軽減」といった声が寄せられた。
こうしたサービスの開発・運営を着実に進める一方で、IBMのコグニティブ・システム「ワトソン(IBM Watson)」との連携や、ウェルネス・ヘルスケアに特化した独自の人工知能研究所「FiNC Wellness AI Lab」の設立を発表するなど、AI技術を取り入れた新しいレコメンドサービスの開発も実験的に進めている。
「これまでの健康・食事指導の知見が役立ちますし、将来的な可能性が大きいと考えています。ヘルスケアに特化した人工知能開発ではほかに負ける気がしませんし、差別化もできると思っています」
さらに来年には、体組成計などのヘルスケアデバイスと連携し、食事と体重のアドバイスがもらえる無料サービスの提供開始を予定する。“より多くの人々の健康問題を解決する”フィンクの躍進は、今後ますます加速していきそうだ。
社員皆に共通するスピリット
創業からわずか5年で、従業員数はインターンやアルバイトを含めて170名へと急成長したフィンク。これほど急速に事業が拡大すると、社員の意識の方向性にばらつきが起こることも懸念されるが、同社ではそうはならないという。というのも、「FiNC SPIRIT」という行動規範を社員皆が常に意識しているからだ。それぞれの文字には「F=FiNC Family─絆─」「I=Integrity ─誠実─」といった価値観が込められ、社内の各所に掲示されたり、同社の業績評価の指標にもなっている。
「フィンクは“一生に一度のかけがえのない人生の成功をサポートする”というビジョンに忠実な会社です。そのビジョンを方向づけるのが、創業時に溝口がCHOの岡野(求さん)と作り上げたFiNC SPIRITです。経営もこれに沿って行われていますし、社員は皆この理念に共感して入社してきます」
その結果、健康に対する意識が非常に高い社員が集まっている一方で、「グローバル」「ダイバーシティ(多様性)」といった価値観も同様に重視している。
「今後グローバル展開を考えていることもあり、昨年の夏頃から意識的に外国人のスタッフを増やしています。現在いる外国人スタッフの出身地は、中国、韓国、イギリス、フランス、アメリカなど計10カ国。主にエンジニアとして、多様な国から優秀な人材が集まってくれました。言語はすべて英語です。彼ら外国人スタッフをチームに最低でも一人おくことで、日本人スタッフも英語を日常的に話す機会ができ、英語力向上が望めます。社内資料も日本語と英語を併記したりしていますね」
フィンク社内には栄養士やトレーナー、エステティシャンなど、専門の資格を持った社員が多数いることも特徴的だ。サービス内で指導を担当したり、コールセンターでユーザ対応する以外にも、企画立案や製品開発の部署で専門知識を活かし活躍している。フィンクは、こうした新しい働き方をサポートする会社でもあるのだ。
【WORK STYLE】
?入り口横に据えられたボードには、社員それぞれの夢や目標が書かれている。「想い」を大事にするフィンクらしい試みだ。?オフィススペースでは、ハーマンミラー製の人間工学に基づいた機能的なデスク&チェアを使用。?オフィススペース中央に設けられたオープンスタイルの会議室。三方がひな壇状になっているのが特徴的。?お弁当を温めたりちょっとした軽食を作ったり、社員誰もが利用できるキッチンスペース。このときは管理栄養士の資格を持つ社員が、イベント参加者用に食事の用意をしていた。?「この日たまたま託児所に預けられなくて」と、赤ちゃん連れで仕事に励む社員。しかし社員の子どもが社内にいるというのはこの日だけではなく、日常的な光景のようだ。定期的に社員とその家族で運動会を開くなど、会社全体で家族といったアットホームな環境が作られている。