時間はまだ、20時前。ろうそくの炎に囲まれて、読経を終えた若いお坊さんたちが小さな熱気球に火をつける。「コムローイ」と呼ばれるその熱気球は、静かに宙に浮かび、ピンと糸に引っ張られて止まった。夜空へと放たれるのを待っているのだ。
陰暦12月の満月の夜、チェンマイではイーペン祭りが行われる。コムローイを一斉に夜空に上げる伝統行事、「イーペンサンサーイ」が有名だ。僕らはその行事に参加するため、ヨーロッパでの旅を中断して、はるばるタイまでやってきた。
だが、2015年のこの祭りでは、コムローイ打ち上げが規制された。許可されたのは21時からの3時間のみ。一斉打ち上げは、旅行者向けの有料イベントだけになってしまった。しかもチケットは完売。もしかしたら、打ち上げを見られないかもしれない。そんな僕らの心配を、チェンマイの人々は見事に裏切ってくれた。
明るいうちから、空には点々とオレンジの炎が見え始め、暗くなる頃にはどの方角を見てもコムローイが浮かんでいた。「規制」はどこへいったのやら。僕らは祭り一色の街を歩き回った。民家の入り口にはろうそくが並べられ、寺院も煌びやかに飾られている。
21時。律儀に約束を守ったコムローイたちが、次々と夜空へ放たれていく。空一面に浮かぶオレンジの光。そしてそれは、日付が変わっても、まだまだ続いていた。
鈴木陵生(Ryosei Suzuki)
映像作家。2011年より夫婦で世界一周を始める。旅の様子を発信する映像サイト「旅する鈴木」が、平成26年度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。2014年11月、DVD&Blu-ray「World TimeLapse」(KADOKAWA)をリリース。【URL】 http://ryoseisuzuki.com
【PS】
お坊さんたちがコムローイを上げていたのは、旧市街の中心にある寺院「ワットパンタオ」。一面のろうそくの灯と、境内の木に吊るされた提灯。ほのかに線香が香る中、読経するお坊さんたちの姿は、この世のものとは思えないくらい幻想的な世界でした。