ブレイクスルーは突然に
半導体製造において、回路設計の微細度を示す「プロセスルール」は極めて重要な要素だ。同じ回路でもプロセスルールが小さければ、性能向上や省電力化が実現でき、さらに収益性の向上や搭載デバイスの小型化にもつながる。特にCPUやGPUの製造では、プロセスルールの微細化は新時代への突入を意味するほどのビッグイベントとなる。
しかし微細化には大きな技術的ハードルがつきまとう。微細化を進めていくと、電子のふるまいは量子力学の支配する領域に踏み込んでいき、配線の外に簡単に漏れ出てしまう。つまり、既存の設計ノウハウが通用しなくなるのだ。インテルの第6世代コア「スカイレーク」はプロセスルールが14ナノメートル、アップルのAシリーズも14~16ナノメートルで停滞している。10ナノメートルより先の領域は技術的難度が非常に高く、微細化の限界として長らく知られていた。
ところが昨年夏、IBMはパートナー企業であるGFやサムスンなどと協力し、7ナノメートルの「機能する」半導体製造に成功した、と発表した。シリコンウェハの改良や、波長が従来の10分の1以下という短波長の光源を使った、というのが技術的なハイライトだが、ユーザサイドから見れば、同じ設計のチップが単純計算でわずか4分の1の面積に収まることになるのだ。
この技術が次世代Aシリーズの設計に導入できれば、当然今よりも高性能かつバッテリ持ちのよいiPhoneやiPadができる。アップルは自社で半導体の製造設備を持たない「ファブレス」企業であり、事実Aシリーズの製造はTSMCとサムスンが受託している。GFの持つ7ナノメートル技術を取りこめれば、アップルにとっては最高だ。
微細化と性能の関係
しかし、我々は半導体製造プロセスの微細度と製品の出来は同一ではないことも知っている。iPhone 6sに搭載された「A9」プロセッサはTSMCとサムスンが製造しているが、製造元でプロセスルールが違っていた。TSMC製は16ナノメートルだが、サムスン製は14ナノメートル。数字上はサムスンが進んでいるが、TSMC製A9を搭載した製品のほうがバッテリ駆動時間が長いことが判明、プロセスルールを微細化すると消費電力が下がるはずでは?と、ユーザの混乱を生んだ。
一見矛盾した結果だが、連続して負荷をかけるとサムスン製のほうが速く熱くなり、この熱が消費電力を上げているということがわかってきた。熱を持つと電子が配線の外に容易に漏れ出るようになり、それがバッテリ駆動時間に反映されるのだ。
プロセスルールの微細化は半導体製造においてはビッグイベントだが、ユーザ目線で見ると必ずしもそうではなく、半導体としての技術的完成度と、アーキテクチャとのバランスが何よりも重要なのである。前人未到の7ナノメートルをiPhoneに実装したとしても、それがユーザにとって価値のあるものになるかは別の話なのだ。OSとハードの一体形成、それによるユーザビリティの向上を主題とするアップルにとっては、プロセスルールの移行は迅速に取り組むべき課題ではなく「必要があれば行う」というぐらいのものだろう。
だが今後はそう呑気に構えてもいられない。アップルが開拓したスマートフォンの市場は、今やアンドロイドやウィンドウズモバイルの陣営に猛烈な勢いで浸食され、インターフェイスの完成度でも追い付かれつつある。さらに他陣営では「8(オクタ)コアCPU」やら「メインメモリ4GB」といったスペックを武器にした製品も登場している。デュアルコアCPU+2GBメモリが主力のiOSデバイスは現状、ブランド力だけで戦わざるを得ない。
ただし、安易にコア数を増やせば消費電力は増えるし、歩留まりも悪化してしまう。つまりアップルは今後、「アーキテクチャと総合的な技術完成度のバランスのとれたチップを安定供給する」という前提をクリアしつつ、他陣営に渡り合える新たな製品作りを迫られている。ハードの進化にはアップル社外の協力が必要で相応の時間がかかるため、追われる側としてさらに辛い局面に立たされるだろう。
ならば今のアップルに必要なのは単純な薄さや軽さなどといった小手先の作り込みではなく、アップルが単独で行えるまったく新しい試みだ。目先のハードの売り上げだけを追う先には、アンドロイドその他がひしめきあうレッドオーシャンしかない。新たなイノベーションというブルーオーシャンを見つけることが、これからのアップルの命綱になるのではないだろうか。
【News Eye】
GFは、米国の半導体製造請負メーカー「グローバルファウンドリーズ(GLOBALFOUNDRIES)」の略。アップルやクアルコムのように半導体製造能力を持たないメーカーの新製品開発は、TSMCやGFといったファウンドリの製造能力に左右される。インテルやサムスンは開発から製造まで一貫して行っている。