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音楽配信が無料になる日はくるのか?

著者: 牧野武文

音楽配信が無料になる日はくるのか?

お金を払わなくても音楽生活が送れる

私たちMacユーザにとって最適な音楽配信はアップル・ミュージックで決まりだろう。特に大量のCDをiTunesに取り込んで楽しんできた人にとって、自分が持っている曲と、iTunesストア内の曲をシームレスに楽しめるアップル・ミュージックは最高の音楽体験をもたらしてくれる。

しかし、まだ自分の曲をほとんど持っていない人にとってはどうだろうか。さすがのアップル・ミュージックもほかのライバルサービスと大きな違いはなくなってしまう。特に大きいのは、アップル・ミュージックには無料コースが用意されていないことだ(ラジオ機能は無料で利用できる)。

有名な音楽配信だけに限っても、海外ではスポティファイ(Spotify)やグーグル・プレイ・ミュージック(Google Play Music)、日本ではアワ(AWA)などが無料コースを用意している。自分の音楽ライブラリをまだ持っていない、特定のアーティストに強い思い入れがあるわけではない、音楽はシーンに合わせてBGM的なものが聴ければ満足、と考えている人にとっては、このような無料コースで十分だともいえる。

ちなみにアワは無料コースの内容がまだ明らかにされていないが、プレイリストが作成できない制限つきライトプランが無料化されるのではないかと推測されている。その噂が正しいとすると曲を検索して聴くことだけは無料で楽しめるはずだ。さらに日本でのサービス開始は未定だが、広告つきプレイリスト再生のみのグーグル・プレイ・ミュージックなどを組み合わせれば、かなりの数の音楽が無料で聴けるようになる。

スポティファイの対象地域外利用とは

さらに音楽関係者が恐れているのが、スポティファイの日本上陸だ。スポティファイの無料コースは、iPhoneアプリでは指定した曲を先頭にしたラジオサービスしか利用できないが、iPadアプリやMac版では広告つきで音質に若干の制限がある程度でフルサービスに近い状態を無料で楽しめる。しかも、スポティファイのアプリには日本語リソースも用意され、日本でのサービス開始が間近であることを窺わせる。

また、今のところスポティファイのサービス対象地域は欧米諸国が中心だが、日本のような対象外地域からアクセスする“裏技”が広まり問題視されている。この裏技の正体はインターネットではよく用いられるVPN接続によるものだ。VPNはネット上のPCをレンタルするサービスと考えるとわかりやすい。米国のVPN接続業者を利用すれば、日本から米国のPC経由でさまざまなサービスが利用できる。これにより、あたかも米国にいるかのように装ってスポティファイ無料コースを日本から利用することが可能だ。

さらに、スポティファイは「対象地域でログインすれば、14日間は対象地域外からも利用できる」仕様だ。これは本来は海外旅行者向けの機能だが、これを悪用して無料のVPNサービスを使って2週間に1回VPN経由で米国などからアクセスすることで、日本からスポティファイを無料利用する人が増えているのだ。

現在のところ、この行為の違法性を問うことは難しいが、スポティファイの利用規約に反する不正行為なのは間違いない。また、アプリをダウンロードするために米国のアップルIDを取得する際、米国に拠点がない人は適当な住所を入力するしかなく、アップルとの規約違反にも該当する可能性が高い。だが、非常にグレーな行為ではあっても利用者が増え続けているのが実情だ。

いずれにしても、スポティファイが日本進出を果たせば、こうした状況は解消する。音楽配信サービスの競争は、機能面ではアップル・ミュージックが(Macユーザにとっては)もっとも優れていると結論づけてもよいが、今後は「無料サービス」というフィールドでの競争が始まることは想像に難くない。

グーグルは音楽の完全無料化も可能

無料競争はスポティファイの日本上陸では終わらないかもしれない。“無料”ということでは想像以上のことをやってのけるグーグルが控えているからだ。現在、グーグルの年間売上は9兆円に達している。一方で、音楽業界の売上(ライブなどは除く)は、世界全体でも2兆円を欠く規模でしかない。つまり、音楽市場はグーグルの事業の2割程度の規模なのだ。

仮定の話として、グーグルの中の人間がこう考えたらどうなるだろう。「音楽を無料配信する代わりにリスニング傾向とソーシャルグラフを分析して広告の精度を上げ、グーグルの売上を20%伸ばすことはできないだろうか」。それがもし可能なら、グーグルは音楽業界に1兆円ほどの使用料を支払っても十分に採算が取れると判断するかもしれない。

事実、グーグルはすでに同じような考え方のサービスを始めている。それがグーグル・フォト(Google Photos)だ。表向きは写真を無制限にバックアップできる無料サービスだが、当然ながら写真の内容は分析され、自動的に整理される。現在のところ利用規約に写真の分析内容をほかのサービスの改善に利用することは明言していないが、グーグルの意図は明らかだ。写真の内容から、その人に対する広告精度を高めて広告収入を増やしたいのだ。将来的には写真に写っている商品の認識も行われるだろうし(この技術はアマゾンが実用化している)、写っている人の顔認識からネット上ではないリアルなソーシャルグラフを蓄積することも可能になるかもしれない。グーグルにとって写真サービスは無料でも最終的に利益を上げられると判断しているのだ。

これと同じような発想で音楽サービスを考えていてもおかしくない。現実にはアーティストやレコード業界だけでなくリスナーまでもが大きな抵抗感を感じる(音楽自体の価値が0円になってしまう)ことから早期の実現は難しいとはいえ、内部での研究は当然していることだろう。ただ、以前のように聴く音楽の傾向とライフスタイルが密着しているということは少なくなったので、聴く音楽の傾向を分析して、さまざまな商品の広告効果を上げるということにつなげるには理論的なブレークスルーが必要かもしれない。

音楽は人類の歴史とともにあり続けたが、20世紀のラジオ放送という“広告つき無料放送”で世界中に爆発的に広がった。つまり、現在のネットの有料配信も次のステップで無料配信へ回帰して新たなステージに進むのは必然ともいえる。ただし、これまでと異なるのはラジオ放送はそこから録音パッケージ音楽の購入に結びつくという収益性があったが、ネット配信の場合はそうした広がりは期待できない。そのため、ただ無料で配信するのではなく、スポティファイのようにフリーミアムモデルを採用して有料配信への呼び水とするか、あるいは視聴データを解析して別のところでのマネタイズを考えるかぐらいしかない。

どのように無料配信をビジネスとして成り立たせるか、その答は今のところ誰も出していないが、それでもすでに無料配信への競争は始まっているのだ。

3カ月の無料期間があるので、多くの人がアップル・ミュージックを使っていることだろう。すでにお馴染みになった「For You」のプレイリストは、3カ月後に料金を支払わないと聴けなくなる。一方で、ラジオサービスは無料で聴き続けることができる。

アワは「プレイリスト作成者をフォローする」という新しい感覚の音楽配信サービス。音楽に詳しい友人から新しい音楽を教えてもらえる口コミ感覚を再現している。無料コースが用意されているが、その詳細は原稿執筆時点では発表されていない。

スポティファイもアワと同じようにプレイリストを軸に音楽と出会えるサービス。iPhoneアプリでは、1曲だけ好きな曲を聴くことができ、あとはその曲を元にしたラジオサービスになってしまう。ところが、iPad版、Mac版では、すべての曲を自由に好きな順番でプレイリストをつくって聴ける。

スポティファイの公式WEBサイトはずいぶん前から「現在準備中です!」で、日本サービスインはなかなか始まらない。問題は日本のレコード会社の使用許諾が得られないからだが、アップル・ミュージックやアワ、さらにはLINEミュージックまで始まった今、レコード会社がスポティファイだけ許諾を出さないというのは難しい。

【知恵の実の実】

LINEミュージックは10代からの若年層にも支持され「学割」サービスの提供もしているが、試用期間終了後に課金に対して抵抗感を示す人が一定数いたとのことだ。若年層ほどユーチューブなどで無料で音楽を視聴する文化が広まっているので、ある意味予想された反応だ。

【知恵の実の実】

スポティファイは「無料の音楽配信はビジネスにならない」と判断して提供しない大物アーティストもいる。また、テイラー・スウィフトのようにいったん提供しても撤退するケースもある。収益化の道筋が見えない限りはこうした事例はあとを絶たないだろう。