ISO(国際標準化機構)のTC133という委員会で、新しい標準が決まろうとしている。デジタルフィッティング、つまり3Dスキャナなどを使った服の採寸の標準だ。
決まるとどうなるのか。
人の体型は千差万別だ。S/M/Lなどのサイズで、お店で売られている服をそのまま買って着られる人が大勢いる一方で、着丈や袖丈を直さないと、手が袖に隠れてしまったり、ズボンが江戸時代の長袴みたいになってしまう人もいる。そういう人たちにとっては採寸し、お直しのできないインターネットショッピングで服を買うのはありえない選択だ。
しかし、デジタルフィッティングの採寸技術が国際標準として定まれば、インターネットショッピングサイトに自分の体型情報を登録しておくと、あらかじめお直しされた状態で服が送られてくる、あるいは最初から自分の体型にあわせて服がつくられて送られてくる、といったことが可能になる。
これまでS/M/Lや◯号といったサイズで用意された既製服で我慢をして着ていた人も、これまでよりずっと着心地のいい服が手に入れられるはずだ。
そもそも衣服というものはもともとは一人一人の体型にあわせて手作りされていた。しかし、近代化、経済合理化そして大量生産化の流れの中で既製服が注文服の勢いを上回ってしまった。最近のファーストファッションへと続く大量生産型の既製服の文化はまさにこの延長線上にある。
20年以上に渡ってデジタルフィッティングの研究開発を続け、ISO/TC133の規格策定でも中心人物であるデジタルファッション株式会社の森田修史代表はよく「B2i(ビジネス・トゥー・インディビジュアル)」という話をする。
「B2C(ビジネス・トゥー・コンシューマー)」という言葉があるが、コンシューマー(消費者)は均一ではなく、個々人で好みも体型も違う。「これからのテクノロジーは、個人(インディヴィジュアル)のニーズにあわせていかなければならない」という話だ。
テクノロジーを使った「合理化」には、ものごとをより「単純化」(サンプリング)し、効率よく実現する側面がある。そのおかげで、それまで一部の人だけのものだった習慣、たとえばクローゼットいっぱいの服から今日の服を選ぶ楽しみが、より大勢の人に広がったのはいいことだろう。 しかし、「サンプリング漏れ」つまり「単純化」の過程で見過ごされる価値も多い。その1つが、上の一人一人の体型に合わせた服作りだ。
同様のことはファッション業界以外でも起きている。
たとえば医療も昔は一人一人についた侍医やホームドクターが、病気を総合的に判断してくれた。現在は外傷や消化器炎など、よくある問題にあわせて外科、内科、耳鼻科など効率・分業化された医療機関が主流で、総合的判断という観点の「サンプリング漏れ」がしばしば弊害をもたらしている。
ほかにも政治システムから教育、あなたの日々の仕事に至るまで、「サンプリング漏れ」だらけの合理化の中で、昔は「これはおかしい」と思っていたにも関わらず、今やすっかり慣れっこになってしまった「合理化」も実はたくさんあるんではないだろうか。
こうした「合理化」の延長線上からは健全な未来は生まれてこない。UberやAirBnBに代表される「ステキ!」と思わせる21世紀型サービス─人々が本当に求めているものは「合理化」を「破壊(ディスラプト)」した先に生まれてくることが多い。
3.5インチフロッピーやFireWireが代表例だが、アップルは何度も自らが採用した「合理化」技術すら「破壊」して、新しいアップルに生まれ変わっている。まるで「常若(とこわか)」を謳う伊勢神宮が20年ごとに生まれ変わっているように。
では、そうした「破壊」は、どうやったら生み出せるのか。その答えは日々の自分の仕事や生活を構成する一つ一つの小さなことに疑問を持ち「なぜ、これはこうなったんだ」、「誰がどうしてそう決めたんだ」と問い続けることだと思う。玉ねぎの皮のような何層もの疑問を一枚一枚丁寧にむいていけば、いずれ「こうしたほうが人として心地よい」、「こうしたほうが皆喜ぶはず」という答えが見えてくるはずだ。
アップルの社内では、日々、まさにそんなやりとりがされているんじゃないかと思う。
Nobuyuki Hayashi
aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。