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第37話 学ぶべきメディアとしてのパソコンの歴史

著者: 林信行

第37話 学ぶべきメディアとしてのパソコンの歴史

『魔法の世紀』

落合陽一著 PLANETS/2300円+税

グーグル社のエリック・シュミット会長が講演をしたことや、高校生がiPS細胞や老化に関する世界の誰もやっていない研究をしていることなどで有名な広尾学園高校。この広尾学園高校で毎年各界の有名人を招いて生徒たちに講義を聴かせる「スーパーアカデミア」が開かれている。天文家や歴史家、ジャーナリストなど各界の著名人を集め、それぞれのフィールドでの最先端事情を中高校生に聞かせようというイベントで、筆者も今年4回目の特別講師を務めた。

昨年は、人工知能が我々の社会をどう変えるかから始まり、シンギュラリティー後の社会の人間の価値について話し合った。シンギュラリティーとは、全人類の知能の総和を人工知能が上回ることで2045年頃にも訪れるといわれている。コンピュータが自らをプログラミングし、人類の想像を超えた技術の発展が始まる時代で、今日の常識の多くが覆る時代だ。ちょうど講義の数日前に世界最強棋士とAlphaGoの最終対戦が行われたばかりだったので、今年は少しだけ人工知能の話を振り返りつつ「パソコン、スマートフォンのその次」というテーマで話をした。

毎年、雑草のように生えてくるテクノロジーに一喜一憂しないようにコンピュータの歴史の話から始め、今のスマートフォンなどの元祖はENIACなどの計算機としてのコンピュータではなく、ヴァネヴァー・ブッシュが提唱したMemexなどの身体拡張のメディアとしてのコンピュータだと紹介。昔のコンピュータでも今のスマホでも、人類がそれを道具として使おうとする内容には大した進化がない。ただ、我々と接触する時間も、接触する場所も、刺激する感覚器も、表現の解像度も指数関数的に増えていき、遠からずアナログとデジタルの区別がつかない時代がやってくる。

今、まさにこのデジタルとアナログの区別がつかず、物理の法則さえプログラムして書き換えようとしているのが、筑波大学の若き准教授、落合陽一氏だ。勝手に珠が動くソロバンを作ってみたり、中空に小さなネジや発泡スチロールの粒を浮遊させてダンスをさせてみたり、植物の種の上にレーザで描かれた3D映像の芽を合成してみせたりと、最近ではメディアアーティストとしてテレビなどでも引っ張りダコの人物だ。また、彼が所属していた東京大学の暦本研究所の暦本純一教授が考えるシンギュラリティーへの解も紹介した。チェスの世界では碁よりもはるか前にコンピュータが人類のチャンピオンを追い抜いたが、その強い人工知能と、人工知能にアシストされた人間が戦えば後者が勝てるという。

iPhoneの元になったのはMac、その生みの親であるスティーブ・ジョブズ氏に影響を与えたのはゼロックスの研究所にいたアラン・ケイ氏、そのアラン・ケイ氏にインスピレーションを与えたのがマウスの発明者でもあるダグラス・エンゲルバート氏だが、エンゲルバート氏は最初からコンピュータを人間を拡張する道具と唱えており、ジョブズも「コンピュータは意志の自転車」と唱えていた。

我々の世代、そして次の世代には、人工知能や、その先につながったロボットとIoTがいかに人類を発展させる道具になるかを考え、話し合い、社会をデザインする必要がある。そのためにはテクノロジーが人類の文化をどのように変えてきたかの歴史を学ばなければならないし、どのようなデザインがどのような結果をもたらすかの見識も磨かなければならないはずなのだが、就職難の日本の世の中の構造では、どうしてもすぐに職に就ける勉強に注目が集まりがちだ。若い世代に、こうしたことに興味を持ってもらうきっかけをつくるのは我々大人の役割だと思う。コンピュータとメディアの歴史についてどこから手をつけていいかわからない人は、落合陽一氏の新著『魔法の世紀』がいい導入になるはずだ。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。