新たな提携を発表
普段プライベートのみでiOSデバイスを利用しているユーザにとって、今回のアップルの発表はあまり馴染みのないものかもしれない。それは、業務用ネイティブアプリケーション開発に向け独SAP社と提携し、新しいiOS向けSDK(ソフトウェア開発キット)を共同で開発するといった内容のものだった。
SAPはドイツ中西部のヴァルドルフに本社を置くヨーロッパ最大級のソフトウェア会社で、同分野では売上高で世界で第4位を誇る大企業だ。同社は会計・物流・販売・人事に関する企業向けシステム(ERP)などのエンタープライズビジネスソフトを主力製品としており、世界120カ国以上、31万以上の企業で導入されている。ユーザ数は120万人を超え、まさにエンタープライズ分野におけるデファクトスタンダードの地位を確立しているといっていいだろう。
アップルとSAPの協業は、多くの企業にとって非常に高いメリットがあるはずだ。SAPを導入する企業の多くは物流や販売をメインに扱うことが多く、こういった現場においてiPhoneやiPadといったモバイルデバイスを業務活用したいというニーズは高く、導入実績も多くみられる。
また、「SAP HANA」と呼ばれる、膨大なサイズのデータをリアルタイム解析に使用できるようにするソリューションも用意されている。これを採用することによって、企業規模の大小を問わず、すべてのスタッフが同時にデータベースへと快適にアクセスできる環境が整う。ここにiOSベースのネイティブアプリが大量に登場することになれば、SAPの使い勝手も劇的な向上が期待できる。
実はこの2年ほど、アップルのエンタープライズビジネスにかけるリソースは過去に例がないほど大きくなってきている。2014年7月に世界最大のビジネスソフトウェア企業の1つであるIBMとのパートナーシップを発表し、2015年8月にはエンタープライズネットワークビジネスのトップ企業シスコシステムズとの提携が発表された。両者ともに関係は良好で、特にIBMに至っては今までに100種類以上のアプリがリリースされ、さらにはアップルが開発を推し進めている人気の新プログラミング言語「スウィフト(Swift)」をクラウドベースで利用できるソリューションを提供するなど、その関係の蜜月ぶりはすさまじいものがある。ここへSAPが加わることによって、アップルのエンタープライズビジネスにおけるシェアは強固なものになるのは間違いないだろう。
SAPはドイツのヴァルドルフに本社を置く、ヨーロッパ最大級のソフトウェア会社であり、同分野ではマイクロソフト、オラクル、IBMに続く、売上高で世界第4位を誇る大企業だ。【URL】http://go.sap.com/index.html
チャンスは企業導入にあり
各メディアで報道されているとおり、アップルの四半期ベースにおけるモバイルデバイス販売台数はついに頭打ちの状態となり、減少傾向が始まっている。スマートフォンもタブレットも市場では成熟期に入りつつあり、一部のアナリストからは「飽和状態にある」と2年ほど前から評されている。そのような状況の中でアップルはよく耐えていたほうであったが、それでも時代の流れには逆らえない。加えて、ハードウェア自体のの性能向上もあり、エンドユーザの買い替えサイクルも今後は長期化するとみて間違いないだろう。つまり、コンシューマ向けのモバイルデバイス市場は、すでにゴールドラッシュのシーズンが終わり、各社で飽和したパイを奪い合う「レッドオーシャン」へと変貌を遂げているのだ。
だが、その一方でエンタープライズ、つまり企業導入に関してはまだまだチャンスが多いといわれている。コンシューマ向けでは高いシェアを誇るアンドロイドデバイスも、耐久性やセキュリティの問題から企業ベースでの導入はほとんどないのが現状だ。また、コンピュータベースでは高い導入率を誇ったマイクロソフトのウィンドウズも、モバイルでは立ち上げの遅さから市場全体のシェアが極めて少ない。つまり、アップルにとってこのエンタープライズという市場は、現時点でトップのシェアを獲得しながら、いまだ販売台数拡大の見込みが高い「ブルーオーシャン」とも呼ぶべき分野だ。これを理解すれば、近年のアップルによるエンタープライズへの力の入れ具合の持つ意味もわかるだろう。
アップルは、時代の先を見据えながらビジネス戦略を組み立て、そして成長を続けてきた。コンシューマビジネスにおける現在の立場を不動にしたのは間違いなくこの実績の積み重ねだが、今度はそれをエンタープライズにも向けようとしている。今はまだ小さな影響に見えるかもしれないが、今後数年かけてこの勢いが伸びていけば「ビジネス製品といえばアップル」という新しいスタンダードが生まれてくるかもしれない。
アップルの公式WEBページ「ビジネスにiPadを」では、SAPとの提携紹介をはじめ、病院や小売業、不動産販売などさまざまな業種におけるiPadとiOSアプリの導入事例が紹介されている。【URL】http://www.apple.com/jp/ipad/business/in-action/
【News Eye】
アップルとIBMの提携は、公式WEBページ「AppleとIBM」で詳細が紹介されている。iOSデバイスがビジネスシーンにおいてどのように役立つのか、1度ページをチェックしておくとよいだろう。【URL】http://www.apple.com/jp/business/mobile-enterprise-apps/