未来へ飛び立つ才能たち
石川県金沢市で毎年行われるメディアアートとクリエイターのための祭典「eAT KANAZAWA(イート金沢。以下eAT)」は、金沢市という「行政」が中心となって活動を続けている点で注目を集める。今回は「これからの表現 これからのクリエイティブ」をテーマに掲げ、セッションが繰り広げられた。例年2日間に分けて行われるが、初日は金沢にゆかりのある若手クリエイターたち3チームによるプレゼンテーションが行われた。
最初は伝統工芸のひとつである「陶芸」の分野にCADや3Dプリンタといった工業デザインで使われる手法を持ち込むことによって新たな造形や機能美を生み出し、新しい可能性をもたらしたことで話題のクリエイター集団「secca(雪花)」だ。彼らのメインプロダクトである食器は選別眼の厳しい日本料理業界のトップランナーにも認められ、ワールドクラスのレセプションでも採用されるなど躍進が目覚ましい。
また、フィールドワークは器以外にも楽器、アート作品、建築構造物などさまざまな分野に及ぶ。前衛的ともいえる彼らは次世代を目指すためにキーワードとして「宇宙」を選び、作品に反映させた。出来上がった作品はなんと電磁石を使った「空中に浮かぶ器」。一見冗談のようにも見えるが、お祝い事などの「特別な食事の演出として面白い」と、すでに各所から引き合いが来ている。
次に発表されたのは、「ハックフォープレイ(HackforPlay)」の寺本大輝氏。若干二十歳の若さながらこの2年間で6つ以上の受賞歴がある今注目のエンジニアだ。氏の手がける同名のサービスはRPG(ロールプレイングゲーム)のスタイルを取っているが、その中のパラメータ(設定)をすべて自分自身でハック(書き換え)ながら攻略する。「何を実現したいか」に主軸を置くこの課題の中で、子どもでも自然にプログラミングの概念を学んでいくことができるのが特徴だ。紹介された事例の数々はわずか3カ月程度の期間で小学生たちが作り上げていった作品で、その発想の柔軟さや創意工夫の逞しさ、そして完成度の高さに驚かされる。すでにあるプログラムを少しずつ置き換え、試行錯誤しながらゲームを構築する。プログラマーがよく行う「スクラッチ&ビルド」のスタイルをごく自然に実践しながら学んでいくことでプログラミングに親しみを覚え、そこから世界を広げてくれる単なる教育素材としてだけでなく、子どもたちの未来の環境も変えていくポテンシャルを持つプロジェクトだといえるだろう。
最後に登場した北川力氏(株式会社ほたる)は水に関わる研究を10年以上行い、水処理技術から上下水道整備計画まで手がける金沢出身の人物だ。現在率いているチームは「水に関する問題」を解決する。実は、水に関わるインフラのコストはそのほとんどが「菅」であるという。この部分を省略することで社会問題を改善する目的で開発されたのが、循環型浄水ユニット。排水を捨てるのではなく、クリーンなところまで濾過し再利用できれば外部からの供給に頼らなくても水を使い続けられ、「水不足」問題は大きく改善する。また、ユニット化することで、今まで人が住めなかったような砂漠や未開の地のような場所に持ち込んで生活利用ができる「ライフスタイルの自由化」といった新しい社会生活を生み出すことも可能になる壮大な試みだ。
クリティブの舞台裏
2日目は「eATalk」と題し、現役のトップクリエイターたちが集まりディスカッションする形でのセッションが3つに分けて提供された。最初のセッションは「山本信一と仲間たち」としてモデレーター役には株式会社ディスカバリー号の塩冶祥平氏(WEBプロデューサー)を、パネリストには日本科学未来館の内田まほろ氏(キュレーター)とオムニバス・ジャパンの山本信一氏(モーショングラフィックデザイナー)を迎えて始められた。
話題は「平成と同じ数だけずっとモーショングラフィックデザイナーをしている」というキャリア28年という大ベテランである山本氏の作品に対する作り込みや考え方に関するものが中心となったが、表現するメディアや機材はこの30年で大きく変わり、その恩恵を受けて新しい表現や効率的な手法を取り込んできてはいるものの、そのコアとなる考え方やものづくりに対するアプローチは一貫しているのだという。新しいテクノロジーは積極的に使いたいものの、そこを前面に押し出すのではない、あくまでアートとしての表現手法を実現するための道具でしかないというのが持論だ。
だが、その一方で視覚表現には新たな可能性を感じているともいう。リコーの360度撮影カメラ「シータ」や日本科学未来館の球体ディスプレイ「ジオ・コスモス」、そしてVR(バーチャルリアリティ)ビューアだ。会場では段ボール製のビューアとして人気の「ハコスコ」が配られたが、山本氏も「このムーブメントは80、90年代に感じてきたワクワク感と同じ匂いがする」と期待を寄せている。
次のセッションは「野添剛士と仲間たち」と題して、株式会社SIXの野添剛士氏(クリエイティブ・ディレクター)と株式会社コトブキサンのファンタジスタ歌磨呂氏(アーティスト)の対談形式で行われた。ポートフォリオを中心とした自己紹介を行ったあと、野添氏は「今日は『新しい体験』というものをキーワードに話をしようと思っています」と切り出した。二人には「お祭り感覚」と「既存の枠にこだわらない」という共通のテーマが、紹介されたクリエイティビティに満ち溢れた数々の仕事たちやその舞台裏エピソードから存分に感じられた。彼らは「今の時代、フォーマット(枠)はもはや意味がない」という。クリエイティブが持つ力で想像の連鎖を超えさせていけば、世の中はもっと変わっていく。算数のように課題を解決していくのももちろん素晴らしいが、理屈を越えるほどのムーブメント(体験と感動)を起こすことでその周りにあった問題が自然に消滅していた、というのはクリエイティブにしかできないチカラではないかと投げかけた。常識を「変える」のではなく、常識を「超える」ことでより良い体験を目指す二人のクリエイターは常にシステムと対峙しながら、しなやかに私たちの世界を変える努力をしている。そんな舞台裏が見えるセッションだった。
最後のセッションは「菅野薫と仲間たち」。株式会社電通の菅野薫氏(クリエーティブ・テクノロジスト)と株式会社Qosmoの徳井直生氏(データ・サイエンティスト)、そしてアーティスティック・リサーチ・フレームワーク・BCLの福原志保氏(バイオ・アーティスト)が登壇した。それぞれ異なる立場ながら3人に共通するのは、同世代の「テクノロジスト」であるということだ。普段からの交流も深く、共通の友人であるライゾマティクスの真鍋大度氏などともにプロジェクトを共同で進めていくことも多い。作品も人気アーティストPerfumeの一連のライブパフォーマンスであったり、ホンダの「Sound of Honda Ayrton Senna 1989」、グーグルのATAP(Advanced Technology and Products)として話題になった「プロジェクト ジャカード」などが続々と紹介された。
華々しい実績を持つ彼らだが異口同音に「テクノロジーとは手段でしかない」と語る。人工知能やディープラーニング、遺伝子組み換えといった最先端の技術たちもあくまで自分たちが表現したい作品を助けてくれる手段であって「コンピュータと人間の上下関係を作るものではない」という。むしろその境界線にあるものが重要で、テクノロジーの進化はデジタル(先端)とアナログ(工芸)を有機的につなぐ新しい体験をもたらしてくれるのだという、トップクリエイターならではのメッセージに溢れた内容だった。
人と人がつなぐ有機的な魅力
eATは、IT黎明期だった1997年から始まり今年で20回目を迎えた。その長寿を支える秘訣でもあり最大の魅力は、参加するクリエイターたちがさまざまな分野のトップランナーであること。実際に参加者も「これだけの面子が集まれる機会はなかなかないのでは」と指摘するが、都内でもこれほどまでに豪華なゲストを迎えたボリュームでイベントが提供される機会は、まずないだろう。
なぜ金沢でこれが実現できるのか。そこにはすべて人の持つ「つながりのチカラ」がある。eAT発起人の一人でもあるメルチメディア学者、浜野保樹氏(故人・東京大学名誉教授)が中心となって声をかけ、さまざまな分野から登壇者を招聘する。集まった人たちがイベントを通じて交流を深め、それがまた翌年のつながりへのきっかけとなり新しい人材が発掘され…という好循環が生まれている。
このつながる「場」の可能性を信じてチャレンジを支援し続けた金沢市の功績は、計り知れないものだろう。「自分の人生を変えてくれた、出会いの場を残したい」という想いを抱くCMディレクターの中島信也(東北新社取締役)実行委員長もまさにその一人だ。トップクリエイティブたちの話を聞くだけでなく、身近で触れ合い、意見交換までできるというほかでは絶対に体験できない魅力を持ったこのeATが、クリエイティブの祭典としてこれからも続くことを期待したい。
【News Eye】
当コラムではダイジェストリポートの形でお届けしたが、eATの全セッションの内容は、本誌発売以降にマイナビニュースにて掲載予定だ。のべ5万字を超えるボリュームとなった、出演者たちのメッセージを読みたい諸氏はぜひ楽しみにしておいていただきたい。
【News Eye】
eAT 2017はすでに開催が決定しており、次回のプロデューサーもコピーライターの小西利行氏(株式会社POOL)に内定された。例年プロデューサーごとに独自の「色」が出ることでも有名なeATなだけに、次回の開催にも期待が高まる。