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第4話 名著に学ぶ現代だからこそのホンネの価値

著者: 三橋ゆか里

第4話 名著に学ぶ現代だからこそのホンネの価値

©Lucky Team Studio

忘年会や大掃除など、慌ただしいイメージがつきまとう日本の年の瀬ですが、初めてロサンゼルスで過ごした年越しは、思いのほか静かに過ぎていきました。その間、何気なく手にとったまったく異なるジャンルの数冊の本。それらは図らずも、今の私に「本音をぶつける」という1つのテーマを想起させるものでした。

文章を書くことを生業にしている人にとってのバイブルといわれる、英文学者ウィリアム・ストランク・ジュニアの『The Elements of Style』は、英語の指南書ですが、日本語の文章にも大いに当てはまる至言が盛り込まれています。たとえば、文章の構成についての第2章では、ほのめかすのではなく「断言すべき」とあります。曖昧より明確に、抽象的より具体的に。機械に無駄なパーツがないように、また絵画に不要な線が描かれていないように、文章からも不要な言葉は除外されるべきだと。

書いた内容を読み返して、いらない言葉を消していくと、そこには誤解されようがない文章が出来上がります。「本音」という、最小限の言葉の塊が残る。もし、この文章の基礎中の基礎を口語の世界でも応用し、実践できたなら、世の中の飛行機墜落事故の多くは避けられるのかもしれません。

というのも、マルコム・グラッドウェル著の『天才! 成功する人々の法則』では、飛行機墜落事故の原因が、人と人のコミュニケーションに帰結すると明確に述べられているからです。その主な原因は、映画にありがちなエンジン部品の爆発といったドラマチックなものではなく、小規模な困難とささいな機能不全の蓄積です。飛行機事故は、人的ミスが7回連続発生することで引き起こります。そのミスは技術的なものではなく、チームワークやコミュニケーションによるものが大半だそうです。

印象的だったのが、墜落した飛行機の機長と副操縦士のやりとりを文字に起こした記録。副操縦士は飛行機が今にも墜落するかもしれない危機的状況にあっても、上司である機長に対して間接的な表現でしか発言しません。その結果、緊急の度合いが正確に伝わらず、最悪の事態を招いてしまいました。もしここで、不要な言葉を除外した会話が成り立っていれば、事態は違っていたかもしれません。飛行機を操縦するというのはかなり特殊な状況のようでいて、あながち私たちの日常生活と違わないのではないでしょうか。

手にとった3冊目は、アルバート・カミュの名著『異邦人』です。自分の気持ちに常に正直で、どんな些細な嘘もつかないがために社会の「アウトサイダー(部外者)」になってしまう主人公。彼があまりにも特殊に見えるのは、人が人生をよりシンプルに生きるために、かえって嘘を重ねてしまう生き物だからです。本が出版された1942年から74年の月日が経っても、これは変わりありません。2002年のとある調査によると、成人の実に60パーセントが10分以上の時間を何らかの嘘をつかずに過ごせないそうです。

人気テレビシリーズ「ダウントン・アビー」は20世紀初頭のイギリスを舞台にしたドラマですが、小さな嘘を無意識に重ねてしまう現代の私たちのコミュニケーションを思い出させます。登場人物が決してストレートには発言せず、物事を巧みにほのめかすことで物語の駒が進んでいく。その背景には階級の差から生じる遠慮もありますが、長く育まれた人間関係によって「言わなくても伝わる」という大前提があります。

物事が変化しない世界なら、この贅沢に甘んじるという選択肢もあるかもしれません。でも、物事が変化するスピードは加速の一途を辿っています。そうした中、人がお互いに本音をぶつけることで築かれた人間関係の価値はおのずと高まっていくはずです。“適度”な距離感が重んじられる昨今では敬遠されがちな「裸の付き合い」に、今こそ立ち返るべきなのかもしれません。

Yukari Mitsuhashi

米国LA在住のライター。ITベンチャーを経て2010年に独立し、国内外のIT企業を取材する。ニューズウィーク日本版やIT系メディアなどで執筆。映画「ソーシャル・ネットワーク」の字幕監修にも携わる。

【URL】http://www.techdoll.jp