iOSアプリを移植する意義
アップルがWEBサイトの求人ページにおいて、アンドロイド用アプリの開発者を幅広く募集し始めた。求人は3つあり、1つはアップルミュージック、もう1つはアイクラウドサービス、そしてアンドロイド用の「新しいモバイル製品」のための開発者を募集している。
同社は秋にアンドロイド版のアップルミュージックをリリースする予定だが、求人広告の内容からはアップルミュージック以外の純正iOSアプリにも、移植が広がる可能性が読み取れる。米メディアはiメッセージ、iTunesストア、サファリなどがその移植対象になるのではないかと推察している。
こうした求人が話題になるのは、アップルがアンドロイド用アプリを提供することに対し、単なる既存アプリの移植以上の意義があると見なされているからだ。2013年に行われたテクノロジーイベント「D11カンファレンス」でインタビューを受けたティム・クックは、iOSアプリをアンドロイドに移植する可能性を問われた際に「それを拒むような禁忌は存在しない」と明言した。そして「やる価値があると確信したら、我々はやるだろう」と続けた。
アンドロイド用アプリの提供に関してよく比較されるのが、2003年から提供されているウィンドウズ版のiTunesである。iTunesの移植により、ウィンドウズPCでもiPodが利用できるようになり、その利用体験を気に入ったユーザがMacも使い始めるというハロー効果を起こした。同じようにアップルミュージックについても、その体験をとおしてアンドロイドユーザがiPhoneに関心を持ち始めるだろう、という意見が散見される。
しかし、ウィンドウズ版iTunesの真の狙いはハロー効果ではなかった。パソコンをハブに音楽を楽しむというスタイルをMacからウィンドウズに拡大したことで、当時アップルが提唱していた「デジタルハブ」へのシフトが加速したのだ。それがiPodの爆発的な成長につながり、結果としてハロー効果が生まれたのだ。
ウィンドウズ版のサファリも先例の1つである。利用者が増えなかったため失敗と見なす人が多いが、ウィンドウズ版サファリの登場は2007年6月だ。当時は標準規格のサポートに消極的なインターネットエクスプローラがWEBブラウザのデファクトスタンダードになっていたが、サファリの登場が一石を投じ、1年後にはグーグル・クロームの一般公開が始まった。Webkitの価値が認められてHTML5へのシフトが進み、レガシーなブラウザは時代に取り残されることになった。今ではHTML5の恩恵を受けたブラウザベースのアプリが多数利用されている。ウィンドウズ版サファリは、ポストPC時代の起点の1つだったといえるだろう。
アップルの公式WEBサイトには、この夏、アンドロイド開発者の求人が継続的に掲載され続けており、アンドロイドのプラットフォームに「エキサイティングな新しいモバイル製品」をもたらすのを手助けできる開発者を求めている。
アップルの2003年度第3四半期にウィンドウズ用iTunesがリリースされ、それからしばらくしてiPodの販売台数が爆発的に伸び始めた。アップルがデジタル音楽プレーヤ時代の覇者になる過程で、ウィンドウズ版iTunesの役割は大きかったことがわかる。
過去を振り返ると見えるもの
アップルは人々の意識や生活、既存の業界体質を大きく変える必要があるときに、数で勝るほかのプラットフォームを利用してきた。アップルミュージックをアンドロイドにも提供できれば、アイクラウドをハブとする構想をよりいっそう広げることになる。フォトライブラリをアンドロイドに提供する可能性も十分に考えられる。グーグル・フォトは1600万画素までの写真を容量無制限でクラウドに保存できるため、アイクラウドでは太刀打ちできないと見る者も多いが、グーグルのサービスにはプライバシー問題の懸念が残る。写真を安全にクラウドに保管できて、共有フォトストリームのようなサービスを使えるアイクラウドに、魅力を感じるアンドロイドユーザもいるはずだ。
アップルはクラウドで出遅れているといわれるが、一般的な人々の生活にクラウドが本格的に浸透するのはまだまだこれからのことだ。音楽や写真をすべてクラウドで管理し、さまざまなデバイスからいつでもアクセスできるようにしている人はまだ少ない。「便利なクラウド」「安心して使えるクラウド」に人々を導き、クラウドハブへの移行を加速させることは、結果的にアップルのハードウェア製品への関心をも高めることになるだろう。
【NewsEye】
アップルはこの秋、アップルミュージックだけではなく、「Move to iOS」というアンドロイド用アプリも提供する。これはアンドロイドからiOSへの移行を支援するツールで、連絡先、カレンダー、ブラウザのブックマーク、写真やビデオといった各種データをワイヤレスでiOSデバイスに転送できるアプリになる予定だ。