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「iPhoneで学ぶ」がこれからの中国のスタンダード!?

著者: 山脇智志

「iPhoneで学ぶ」がこれからの中国のスタンダード!?

最近、中国へ行くことが多くなった。もちろん距離的に近い国であるし、国家間でのいざこざがどうあろうと、ビジネス面から考えれば日本にとっての最重要国の1つである。私も中国でのビジネスの可能性を探るために、さまざまな調査を行っている。それは、ITを使った教育が真の意味で必要とされているのは、莫大な人口と国土を誇り、教育手段の代替への希求が切羽詰まっている中国のような国だと考えるからだ。

そうした国では、教育のデジタル化やIT化、モバイル化が強く叫ばれている。iPhoneをはじめとするスマートデバイスが中国の教育を今後どのように変えていくのか、その現在進行形を私の現地での経験、そして教育スペシャリストの意見から見つけ出していこう。

 

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とても象徴的なアップルストア浦東店(右)と開店前夜の南京東路店(左)。アップル製品は上海の街の風景としてもはや当たり前となっている。

アップルストアの相次ぐ開店

世界中を旅(基本的には出張)していても観光地や有名レストランに行くことのない筆者が、ほぼ100%訪れるのがアップルストア、もしくは現地でのアップル専門販売店だ。世界には象徴的なアップルストアがいくつかある。ぽっかり浮かんだように見えるガラスキューブで有名なニューヨークの5番街店、ガラスのピラミッドで知られるパリのルーブル美術館の地下にある店舗などが有名だが、それらに負けないだけの造形を持つのがアップルストア上海浦東(プードン)店だろう。コッロセウムのような階段で傾斜のついたスペースの中心に地下から伸びる円筒形のガラス。周りの上海ならでの派手なビル群と合わせて見ていると、まるで未来を形作るとこういう場所になるのではないかと思ってしまう。

ただし、中に入ればそこは東京ともニューヨークともパリとも変わっていない。多くの人が展示されているマシンを試し、iPhoneのアクセサリを選ぶ。そしてレジの前には大行列だ。中国においてはそれほどアップル製品が売れていないと思っていたが、街を歩いても地下鉄に乗っても、そこで見るのは多くのiPhoneユーザだ(もちろん、その他のスマートフォンも多いが)。特に、上海の街で見たのは圧倒的なスマートフォンの利用風景だった。

実は中国国内にはすでにアップルストアが10店舗もある。うち上海には最多の4店舗があり、すでに東京以上の出店数を誇っている。2014年1月にアップルは中国において、世界最大の携帯ユーザ7億60000万を誇る中国移動(チャイナ・モバイル)との提携を発表した。すでに販売提携を持っていた第二位のチャイナ・ユニコムや第三位のチャイナテレコムを合わせ、着実にiPhone利用が加速しているのは間違いないようだ。

 

新たな教育×ITの波

人口10億人を超える中国で人々がスマートフォンを手に入れることの意味。それは人々がインターネットに接続することであり、WEBで情報を手に入れることを意味する。しかし、その際、中国と日本で違うことが2つある。中国ではアクセスできるサービスや情報に規制があること、そしてその代替として中国企業による「コピーされた」サービスが存在することだ。

中国ではフェイスブック、ツイッター、ユーチューブなどにはアクセスできない。また海外のニュースサイトなども内容によってアクセスが遮断されることもある。そして人々は海外で流行っているサービスの中国版ともいえるサービスを利用する。そこで興味深いのはこうしたサービスがインフラとなり、中国国内および中国語圏内という大きな市場において、教育事業を行い始めていることだ。そのいくつか事例を紹介しよう。

「Yuantiku」は中国の公務員試験のためのモバイルラーニングサービスだ。日本語に訳せば「猿のなんでも質問箱」的な意味らしい。中国では国や市などを問わず公務員になることが「成功」の人生だといわれている。特に産業が少ない地方においてはそれが顕著で、コストがかかっても公務員になれるならば安いものだという感覚のようだ。事実、塾などもない地方においては人気のある職種だ。

米ナスダックにも上場しているYYは、本来はスマートフォンに特化したコミュニケーションサービスを提供しているが、動画を生中継できるというその特色を活かして「YY教育」という教育サービスを展開している。主に教師や個人で教える人向けのサービスに加え、最近新たに「100.com」という教育サービスを開始したことが話題を集めた。

すでに800以上の教育機関、2万人の教師、600万人の月間アクティブユーザを誇るYY教育だが、YYミュージック、YYゲーミングという他のサービスに比べて収益性が劣っていることが問題とされていた。そこでテコ入れをすべく開始したのが、動画以外のテキストやテストなどを用意し、TOEFLとIELTSという人気の高いテストの学習コース。これにより、教育/学習サービスでも収益性を上げていきたいという目論見だ。しかし、中国のITサービスの巨頭であるテンセントとアリババも教育サービスを用意してるという噂もあり、まさに群雄割拠になりつつある。

 

開拓余地のある中国市場

ITを使った教育サービスが中国で急速に盛り上がる背景には、やはりスマートフォンの普及、そしてそれを一気に広めた契機にはiPhoneの浸透がある。筆者の長年の友人で、上海を拠点に活躍する元教育企業でアナリストを務めていたザン・ウェイチー氏が先日来日して講演を行った際に中国のモバイル事情について聞いてみた。ウェイチー氏は特に中国市場の大きな特徴として都市部と地方との違いに言及する。

「中国のモバイル市場は世界一です。ネットユーザは5億9000万人、そのうち3億5000万人がモバイルからの利用です。しかも、ネット利用人口は総人口のまだ44%にしか過ぎません。中国において、都市部と地方はいわば『違う国』ともいえるほど違いがあります。iPhoneをはじめとするスマートフォンの普及や、それに伴うラーニングサービスの登場は都市部を中心に起きているものです。つまり地方はまだ『これからの市場』ともいえます。

例えばですが、スマートフォンの種類を見ても都市部でのiOSのシェアは40%とほぼ半分に迫ります。しかし、地方では10%に過ぎません。また教育を見ても都市部での高校以上の学歴を持つ人は68%に登りますが、地方では38%に過ぎません。これまでのやり方では実現できなかったことが、普及しつつあるモバイルの力によって変わることは、世界のどの国よりも顕著なのが中国といえるでしょう」

また昨今、日本でも「MOOC」(インターネット上で誰でも無料で受講でき中国のモバイル人口はすでに世界一。しかし、そのうスマートフォンを利用するのはまだ人口の半分以下だ。る形で公開されるオンライン授業)の推進団体「JMOOC(日本オープンオンライン教育推進協議会)」が開始されたが、中国でも動きが加速しているようだ。ウェイチー氏はMOOCの中国での現状についてこう語る。

「中国におけるトップ大学である北京大学はMOOCの二大勢力である『eDX』と『コーセラ』の両方にコースを開設しています。また中国で人気のポータルサイト『NETEASE』はコーセラと提携してコースを正式なコンテンツとして扱い始めました。これらが中国で人気のある理由は簡単です。これまでは学べなかったトップレベルの講義を無料で学べるということ、そしてその内容や講義スタイルが既存の大学などのそれよりも興味を引いたことにあります」

上海の街の風景は東京ともロンドンともニューヨークともそれほど変わらないと感じた。しかし、中国が抱える内外における大きな課題は教育においてもその影響を感じさせずにはいられない。爆発といってもいい教育のIT化とどのように向き合って、どのような発展を目指すのか、これからも目が離せない。

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中国のモバイル人口はすでに世界一。しかし、そのうスマートフォンを利用するのはまだ人口の半分以下だ。

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中国の公務員試験のためのモバイルラーニングサービスのYuantiku、そしてYYが新たに開始した100.com。モバイルが新たな教育シーンを形作る。

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日本で講演を行うザン・ウェイチー氏。

ハーバード大学卒の彼は中国国内のデジタ

ルを含めた教育シーンのアナリストだった。

『Mac Fan』2014年5月号掲載