プライバシーはコア・バリュー
WWDC 2015の基調講演のあと、テクノロジージャーナリストの重鎮ウォルト・モスバーグ氏が書いたコラムは「プライバシーはアップルの最新製品」というタイトルのものでした。これまでにもプライバシーがアップル製品の機能の1つといわれることはありましたが、「製品」とは言い得て妙。つまり、アップルが提供する最新のプライバシーは、人々がアップル製品を選ぶ大きな理由の1つになり得るというわけです。
アップルは近年、同社のプライバシーに関する方針に基づいて製品を設計し始めています。一口にプライバシーといっても、企業が用意するプライバシーポリシーはさまざま。ユーザの権利を認めるものがあれば、逆に企業の利益を守るためのポリシーもある中、アップルはプライバシーを「コア・バリュー」として、同社のミッションである「素晴らしい製品の提供」を実現するための基盤に位置づけています。そして「ユーザの信頼が何よりも重要」と宣言しています。
同社はユーザが安心できる環境作りに努めており、それを示す言葉として、「You are in control(あなたが主導権を持つ)」という文句が挙げられます。これは、アップルのエグゼクティブがプライバシー保護の取り組みを説明する際に必ず口にする言葉。オンラインサービスを利用するなら、多くの場合で個人情報のやり取りが発生しますが、アップル製品はプライバシーに関するやりとりをユーザが掌握し、管理できる仕組みになっています。
また、アップルのプライバシー保護の取り組みは「Plain and simple(わかりやすくてシンプル)」。同じプライバシーポリシーがすべてのアップル製品に適用され、アップルのエコシステムを利用するサードパーティにも同社のポリシーに従うことを要求します。すべて同じだからユーザが迷わず、わかりやすいから安心なのです。
アップルが「暗号化」に強くこだわっているのも、ユーザに安心を提供するためです。iOSではユーザが設定したパスコードでデータが暗号化され、OS Xでもファイルボルトを用いた暗号化が可能です。iMessageやフェイスタイムの通信はエンドツーエンドで暗号化され、アップルであってもユーザのコミュニケーションの内容を知ることはできません。
そして、「バックドアは設けない」という方針を貫いています。警官のために鍵をマットの下に隠しておくと、泥棒にも見つかるリスクに直面するというのがアップルの考えです。ユーザ側に立ち続けるアップルですが、頑なに情報提供を拒んでいるわけではなく、たとえば亡くなった家族のアカウント情報が必要な場合など、法執行機関の手続きを経た要求には応えています。その中にはスノーデン事件から論争が広がった政府機関による情報提供要求も含まれます。情報の開示が不当に行われていないことを示すために、アップルは2013年から透明性に関するレポートを毎年公開しています。
世界各地でテロ事件が起こる中で、アップルが採用しているような強力な暗号化技術を懸念する声も広がっていますが、国家安全保障のために個人のプライバシーが犠牲になってはいけないというのがアップルの主張です。有効な方法はまだ見出せてはいないものの、「プライバシーとセキュリティ」の両方を満たすソリューションの実現を目指しています。
あなたの信頼は何よりも重要
プライバシー・ページで公開している公開文書の中で、ティム・クック氏はまず最初にユーザからの信頼を何よりも優先すると宣言しています。アップルはユーザの信頼を築くために、ユーザのプライバシーを尊重し、そして保護するのです。
あなたが主導権を持つ
ユーザの情報はユーザのものであり、アクセスの許可や共有はユーザによって管理されるべきという考え。昨年WWDC 2015の基調講演でクレイグ・フェデリギ氏が強調したアップルのプライバシーの取り組みの基本概念です。
透明性
透明性に関して、以前のアップルの評判は決して良いものではありませんでした。脆弱性を報告した際の対応など、不満を露わにするセキュリティ専門家も少なくなかったのです。しかし、ここ数年で改善されており、ユーザや開発者、コミュニティとの会話が活発になっています。
わかりやすくてシンプル
アップルはさまざまな取り組みが、ユーザにとってわかりやすく、そしてシンプルなものであるように努めています。複雑になりがちなプライバシーポリシーも例外ではありません。アップルのプライバシーの取り組みを知ることで、ユーザはアップル製品をよりパーソナルに使いこなせるようになるのです。
プライバシーとセキュリティ
CBSの「60ミニッツ」で、ティム・クック氏は国家安全保障とプライバシーをトレードオフの関係と見なすのはナンセンスだと断言しました。どちらかの支持に回るのではなく、安全とプライバシー保護の両方を満たすソリューションを作り出すのがテクノロジー企業の役割であるとしています。
【URL】http://www.cbsnews.com/news/60-minutes-apple-tim-cook-charlie-rose/
最小のデータ収集で大きな効果
ビッグデータの活用がもてはやされる昨今、私たちのプライバシーに対する考え方も変化し、個人の情報をクラウドに預けることへの抵抗感が次第に薄れているように感じます。便利さに惑わされ、安全に対して私たちは鈍感になっていないでしょうか。ティム・クック氏は、あまた存在するオンラインサービスがどのように収益を得ているのか「消費者の権利として関心を持つべきだ」と指摘します。そして、もし大量の個人情報を収集されているとしたら「顧客として心配する権利がある」と述べるのです。
アップルはビッグデータの時代に逆行するかのように、サービスや機能のパーソナライズに必要な「最小限の情報」だけを収集します。たとえば、クラウドを通じた音声入力機能は、アップルIDではなくランダムな識別子によってユーザデータとデバイスを関連付け、アップルのサーバに送信します。使うほど音声入力の正確さは向上しますが、個人が特定される恐れはありません。そして音声入力をオフにすると、識別子に関連付けられたデータは削除されます。
アップルが最小限のデータしか収集しないからといって、同社製品のパーソナライズ機能が劣るわけではありません。アップルが販売する製品の多くは「パーソナル・デバイス」です。言い換えると、長い時間ユーザとともにあり、そしてユーザのことを良く知るデバイスです。だから、クラウドに個人の情報を渡すことなく、デバイス内で安全に保存されているデータを分析するだけでもパーソナライズ化したサービスやアシスタントを提供できるのです。
ビッグデータには人々が協力してクラウドを育て、成長したクラウドが未来のサービスを実現するという側面があるのも事実。注目が集まり始めた人工知能の活用において、アップルのアプローチが不利であるとも指摘されますが、その点は当然踏まえているでしょう。プライバシー保護の方針を貫くアップルを信頼し、その製品やサービスにユーザはより深くパーソナルに関わっていく。それがビッグデータの時代もリードする取り組みになると期待したいです。
データ保有の最小化
不要なデータは収集せず、収集したデータの保有期間を区切ることで、たとえ情報が流出しても被害が最小限に食い止められます。ユーザのデータを手元に置かないことが、もっとも有効なユーザデータの保護になるのです。2011年の『TIME』誌では、「YOUR DATA FOR SALE」の見出しでデータ収集の危険性が大きく取り上げられていました。【URL】http://content.time.com/time/covers/0,16641,20110321,00.html