インドの「今」のテクノロジー
現在のアドビシステムズ、マイクロソフト、グーグルの共通点とは何か? 答えは、これらIT業界の最大手企業のトップがインド人であり、そのリーダーシップの下で運営されているという事実だ。加えて、日本のソフトバンクのナンバー2で、孫正義氏の後継者と目されるニケシュ・アローラ氏もインド人なのである。
おそらく、ほとんどの日本人が「インド」と聞いて思い浮かべるイメージは、文化としての仏教やヒンドゥー教、ヨガ、食べ物ならばカレー、観光スポットのタージマハル、教育面でのインド式計算法というものではないだろうか? しかし、冒頭のような状況を目の当たりにすると、真のインドはそうしたステレオタイプとはかなり異なりそうだ。
そんな思いから、筆者は先ごろ、インドと日本の架け橋的な事業展開を行うムーンライトウェイヴ株式会社と、「デザイン・シンキング」を推進する米イリノイ工科大学のID(インスティチュート・オブ・デザイン)の協力のもと、インドのデリー、ニューデリーにてムンバイの教育、文化、テクノロジー、ビジネスに関する取材を行ってきた。そして、そこで見たものは、既成概念を吹き飛ばす現代インドの姿だった。
ムンバイで見かけた看板広告。日本ではエコを売り物にする自動車メーカーも、ここではスマートテクノロジーが組み込まれた製品であることをアピールしていた。また、社会のモバイル化が急速に進行しているため、アマゾンもアプリの普及に注力中だ。
アップルとインドの関係
インドといえば、若きスティーブ・ジョブズがグル(指導者)を求めて放浪の旅に出た場所としても知られている。それから40年を経て、アップルは再び同国に強い関心を抱くこととなった。
その背景には、2015年の10~12月期だけでも前年同期比の売上が38%(うちiPhoneの販売台数の伸び率は76%)増加したインド市場の成長率がある(現地のザ・エコノミック・タイムズの報道による)。同時期の中国はそれぞれ14%と18%にとどまり、新興国全体の売上伸び率は11%なので、いかにインドの数字が驚異的かがわかる。
実際には、まだ貧富の差が激しいこともあって絶対販売数は少ないが、国民の50%を25歳以下が占め、2022年には全人口が中国を抜くとされる若さと勢いのある現在のインドと、一人っ子政策の弊害で消費者市場の先行きに不安感のある中国を比べれば、アップルが前者に注目するのは当然といえる。
すでにインドではアップルミュージックが月額120ルピー(約200円)で提供されており、同国初のアップルストア開設の認可も降りて、2500万ドルを投じた4500人規模のハイデラバードR&Dセンターも年内に稼働予定。同国へのアップルの投資は今後も加速する見込みだ。
アップルは、iPhone 6sの広告に力を入れている。インドでは、ボーダフォンとエアテルがキャリアとなっており、実売本体価格は16GBモデルで4万374ルピー(約6万8000円)から。ゴールド系やスペースグレーよりもシルバーモデルの値段のほうが高かったりする。
クリエイティブとアップル製品
実際にインドの都市部では、モバイルテクノロジーをアピールする広告が目立つ。たとえば、日本ではハイブリッドの経済性をアピールするホンダも、インド向けにはスマートデバイスと連携する「コネクテッド・カー」を全面に出した宣伝展開をしており、アマゾンもブラウザからのアクセスよりもモバイルアプリの利便性や安全性を訴えてEコマースの主導権を握ろうとしている。
もちろんアップルも、他国同様「iPhone 6sで撮影」キャンペーン広告に力を入れており、言葉やスペックではなく、ビジュアルイメージそのものでブランド価値を印象づける方向にある。まだアップルストアはオープンしていないものの、同社はすでに提携したリセラー5社に加えて、100の企業と販売協議中で、最終的には500リセラーとの契約を目指すとされる。
こうした国外企業の攻勢に対して、一度、海外で成功した人たちがインドに戻って祖国のために投資する動きも強まっており、若い起業家たちがそうした支援を受けてさまざまなビジネス展開を始めた。筆者が参加した教育系のワングローブカンファレンスでも、スキルデベロップメント、つまり専門技能を身につけて良い職業に就くことの重要性の討議がなされる一方で、国土の広さと学校数の多さから、企業側がリクルートに苦慮する傾向もある。そこで、国内外の1200社以上の企業に代わって、全インドの6000校以上の大学と連携して毎年300都市でのべ300万回(!)以上の能力評価試験をオンラインで行い、適材適所の人材雇用をアシストする「コキューブス」のようなサービスが大きく成長してきた。
また、インドとモダンアートという組み合わせも、日本ではなかなか想像しにくいかもしれないが、現地には現代美術を専門に扱う画廊もあり、取引関連の電話が頻繁にかかってくる。メッセージングも多用されるが、最後にモノをいうのは直接の通話なのだという。そうした画廊の1つで女性の創立者がiPhone 6を片時も離さずに持ち歩き、愛用しているのを見た。聞けば、バッテリが持たないほど使っているので、見かねたご主人が純正のバッテリケースをプレゼントしてくれたそうである。
クリエイティブ系のプロフェッショナルにもアップルユーザを多く見かけたが、中でもムンバイのバンドラ地区の再開発を手がける「ザ・バスライド・スタジオ」では複数のiMacやMacBookプロが活躍し、レストラン「ジュード・ベーカリー」のシェフ兼DJのグレシャム・フェルナンデス氏はMacBookプロ上での音楽制作に絶大な信頼を置いていた。
コキューブス(CoCubes)は、企業に代わって全インド規模で学生の評価試験を行い、優秀な人材を就職に導く若い会社。CEOのハープリート・シン・グローバー氏(左)とコーポレート・アカウント担当副社長のクナル・ベダーカー氏も、MacBookプロ/エアで日々の業務をこなす。【URL】https://www.cocubes.com
ザ・バスライド・デザインスタジオ(The Busride Design Studio)でも複数台のiMacが活躍していた。工業デザイナーのアヤズ(写真)と建築家のザミーアのバスライ兄弟が設立した同スタジオは、2人の地元でもあるバンドラ地区の再生に取り組んでいる。【URL】http://jointhebusride.com
外観イメージによる判断は禁物
インドでは、インドという国自体の本質がそうであるように、外観によって中身を判断するのは禁物だ。先端的なデザインコンサルティング業務を行う「フューチャーファクトリー」も、豊かな質感と空間性で世界から注目される建築を作り出す「スタジオ・ムンバイ」も、そしてインド初のファブカフェ的施設である「メイカーズ・アサイラム」も、その外観は古びた埃まみれの建物ながら、内部は創造の熱気に溢れ、アップル製品を愛する人々がモノ作りに明け暮れている。
さらに、インド政府は、賃金上昇によってローコストでの製造受託に陰りが見える中国に代わって、インドを世界中の企業の製造拠点にしていこうとする「メイク・イン・インディア」プロジェクトを推進中で、すでにアップルとも関係が深い台湾のフォックスコン(鴻海科技集団)も、50億ドルを投資して工場を建設した。
こうしたダイナミズムを背景に、インドの実業界の中には、もはや外資企業に頼らずに自国の発展を推進できるところまで来たと考える向きすらある。そう言い切るには、少し時期尚早だとしても、今後十数年内には、その状態に限りなく近づいていきそうだ。
古いビルの一室をモダンにリノベーションしてオフィスとしているフューチャーファクトリー(future factory)。そのマネージング・パートナーとして国際業務とリサーチを担当するギーティカ・SK氏のプレゼンテーションにMacBookエアは欠かせない。【URL】http://www.futurefactory.in
日本のTOTOギャラリーで作品展を開き、インドの伝統とモダンな感性を融合した建築で世界から注目されている設計事務所、スタジオ・ムンバイ(Studio Mumbai)。スタッフのMac率は非常に高い。同スタジオは、広島県尾道市でも再開発プロジェクトに関わっている。【URL】http://www.studiomumbai.com
【NewsEye】
インドは今後10年で中間層が倍増するといわれる有望な国だが、現時点ではまだ貧富の差が目立つ。たとえば、一大コングロマリット(複合企業)、リライアンスグループのトップはムンバイの中心地にそびえるモダンな高層ビルに住んでいるが、そのビル丸ごとが私邸である。
【NewsEye】
ある大手日本企業のインド駐在員との話の中で、インド人の日本に対する先進的なイメージの「貯金」はまだ多少残っているが、このままでは数年で失われると危惧されていた。その貯金があるうちに何をなすべきか? 私たちも、それを真剣に考える必要がありそうだ。