ここ数年、年に1度、1週間ほどひとり旅することが恒例になった。昨年はドイツのミュンヘン周辺。今年はこの間モロッコへ行ってきた。
相変わらず貧乏暇なしの日々を送っているので、旅をするための1週間という時間をつくるのに結構な根回しが必要だ。「ちょっとその日は予定が入ってまして…」なんていかにも仕事が忙しいフリをしながら、のらりくらりと、そしてしたたかに、年に1度の1週間を確保してゆく。そしてある日の夜、ショッピングマイルなんかで地道に溜め込んできたマイレージを眺めながら、行き先を決め、フライト予約ボタンをクリック。まるで侍が刀を振り下ろすかのごとくダーッ!! てな感じで。そしてもはや止められない濁流のように宿泊予約を決めたりして、最後にはやってやったぞというある種の達成感を味わいながら涼しい顔でしれっと自分のカレンダーに「モロッコ」なんて大雑把に1週間の長いバーを表示させたりして悦に入る。
このとき、自分を取り巻いている「なあに? なんか文句ある? 俺だって旅行ぐらいするさ。帰ってきたらなんでもするからさ。1週間だけ自由にさせてよ」感のなんと頼もしいこと。この頼もしさを仕事でいかんなく発揮できたらさぞかしデキるクリエイターになっているに違いない。
出発の日、成田にひとりでいる。ああ、ひとりなんだなあと感じてくる。解放感とさみしさの入り混じった感じ。このくすぐったいような感じを旅の間、味わうことになる。ここが今回のオススメ。いまの世の中、よほどのことでもない限り、ひとり、という状況は生まれにくい。自分はいつもひとりぼっちだよお、なんていう方も、おそらくはひとりだと思っているのは自分で、実のところそうでもなかったりする。ひとり旅っていうのは積極的にひとりになり、次から次へと襲ってくる想定外にいかに順応したり、楽しんだりできるかということを試される。当たり前のことだけど、いつの間にか身についてしまった自分の中の常識みたいなことを、いとも簡単にひっくり返されたりするのも旅のいいところ。そう、自分の「ふつう」ってなによ! っていうのをしみじみと考えたりすることができるのがこのひとり旅っていうやつなのだ。
旅の荷物は小さめのトランクだけ。そのトランクの中身も、半分以上はカメラ機材なんかが占めている。旅便利グッズなんていうものは持っていない。不便を味わうというのもひとつの楽しみにしている。そして、前もってその行き先のことをあんまり調べたりしない。美味しいお店とか、ここだけは行っておきたい観光地なんていうのも知らないまま行ってしまう。すべては現地で、現地の人に聞いたりしてどうにかするというルール。MacBookとiPhoneは持っていく。iPhoneで地図を見て、いま自分はこんなとこにいるんだ、へえ~、みたいな感じ。いつもと違う「ふつう」と、帰るところがあるけど前に進む「頼もしいぞ! 自分!」を味わう旅。皆さんもどうぞ。あ、モロッコの旅のことを書くつもりだったのに全然触れなかった。また今度ね。
Seiichi Hishikawa
DRAWING AND MANUAL代表取締役/アートディレクター/映像作家/写真作家。1969年東京生まれ。モーションロゴのデザインをはじめCM、テレビ、プレゼンテーションなど幅広いジャンルで高い評価を得ている。ニューヨークADC賞、ロンドン国際広告賞など国内外での受賞歴も多数。2011年に監督を務めたNTTドコモのCM「森の木琴」がカンヌ国際広告賞にて三冠受賞。2014年、iFデザイン賞でスバル「OUTBACK BOXER DIESEL LINEARTRONIC “Wonder Trip”」が金賞受賞。現在、武蔵野美術大学基礎デザイン学科教授でもある。【URL】 http://www.drawingandmanual.jp