囁かれる昏い影
2015年6月27日を末とするアップルの2015年度第3四半期の業績は、売上高は496億ドル(約6兆円)、純利益は107億ドル(約1.3兆円)となった。過去最大となる記録的な売り上げを記録したが、メディアの評価はまちまちだ。これはウォールストリートのアナリスト予測平均を下回ったことも影響するが、一部では「アップルのピークはもう過ぎた」と指摘する声もあるなど、過激な論調も見られるようになった。
そもそもの発端はアップル・ウォッチ(Apple Watch)だ。アップル初のウェアラブルデバイス、しかもバンドの組み合わせで20種類以上のモデルが用意され、価格帯も4万円台から100万円超の価格が設定されるなど、あらゆる面で前代未聞のプロダクトととして登場したこの製品の売れ行きは、誰しも気になるところでさまざまな業界から注目される形になった。
だが、恒例となったローンチ後最初の週末明けに発表される販売台数報告もなく、続くWWDCの基調講演でも、そして今回の四半期決算報告でもアップル・ウォッチは「その他」に分類され、単独での販売台数や金額などは開示されなかった。メディアインタビューなどでもティム・クックCEOは「販売は好調だ」「スタートに満足している」など、具体的な言及を避けているように見えるなど、いつものアップルらしさに欠けている部分があり、不安感を募らせる。加えて、タブレットデバイスであるiPadファミリーの収益が前年度比で20%近くも落としている。こういった要素が「アップル凋落説」の根拠となっており、市場やメディアに影を落としているといえるだろう。
事実は多角的に見てこそ
しかし、これだけで本当にアップルの「減速」が始まったと断じて良いのだろうか。まず「その他」に含まれたアップル・ウォッチだが、このカテゴリは前年や前期と比較して10億ドル(約1200億円)近く伸びている。この差分から複数の調査会社が試算したところでは、販売台数は200万~400万台になるとみられている。これはスマートウォッチ市場のシェアの半数以上をアップルが占めただけでなく、市場規模そのものを5倍以上に急成長させたという点でも成功を否定する要素はないはずだ。
そもそも、初代iPhoneやiPadが同じ四半期で約100万台のペースだったことを考えればこの成果は決して少なくないが、いまや数千万台の単位で売れるのが当たり前のiPhoneやiPadと比較すると、相対的には「大して売れていない」という正しくない判断を投資家に取られるのを避けていると考えるべきだろう(同様の判断はアップルTVにもされており、具体的な数字が開示されていない)。売り上げの規模が他社とは比べられないほど大きくなってしまったアップル特有の悩みだともいえる。
別の要素も見てみよう。販売台数の減少傾向にあるiPadだが、これはタブレット市場の成長が著しく鈍化していることも影響している。北米などを中心に先進国ではコンシューマ市場におけるタブレット需要はかなり冷え込んできており、iPadもこの影響を受けているとみられる。事実、メーカー別シェアではアップルは25%程度と引き続きトップの座を守っており、急激に落ち込んでいるわけではないのだ。
タブレットデバイスの採用は、コンシューマよりもビジネス向けが急速に広がってきている。ノートブックコンピュータよりも扱いやすいこともあり、アップルでもIBMやシスコ(Cisco)といった大手ベンダーとパートナー提携を行い、強力なソリューションとともに提供することで、新しい市場を開拓しようとしている。iOS 9でもiPadは「ポストPC」という位置付けで取られているように、今後はiOSデバイスというより、Macのようなコンピュータと競合するカテゴリに成長していく公算が高い。
そして何より、今回の決算で驚異的だったのがiPhoneだ。例年このシーズンはiPhone需要も落ち着き、大きく谷に向かっていくシーズンに差し掛かるはずだが、前年同期と比べて35%も多い4750万台ものiPhoneを売り上げている。これを支えているのが中国本土で、112%の成長を見せている。高価格帯スマートフォンのシェアをiPhoneが引き続き抑えながら成長を続けているのは、マーケットにまだまだ「伸びしろ」があることを示している。次世代モデルであるiPhone 6sシリーズは、iPhone 5s以前の世代から機種変更が多いことからiPhone 6シリーズ以上のセールスを記録するのは間違いないと見られており、iPhoneの躍進はまだまだ続くと見ていい。
他にも興味深いデータがある。モバイル機器の調査会社としては老舗のカンター(Kantar)が発表したレポートによると、iOSのシェアは昨年と比較して世界各地で上昇傾向にあるという。日本やヨーロッパでは約3%、イギリスでは5%、中国では7%、さらにオーストラリアでは9%と、iOSデバイスへのユーザの乗り換えが着実に進んでいる。こういった状況も、決してアップルが不利な状況に立たされているわけではないことを示す材料の1つだ。
国内に入ってくるメディア情報の多くは北米や日本のマーケットのみを見て判断しているものが多く、実のところ真実を見極められていないものが多い。アップルの売り上げはすでに60%以上が米国以外からの売り上げであり、世界レベルでのトレンドを理解して分析できなければ、アップルの販売戦略や成長を判断することは難しい。アップルはすでに「アメリカ企業」ではなく真の意味で、グローバル企業なのだ。
【NewsEye】
9月9日に行われたスペシャルイベントの中でもティム・クックCEOは、世界におけるiPhoneの成長率について強調した。特に中国では、前年度比75%の増加率を誇るという。