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第34話 文章の限界と克服のアイデア

著者: 林信行

第34話 文章の限界と克服のアイデア

「TypeTrace」http://typetrace.jp

年明け前に本誌を開いた皆さん、「どうかよいお年をお迎えください」。年が明けてから本誌を開いた皆さん、「あけましておめでとうございます」。

私を含め多くの筆者は、メディアに寄せる文章の多くを仮想の読者像を描きながら書いているはずだ。優しい気持ちで読んでほしいところではパソコンに向かって微笑んでいたり、怒りを伝えたいところでは目をつり上げていたりするので、文章を書いている姿だけは絶対に人に見られたくないし、鏡でも見たくない、と思う(笑)。

そうして書いた文章だが、読者にはそのとおり読まれるわけではない。

2014年に執筆業をはじめて25年目を迎えたが、四半世紀の活動を通して学んだのは、文章によるコミュニケーションの限界だ。自分がいかに優しく語りかけても、わかりやすいように言い回しを工夫しても、一人一人の読者が文章から受ける印象は、そのときの読者の心理状態や、文章に対する信頼感に大きく左右される。

これは何もまとまった文章だけの話ではなく、LINEやツイッターでやりとりされる短文のコミュニケーションも含めた、すべての文字コミュニケーションが抱えている問題だ。

想像してみてほしい。あなたが「やった、半徹夜で仕事を終わらせた!」とツイートしたとする。すると数分後に、口の端だけがつり上がったニヒルな笑いを浮かべた顔アイコンの知らない人が「よかったね」と返信ツイートしてくる。

あなたは、この返信をどんな気持ちで読むだろうか。「あっ、そう…そんなことどうでもいいんだけれど。勝手に喜んでいれば」のように頭の中で補完して読むかもしれない。あるいは「ケっ! 半徹夜。それはご愁傷様で。せいぜい頑張ってくれ」などと補完するかもしれない。同じ「よかったね」の5文字の返信ツイートに表示された顔アイコンが、明るく微笑む女性のアイコンだったら「よかったね! お疲れ様! 今日はゆっくり休んでね」くらいの意味に解釈できてしまう。

これは返信ツイートを受けたあなたの中だけで起きている現象ではなく、あなたのツイートを読む相手にも起きていることで、あなたがおとぼけキャラのアイコンでツイートしたか、熱血な感じの松岡修造風顔写真でツイートしたかでも印象が変わる。だから、ソーシャルメディアのアイコンはできるだけ好印象を与える写真にしたほうがいい。

顔写真のアイコンはそのままに、なんとか書き手の気持ちを表現しようとしたのが絵文字である。これは日本で生まれ、(日本の企業が標準化できない中、アップルやグーグルに標準化され)今や世界の文化となった。確かに絵文字やLINEなどのスタンプは書き手の感情を読者に意図的に伝える有効な手段だろう。

書き手の気持ちを、読み手に伝えようとしたもう1つの面白いアプローチが、日本のアーティストユニット「dividual」がつくった「TypeTrace」という作品だ。これは文字を入力したり、変換したり、削除したりする様子を記録し、動画のように再生可能にする作品で、これで書いたメールを送ると、受信者は送信者が書くのに要したのと同じ時間をかけて、そのメールを読むことになる。文章を書いたあと長考に入った(実はトイレに行っただけかもしれない)様子が、そのまま再生され、一度書いたあとに消した文章などもチラ見できる。

情緒溢れる言語、日本語を編み出した我々、日本人は、このように情動をうまく伝えようというアイデアに溢れた民族なのかもしれない。できれば2016年はソーシャルメディア上での残念で醜い言葉のあやによる喧嘩は少し減らして、文字コミュニケーション時代の情動を伝える素晴らしい発明が、また1つこの国から生まれて世界に広がればいいな、と思っている。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。