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APPLE TVは私たちの何を変えるのか?

著者: 氷川りそな

APPLE TVは私たちの何を変えるのか?

“映画もゲームも、膨大な可能性のほんの一部に過ぎない”

待望のアップデート

アップルの製品はそれぞれの持つメッセージが明確だ。たとえば、オールインワン・デスクトップを徹底的に追及したiMacを筆頭に、スマートフォンという立場から電話とモバイルコンピュータを再発明したiPhone、そしてテクノロジーとデザインを両立させて新しいライフスタイルを創造しようとするアップル・ウォッチ。これらはすべて、アップルの中で使われ方やソリューションが明確にイメージされ、カタチになっている。

そんな中でアップルTVは、その生い立ちから異質な存在だといえる。約10年前の2006年9月、当時はiPodのアップデートを発表する恒例のミュージックイベントの最後に、当時のCEOだったスティーブ・ジョブズ氏から「開発中の製品がある」と公開されたのがアップルTVだった(当時のコードネームはiTV)。

折しもiTunesストアで映画を取り扱うことが発表されたタイミングでもあり、テレビでiTunesのコンテンツをそのまま使えることをウリにしたスタンスであることはわかったが、当時はさほど大きな話題にならなかった。当時のアップルTVは、最大解像度が720pだったためDVDとの画質の差が目立たず、発売後は一部の好事家が手を出すだけにとどまった。

しかし、アップルはその出足の鈍さをものともしなかった。ジョブズ氏もアップルTVのことを聞かれると売り上げの低調さを認めながらも「これはまだホビー(趣味の域)なんだ」と答え、市場の開拓とともに進めていく必要性を説いた。

その間もiTunesストアはラインアップを充実させ、レンタル、テレビ番組との提携など徐々にその取り扱い範囲を広げていく。ちょうどその頃から、オンエアの時間が決まっている通常のテレビ番組が衰退し、その代わりに好きなときに視聴できるフールーやネットフリックスといったオンデマンド視聴サービスが台頭してきた。インターネットにつながることを前提とした視聴スタイルが追い風となり、エンターテインメントを拡張する存在となったアップルTVは、その価値が急速に認められ始めた。

これに合わせる形でアップルTV本体も徐々にその姿を最適化させてより小型に、より安価にシフトしていく。一説には「原価割れ」ともいわれる69ドル(日本では8200円)という戦略的価格で販売されている現行の第3世代モデルは、既存アップルユーザの30%以上が所持するという調査結果もある。もはやアップルTVは、マイノリティな存在ではなくなったのだ。

テレビの存在意義を改革する

「テレビをインターネットにつなぐ」という発想自体は10年以上前からある、さほど目新しくないアイデアだ。しかし、テレビを製造する大手電機メーカーはもちろんアマゾン、グーグルといったIT企業がこの分野に続々と参入しながらも、未だに「大ブレイク」しているとは言いがたい状況だ。

そんな中でもアップルTVが順調にシェアを伸ばしてきたのは、「市場を開拓するにはそれを使いたいと思わせるコンテンツこそが重要」だとわかっていたからだ。アップルTVがうまくいっているのはIT機器としてではなく、セットトップボックス(ケーブルテレビなどの受信機)の座を奪うことに成功したからにほかならない。そして「テレビの横」という市民権を得たアップルTVは、今回発表された新モデルでいよいよ本格的なテレビの存在意義の改革を始めることになるだろう。

今までの各メーカーのアプローチはあくまで「エンターテインメントの拡張」に過ぎず、コンテンツを視聴するというテレビそのものの存在価値を今まで以上に高めてくれるものではなかった。だが、新しいアップルTVはiOSやOS Xと同じ基盤を持つtvOSを搭載し、多様なアプリを搭載することができるようになった。これによってテレビは新しい体験を手に入れる。イベントのデモで行われたような今見ている映画の情報はもちろん、天気やスポーツの試合の経過など、さまざまな情報を複合的に手に入れられるようになるだろう。操作に関してもSiriが使えることから、ニュース記事やグルメ、ツイッターのタイムラインなど、あらゆるものがテレビで簡単にチェックできるようになるはずだ。

また、アップルはホームキット(HomeKit)やヘルスキット(HelthKit)といった他の機器とつながるソリューションを積極的に拡張している。エアコンや照明、冷蔵庫などほかのIT家電をコントロールするのはモバイルデバイスももちろん便利だが、大きな画面で確認しながら操作できるのもテレビの新しい魅力になるだろう。これはヘルスケアなどの情報も同様だ。

長らく「リビングの王様」とも呼ばれ、家庭の中心であらゆる情報を発信してきたテレビの役割は、アップルTVと組み合わせることでより強力になる。そうしたライフスタイルの提案はアップルの得意とするところであり、新しい顧客層をより取り込みやすいセールスポイントになるはずだ。

開発者が広げる可能性

新しいアップルTVのアップデートを固唾を飲んで見守る市場はほかにもある。それがゲーム業界だ。

iOSデバイスの躍進に伴ってポータブルのゲーム機のメインストリームはスマートフォンに移行しつつある。「パズルアンドドラゴンズ」「モンスターストライク」「キャンディクラッシュ」などメガヒット級のセールスが続出するのは今やゲーム専用機ではない。もはやこれは業界共通の認識だ。そこへtvOSを搭載してきた新しいアップルTVは、コンソール(テレビの横に据え置く)タイプの競合になりうる。モーションセンサを搭載したSiriリモートがゲーム用途を意識した設計なのは明らかで、さらにここ数年のアップルと周辺機器メーカーとの関係には、素早いゲームコントローラのリリースに始まり、強い戦略性を感じる。コンシューマーゲームプラットフォームベンダーのトップに「アップル」の名が躍り出る日も、もはや夢物語ではなくなった。

さらに、映画やゲームをはじめこれらすべてのものは、アップルTVで実現できるソリューションのほんの一部でしかない。モーションセンサと組み合わせれば新しいインタラクションを持ったメディアアートの表現として、クラウドと組み合わせれば業務端末としての活用など、発想次第でアップルTVの活用範囲は今まで以上に広げられるようになる。

新しいアップルTVは、一部の開発者向けに先行配布されており発売日には多くのアプリが使えるようになるという、異例の取り組みが行われている。そのキットにはアップルからの次のようなタイトルで始まるメッセージが同封されていた。

「tvOSと共にあなたがこれからのテレビを変えていくのです(With tvOS, you're going to change TV.)」

ホビーに過ぎなかったアップルTVが世界を革命し、次のアップルの「主力製品」へと切り替わる日は、そう遠くないのかもしれない。

2007年に発売された第1世代のアップルTV。iTunesストアでの映画の購入やレンタルに対応していたが、日本円にして3万6800円という価格もあってか、それほど多くのユーザを得ることはできなかった。

tvOSには、iOSと同様にゲームをはじめあらゆるアプリの開発をサポートする数多くのフレームワークが提供されている。