酒井俊彦
東京造形大学デザイン学部を卒業後、コーゾーデザインスタジオを経て独立。有限会社サカイデザインアソシエイツ代表。新製品のデザインやディレクションなどを手がける。
第一声は「きれい」
家電や家具、インテリアなどのデザインを手がけられ、20年以上にわたりデザイン業界の第一線で活躍されているプロダクトデザイナーの酒井俊彦さん。そんな酒井さんの目に新しいMacBookはどう映るのでしょうか。
「超きれいですね」
MacBookを手にした酒井さんの第一声です。MacBookをくるくると回転させながら、あらゆる角度をチェックする酒井さん。プロの目から見て、MacBookのどのあたりにアップルのこだわりを感じるのでしょうか。
「精度の高さですね。シンプルなデザインであればあるほど、精度が悪いと粗が目立ってしまうんです」
酒井さんが例として挙げるのは、ディスプレイの端の段差。この部分のクリアランスは0.5ミリ以下で高精度に見せるのは非常に難しいといいます。また、天面部分のゆるやかなカーブにも、酒井さんはアップルのこだわりを感じるそうです。
「MacBookのカーブは5つくらいの曲線をつなげて作っているのだと思いますが、膨らみ方も丁寧にデザインしているなと感じます。実は真っ平にすると、物ってへこんで見えるんですよ。それは他のメーカーも当然知っているから普通にやっていることではあるけど、MacBookの場合はカーブの調整の塩梅が非常にうまいですね。四隅の部分は特に処理が適当だと破綻しやすく、ペタッとなってしまうのですが、MacBookではきれいにつながっています」
ヒンジに驚愕
さらに酒井さんが驚きを隠さないのが、ヒンジ部分のディテールです。MacBookを開きながら横からヒンジ部分の動きを見てみると、ディスプレイとキーボードがギリギリのところで接触しないようにスライドしていることがわかります。何気ない動作に見えますが、酒井さんはこの動きに感心したと語ります。
「開かないなら何も問題はないですが(笑)、側板と上板をこのように動かそうと思ったら、あらゆる箇所を調整しないとぴたりと揃わないのです。この部分のディテールはすごいですね」
酒井さんは「そもそもヒンジの隠し具合がすごい」と続けます。
「ヒンジは普通、左右に二つ付いているのですが、MacBookエアやプロの場合は真ん中に1本長く通しています。こっちのほうがコストがかかるのですが、おそらく左右に分けて配置すると視覚的にがたつきが目立つので、それを嫌ったのでしょう。新しいMacBookでは逆に左右に分かれていますが、今度は自分の位置から見たときヒンジが隠れて見えにくくなっているという工夫があります」
また、新しいMacBookはイヤフォンジャックのサイズとほぼ同じ薄型のボディサイズも話題になりました。酒井さんはここにもアップルの徹底したこだわりを感じ取っています。
「ジャックのサイズで厚みを決めたんじゃないかというくらい薄いですよね。これだけギリギリだと、穴の位置がちょっとずれただけでボディが不良品になって使うことができません。製造したうち、いくつ使えるものができるかということを歩留まりというのですが、MacBookは相当歩留まりに挑戦しています。日本メーカーは歩留まりを気にして安全に作るので、ここまでギリギリにはできないでしょう」
ディスプレイの端のサイズやヒンジなどは、コンピュータとしての使い勝手にはまったく影響を及ぼさない部分。しかし、そこにこだわるところにアップルのデザイン思想が垣間見えるといいます。
「性能には関係なくても、美しいものを作るというのは本来こういうことなんです。だけどほかのメーカーにはできない。たとえばMacBookは底面もビスの距離を等間隔にしてこだわっているけど、他のメーカーでは基板の位置を優先しますからそんなことはやらないんです。だって裏なんて誰も見ないんだからいいだろうというわけです」
アップルと他の違い
ではなぜほかのメーカーにはMacBook的なデザインができないのか。以前、PCのデザインも手がけていた酒井さんは、そこにこそアップルと他メーカーとの違いがあるといいます。
「メーカーが物を作るうえで、外せないことがあるんです。たとえば昔、キーボードはこんなに平らではなかったし、こんなに浅いストロークは許されませんでした。僕がPCのデザインをやっていた頃に平らなキーボードをデザインしたら、『カード電卓じゃないんだから』と言われていたでしょう(笑)。そういうものが、だんだんと“決まり事”になってしまうのです。変えるためには頭を使わないといけませんからね。面倒ですし、それなら『前から決まっているから』と考えたほうが楽です」
“お約束”をどんどん打ち破っていく一方で「変えないこと」もアップルならでは。MacBookはデザインに一貫性があり、昔のモデルであっても古さを感じません。これも、他のメーカーとは一線を画す部分です。
「この新しいMacBookを国内メーカーが出したら、『前のモデルと同じじゃん』っていわれてしまうでしょうね(笑)。これは店の都合でもあるんです。新しい商品であることを店頭でお客さんに端的に伝えるためには、わかりやすく変わっていないといけませんから」
モデルチェンジが早いのも国内メーカーの特徴です。春モデルや秋モデルなど、たとえ性能はそれほど向上していなくても、短いスパンで新製品を出さざるを得ません。新しい商品を出さないとお客さんを呼び込めないと販売店が思っているからです。しかし、それは社内の仕事を増やすだけだと酒井さんは苦言を呈します。
「結局、それはユーザのためのモデルチェンジではないんですよ。その点、アップルはユーザが欲しい物を作って出していると感じますね」
プロダクトデザイナーが見たMacBookのこだわり。それは、アップルが自らの哲学を貫くことが結果的にユーザを惹きつけるということでした。