USBと電力供給の歴史
1996年に登場した汎用シリアルバス規格であるUSB(ユニバーサル・シリアル・バス)はその高い汎用性と拡張性により、現在の情報機器においてもっともポピュラーなインターフェイスとなった。USBは通信用のインターフェイスだが、利便性を高めるために小電力デバイス用の電源を供給するバスパワー機能を備えており、これを使って電力のみの供給を受けるデバイスや、内蔵するバッテリの充電を行うガジェットも多数登場した。たとえばUSBライトやUSB扇風機などは厳密にはUSBデバイスではないが、USBポートから供給されるバスパワーを使って動作する。
また、iPodやiPhoneなどの携帯機器はUSB接続でホスト機器とデータ通信を行うのと同時に、ホスト機器からのバスパワー供給を受けて内蔵バッテリを充電することも可能で、専用のACアダプタ(充電器)も充電専用のUSBポート(タイプA)を備えている。
USBのバスパワーはその供給電圧が5ボルト固定で、USB2.0までは最大で500ミリアンペア、USB3.0以降は最大900ミリアンペアを供給することができる。しかしスマートフォンやタブレット機器などへの高速充電の需要を受け、これを強化するために2007年、USB BC(USBバッテリ・チャージング・スペシフィケーション)規格が策定された。 従来のUSB2.0のバスパワー仕様(500ミリアンペア)に加えて、最大1500ミリアンペア(1.5アンペア)までの供給を可能としている。USB BCにはデータ通信もサポートするCDP(チャージング・ダウンストリーム・ポート)と、給電のみをサポートするDCP(デディケイテッド・チャージング・ポート)が規定されており、充電のみ、あるいは同期と充電を同時に行う用途のいずれにも対応できるように設計されている。
さらなる高出力を求めて
そして、さらなるバスパワーの供給能力と柔軟性の向上を目指して規定されたのが、USB PD(USBパワー・デリバリ)規格だ。2012年にリビジョン1.0が初めて公開され、2014年にはリビジョン2.0がリリースされた。USB PDは従来より大きな電力供給が可能で、さらに電力の供給方向を切り換えられるという特徴を備えている。
供給電流も最大5アンペアへと強化され、電圧についても5ボルト以外に12ボルトおよび20ボルトへの設定変更を可能としており、最大100ワット(20ボルト×5アンペア)もの供給が可能となっている。
USB PDの電力供給能力には5段階のプロファイルが用意され、受電側の求めるプロファイル以上の供給能力が給電側に備わっていれば、必要に応じた電圧および電流が提供される仕組みだ。従来のUSB BCでは最大7.5ワット(5ボルト×1.5アンペア)の電力しか供給できず、バスパワーのみでは2.5インチのポータブルHDDやBD、DVDなどの光学式ドライブを駆動するのが精一杯だったが、USB PDでは3.5インチ型HDDや20インチクラスのディスプレイ、市場のほとんどのノート型パソコンの駆動や充電までできるようになる。また、電源アダプタがUSB PDに対応することによって、現状では各機種ごとに異なる電源アダプタを共通化することも可能となり、従来のように専用の電源アダプタを用意しなくても汎用のUSB PD対応電源のみで済ませられる。製品ごとに電源アダプタや充電ケーブルを持ち歩く必要がなくなり、利便性が大幅に向上するはずだ。
従来のUSBでは、バスパワーは必ずホスト機器(パソコンなど)からデバイス機器(周辺機器)へと供給される仕組みだったが、USB PDでは必要に応じて電力供給の方向を切り換えられるようになった。この機能は「ロールスワップ」と呼ばれ、データ通信の方向と電力供給の方向はいずれも独立してロールスワップできる。また、データ通信の最中でも電力の供給方向を変更することが可能となっているため、たとえばパソコンにディスプレイなどの周辺機器をUSBで接続している状態で、そのディスプレイがUSB PDに対応していれば逆に電力を供給してパソコンのバッテリを充電する、といったことも可能だ。
USBの電力供給能力は長らく5ボルト単一、最大500ミリアンペアに据え置かれていたが、USB 3.0で最大900ミリアンペア、USB BC 1.2では最大1.5アンペアに拡張された。USB PD 2.0ではこれを大幅に増強し最大100ワットの電力供給も可能となる。また、USB PDでは従来の小消費電力の周辺機器のみならず、大容量ストレージやパソコン本体、外部ディスプレイへの電力供給も可能とする。USB PD対応機器が普及すれば、それに電力を供給する電源アダプタやコンセントなどの機器も充実すると予想される。
USB PDでは電力およびデータ通信のロールスワップが可能だ。これにより外部機器と通信しながら電力の供給方向を逆転することができ、たとえば本来周辺機器であるディスプレイからの電力供給なども可能となる。【URL】http://www.usb.org/
新規格普及のジレンマ
USB PD普及の鍵となるのが、USB-CことUSBタイプCコネクタだ。USB PDにUSB-Cは必須ではなく、またUSB-CにUSB PDが必須というわけでもない。しかしUSB-Cには当初よりUSB PDを100%活用するための仕組みが備わっており、タイプAやタイプBコネクタのようにUSB PD対応のために追加の端子や機能の拡張を必要としない。つまり、USB PDの普及にはUSB-Cの実装が大きな鍵を握っている。
実際、早い時期にUSB-Cを採用したMacBookやクロームブック・ピクセルではいずれも、USB-Cポートが電源アダプタからの給電ポートとしても使われている。これらの機種はUSB PD対応を謳っているわけではないが、USB PDの持つロールスワップ機能を使って電源の供給方向を自在に切り替えている。
だが、皮肉なことにこのUSB PDへの対応の期待が、USB-C普及の妨げとなってきたことも事実だ。USB PD対応を正式に謳うためには、USB PDの求める複雑な電源供給能力をサポートしたうえで、他機種との相互接続性を保証しなければならない。つまり、USB PD対応製品には他機種への電源供給能力を有することや、他機種からの電源供給を受けて動作することが求められる。
従来は付属の電源アダプタでのみ動作する本体と、その本体でのみ使用可能な電源アダプタを設計するだけで済んだが、USB PDに対応するにはいずれも他機種との相互接続性を保証しなければならないことを意味しており、メーカーにとってはその負担は非常に大きい。USB-Cが普及しないとUSB PD対応機が増えず、そうなるとUSB PD対応機器の市場が拡大せずUSB-Cの魅力が増大しない。2015年は、そんな因果性のジレンマに支配された1年だったといえるだろう。
USB PD対応機器には、「USB PD対応」を示すロゴが付与される。図は左からUSB 2.0対応機器、USB 3.1(Gen.1)対応機器、USB 3.1(Gen.2)対応機器のロゴ。ただしMacBookをはじめとするアップル製品は伝統的にUSB.orgのロゴに準拠していない。
従来のiPhoneやiPadの充電器には、USBタイプAポートが備えられており、ここにライトニングケーブルを接続して充電する仕組みだった。USB-CとUSB PDが普及すれば、充電器は1種類で全機種に対応できるようになる。
今年はタイプC元年になるか
だが、このようなもどかしい状態もまもなく終わろうとしている。2016年始めに米ラスベガスで開催された最新テクノロジーの見本市「CES 2016」では、リリースされたノートパソコンや2in1パソコンのほとんどのモデルにUSB-Cが搭載されていた。さらに4Kディスプレイの多くにも、USB-Cの搭載が確認できた。ディスプレイでのUSB-C採用は「USB-C Displayport Alternate Mode(ディスプレイポート・アルターネイト・モード)」を利用したもので、USB-Cケーブル1本で4K相当の表示信号の伝達とUSB3.0のハブ機能の両方を提供する。
さらに第6世代コアiプロセッサ「スカイレイク(Skylake)」とともにリリースされたサンダーボルト3のホストコントローラ「アルパイン・リッジ(Alpine Ridge)」の登場がUSB-Cの普及を後押しする形となっている。というのも、サンダーボルト3はUSB-Cのアルターネイト・モードを利用して、サンダーボルト2の2倍のデータ伝送能力とUSB3.1のフル機能をサポートする上位規格であるためだ。すでにギガバイト社などからサンダーボルト3ポートを持つマザーボードやベアボーンなどがリリースされており、対応する周辺機器の登場を待つ状態となっている。
この状況はアップルにとっても吉報だ。MacBookプロやiMac、Macミニなどではアルパイン・リッジを搭載することで、従来2つに分かれていたサンダーボルトとUSB3.0のインターフェイスを統合すると同時に、従来の2倍の転送能力を持つサンダーボルト3と、Macでは初となるUSB3.1の両方を手に入れることができる。またシネマディスプレイにUSB PD対応のUSB-Cポート(またはサンダーボルト3ポート)を備えれば、1本のUSB-Cケーブルだけでディスプレイ信号の接続とMacBookへの電源供給を同時に行うことが可能となる。
今年はようやく「USB-C元年」と呼べる1年になりそうな予感がする。
CES 2016でデル社が発表した有機EL30型4Kディスプレイ「UltraSharp 30」は、USB PD対応のUSB-Cを2ポート備え、接続したデバイスに最大100ワットを供給できる。ほかにもレノボ社や、LG社からもUSB-Cを備えたディスプレイが発表されていた。
ギガバイト社のスカイレイク対応マザーボード「GA-Z170X-UD5 TH」は、インテル社のサンダーボルト3対応ホストコントローラ「アルパイン・リッジ」を搭載し、サンダーボルト3を2ポート備えている。
【URL】http://www.gigabyte.com/fileupload/product/2/5479/2015090134854_src.png
【NewsEye】
従来の標準USBタイプAコネクタやタイプBコネクタでUSB PDに対応するには、単にPD対応回路を追加するだけでなくコネクタに専用ピンの追加が必要で、従来のUSBケーブルをそのまま使用することはできない。
【NewsEye】
アルパイン・リッジはスカイレイク対応のPCIエキスプレス3.0(4レーン)/サンダーボルト3.0(2ポート)ブリッジチップで、同時にインテルでは初のUSB 3.1(Gen.2)対応のホストコントローラでもある。