プログラミングのきっかけ
アップルは12月10日に、世界中のアップルストアで「Hour of Code」ワークショップを開催した。Hour of Codeとは、プログラミング教育の普及を進めるCode.orgが提唱する活動で、1時間のプログラミングワークショップを世界中で開催し、プログラミングに触れるきっかけを作る。アップルは2013年に米国のアップルストアでHour of Codeに賛同し、子ども向けのワークショップを開催し始めた。日本では2014年から開催している。
Hour of Codeでは、WEBブラウザで動作するブロック型プログラミング言語である「スクラッチ(Scratch)」を用いて、プログラミングに触れる「はじめの一時間」を体験するワークショップが用意されており、これを教材としてプログラミングを学び始める。
アップルにおいて、ソフトウェアエンジニアリングのトップであるクレイグ・フェデリギ氏は、「アップルストアはテクノロジーに情熱を傾けるエキスパートが揃っており、初めてプログラミングに触れるにはぴったりな場所」であると語った。
フェデリギ氏は1970年生まれ。10歳のときに初めてApple IIに触れ、プログラミングに熱中し始めたという。これをきっかけにして、カリフォルニア大学バークレー校でコンピュータサイエンスを修め、スティーブ・ジョブズ氏が起こしたNeXT社に入社。その後アップルによるNeXT買収によってアップル社員となるが、一度アップルを離れ、再びアップルに戻ってから、ティム・クック体制のもとで現在の役職に就いた。
自身のキャリアも、幼少の頃のコンピュータとのふれあいがきっかけとなっており、「多くの子どもにも、同様のきっかけを与えたい。アップルストアが、その象徴的な場所になればよい」と期待を寄せている。子ども授かったばかりの同氏は、自分の娘を含むこれからコンピュータを学ぶ子どもたちに対して次のようなメッセージを送った。
「プログラマーは、選択できる職業の中でももっともクリエイティブで協調的な仕事の1つだ。実現したいことを素早く形にすることができる。プログラミングは、表現手段だ」
武器となるのはスウィフト
アップルは創業当時から、あるいはオリジナルのMacintoshではより象徴的に、「教育にコンピュータを持ち込む」企業としての遺伝子を組み込んできた。フェデリギ氏は、当時のビジョンは継続していると強調する。「特に最近ではiPadによって、インタラクティブな学びが得られるようになった」と、教育でのiPadのインパクトをアピールした。
アップルストアでは、iPadを使って、Hour of Codeの教材を使ったプログラミング入門のセッションを開催している。教育とiPadの良好な関係をアピールすることに余念がないと感じる一方で、アップルはその次のステージをすでに用意している。
「Hour of Codeではもっとも初歩のプログラミングを学ぶ。これはコンピュータとの長い旅のきっかけだ。その次のステップ、つまり実際に開発者が用いる言語として、スウィフト(Swift)は完璧な言語といえる。簡単に書くことができ、問題点をすぐ発見でき、スケーラビリティも優れているため、本格的なアプリ開発に取り組めるはずだ」
子どもも直接プロユースの言語を学ぶべき、というのがフェデリギ氏のアイデアだ。若いスウィフトプログラマーが増えることは、将来的に、iOSアプリを開発できるネイティブのエンジニアが増えることを意味しており、アップルのアプリのエコシステムを強化することにつながる。アップルがアップルブランドで若いエンジニアを育てることは、非常に理にかなった将来に向けての投資なのだ。
フェデリギ氏は、子どもたちがスウィフトでアプリを作るメリットとして、iPhoneやiPad、iPodタッチが、学校で非常に人気のあるデバイスである点を挙げる。
「クラスのみんなに人気のあるデバイスで、自分が開発したアプリが動いたらどうだろう。クラスメイトの一人でも『すごい』と感想を伝えてきたらどうだろう」とフェデリギ氏は自分の過去を振り返るように語る。自分が作ったアプリに一言でも感想が返って来れば、それはコードを書くことに対する成功体験であり、より高いモチベーションの源泉になるのだ。
オープンソースとビジネス
アップルは、スウィフトをオープンソース化した。2015年の世界開発者会議においてすでにアナウンスされてきたが、2015年12月、同社は公約どおり、スウィフトのオープンソース化を発表し、Swift.orgを起ち上げ、情報提供・交換の場を設けた。
これまでスウィフトで書かれたコードが動作するのは、アップル製のハードウェア・ソフトウェアのみだった。オープンソース化はその垣根を取り払い、たとえばLinuxが動作する一般的なPCやクラウド上でも、スウィフトのコードが動作するようになった。
さっそく、アップルとパートナー関係にあるIBMが、クラウド上にスウィフトのコードを走らせることができる環境を用意し、開発者たちはブラウザからスウィフトを試すことができるようになっている。このこと自体が、オープンソース化がなければ実現できなかったことだ。
オープンソース化は、非営利、コミュニティ活動というイメージを持たれる方もいるかもしれない。しかしアップルのような営利企業も、オープンソース化の恩恵を授かることは可能なのだ。
たとえば、スウィフトを書くことができる開発者が、そのスキルをiPhoneアプリ開発以外にも活用できるようになったとしたらどうだろう。iPhoneからサーバ環境、IoTまでを1つの言語でカバーできるなら、スウィフトが書けるエンジニアの競争力は高まり、スウィフトを学ぶ人がもっと増える。すなわち、それはiPhoneアプリを開発する人材が豊かになることを意味し、アップルの競争力へとつながるのだ。
オープンソース化は、技術を企業内に閉じて運用できるという独占的な優位性から、どれだけその技術に関わる人が増えるか、優秀な人が育つか、というコミュニティ型の優位性への転換を意味する。そのキーとなるのは「人材」であり、今後アップルが、いかにしてエンジニアのオープンなコミュニティに関与していくのか、注目すべきだろう。
アップルが2014年に披露した新しい開発言語のスウィフト。2015年にはスウィフト2が公開された。オープンソース化に伴い、スウィフト3に搭載される機能の一部は、すでにコミュニティサイトSwift.orgで見ることができるほか、機能に関する提案も受け付けている。
WWDC15でスウィフトのオープンソース化を発表するクレイグ・フェデリギ氏。iOS、OS Xに加えてLinux環境でもスウィフトのコードを利用できるようにすることが発表され、2015年12月に実現にこぎつけている。
2014年12月10日にアップルストア銀座で開催されたHour of Codeワークショップ。ブラウザで動作するブロック型プログラミングをiPadミニから操作し、プログラミングの初歩に触れる楽しさを学んだ。
【News Eye】
Hour of Codeは、世界中のアップルストア55店舗で400のワークショップを開催。小売・オンラインストア担当上級副社長のアンジェラ・アーレンツ氏は「アップルストアでのプログラミングとの出会いは、考えうる子どもたちへの最高のホリデーギフトだ」とコメントを寄せた。
【News Eye】
スウィフトのオープンソース化に際して、アップルがどこまで踏み込むのかが注目された。コンパイラやコアライブラリなどがオープンソース化に含まれたこと、そしてコミュニティづくりの姿勢を見せたことにより、「アップルらしくない」との声が聞かれるほどの高評価を得ている。