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栄光ゼミナールが提案する新しい学び方「iPad mini学習」は4月からスタートする。教室での指導、家庭での学習、この2つをストレスなくつなぐ手段としてiPadミニが採用された。子どものモチベーションも上がることだろう。
学習習慣を育てる「CATS」
中学・高校受験、大学進学の分野で「栄光ゼミナール」を知らない人はまずいないのではなかろうか。1980年に埼玉県を中心に開かれた学習塾を出発点に、現在は首都圏を中心に430教室、小学生から高校生まで生徒数が7万人という国内有数の学習・進学スクール事業を展開している。
大規模な集団塾である一方で「1人ひとりの個性指導」を理念に掲げ、個別指導とグループ指導をミックスした独自の少人数制教育にこだわってきた。理由は、学びにくる生徒には進学の目標や成績に違いがあることはもちろん、教科の得意不得意、部活動や余暇の使い方、地域事情や家庭環境など置かれている状況が千差万別であるため、各々に最適な学習課題も異なるという背景があるからだ。
この少人数制教育の理念と民間教育サービスに求められる学習指導の効率化という、いわば二律背反した課題を解決するために、栄光では90年代からICT(情報通信技術)を活用した教育システムの開発を業界に先駆けて積極的に行ってきた。その中核にあるのが、教室での授業を補完する学習サポートシステムの「CATS(Computer Assisted Training System)」だ。CATSを使うことで生徒は教室での授業の理解度を単元テストで確認し、間違えた問題に合わせて個別に自動作成された復習プリントを自習室や自宅でも反復して学習できる。課題ごとの弱点を徹底的に克服してから次の授業へと進むサイクルを繰り返すことで学習効率が上がり、次第に自発的な学習習慣も身につくという仕組みこそがCATSのキモだ。これは一定以上の学習意欲を前提とするeラーニングと異なる学習塾ならではの強みでもある。
iPad以外は「あり得ない」
さらに2012年11月にはインターネットを利用したCATSマイページが開設され、前述の確認テストに加えて学習カリキュラムや宿題の確認、動画学習、成績管理などを生徒個人で行えるサービスとして提供開始された。ところが、PC版の環境には思わぬ弱点もあった。家庭内でのPC設置環境がまちまちで、リビングでしか利用できなかったり、保護者監視下でなければ使わせないといった家庭ごとの教育方針があったためだ。iPadミニ導入はそうしたPC版CATSの制約を乗り越えるための切り札だったという。
むろん、タブレット端末の導入に際しては多くの過去事例がそうであったように、度重なる検討や試験運用が行われた。
「多くの塾生がいる教室現場でタブレット端末を一人ひとりに提供することがどのような意味を持つのかを第一に考えました。そして学習のあり方、コスト構造やセキュリティ、教育産業に特有な不作為責任など諸々の課題についてプロジェクト内でもずっと議論を重ねてきました。検討の途上ではアンドロイド端末なども候補に挙がりましたが、最終的には生徒の『学習のテンポ』を損なわない快適な操作性、セキュリティの高さや管理のしやすさなどでiPadしかあり得ないという結論に達したわけです。そこから次の段階として栄光の考える教育環境実現に協力してくれるパートナーを探し、ソフトバンクBBさんに全体の設計や運用、価格や入手ルートの提案、技術サポートをお願いすることでサービス開始の目処が立ったという現状です」(長島雅洋氏)
従来のCATSとiPadミニ導入後の新CATSとのマイページ比較。例えば、これまで4クリックしないと辿り着けなかった動画などの学習コンテンツへ2タップでアクセスできるように変更されるなど改善が行われた。
すべてはモチベーション向上
iPadミニを利用した新学習システムの具体的なプログラム内容は、まず首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)の小学校4年生、中学1年生、高校1年生のいわゆる「入り口学年」の300教室を対象に、栄光用にカスタマイズされたiPadミニ(第1世代、Wi─Fi16GBモデル)を月額1080円でレンタルするところから始まる。最大2年で新モデルに更新されるので、その期間に塾へ所属していれば実質約2万4000円で現行モデルが利用できるわけだ(通常販売価格は3万1800円なので7800円安い計算となる)。翌年以降も同じ学年にレンタルすれば、数年でほぼ全生徒に行き渡るが、このスケジュールについても今後の経過をみて前倒しも考えていきたいとする。なお、オプションで本体購入もできる。
また、デバイス管理の観点から推奨していないが、家庭で所有するiPadを持ち込んでのサービス利用も個別対応で認めている。
「保護者の反応はさまざまですが、大半は今はそういう時代であると理解を示してくれています。これから始まることなので、本音では期待と『本当にうちの子に効果があるだろうか』という懐疑心があるのでしょうが、中には『どうしてレティナ・ディスプレイモデルじゃないのか?』と積極的なお父さんもいました(笑)。導入台数が多いので機種や世代が増えると管理しにくかったり家庭のご負担も増えてしまうので、今回はモデルを第1世代に限定させてもらっています」
MDM(モバイル・デバイス管理)は、ペネトレイト・オブ・リミット(P.O.L)社の「モビコントロール(MobiControl)」を採用。端末管理機能は標準的なもので、インストール可能なアプリを許可したものに限定したり、アダルトコンテンツなど有害URLのコントロールが設定されている。アクセスコントロールの基準はアップルの年齢制限に準拠しており、小学生への配付では「9+」中学生へは「12+」が適用される。
「あくまでも学習ツールという位置づけのため、SNSツールやメッセージ、メールアプリを制限しています。高校生くらいになればスマートフォンを別に持っていることが多いので、そちらを使ってもらえばよいという考えです。カメラ機能については、欠席したときに友人のノートや先生の黒板書きを撮影することを考慮して、制限はしませんでした。」(後藤浩治氏)
この制限を厳しすぎるとみるか、安心の代償とみるかは保護者の価値観にもよるだろう。だが、バランスについては時代の流れに合わせて自然と落ち着くところに落ち着くはずというのが長島氏の見解だ。何よりも重要なのは「生徒のモチベーションを高める」(なおかつCATSの利用率を上げる)ことにある。そのためにも完全に管理された学習専用端末ではなく、企業や一般家庭で広く用いられているiPadを採用することに自立性や情報リテラシーを育てる意味でも必然性があったという。
iPadミニを利用した学習の様子。グループ授業でも最大12名という少人数制が特徴で、「i-cot」と呼ばれる自習室にはWi-Fi環境を完備する予定。生徒はCATSを利用して復習や学習の成果を確認できる。 |
生徒と保護者向けに公開された新しいCATSマイページでは、基本的な仕組みは従来のPC版を踏襲しつつもインターフェイスデザインやコンテンツはiPadに最適化されたものになっている
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「学び、未来を変えよう」
さらに将来的にはWEBベースのCATSを利用するだけでなく、有用な学習アプリの紹介やオリジナル学習アプリ群を揃えてCATSにデータを集約する仕組みなども検討していきたいという。
「新サービスはまだ始まったばかりで、iPadはそれを快適に利用するための設備投資という位置づけです。生徒は勉強に前向きな子ばかりとは限りません。iPadさえ与えればよいというのはナンセンスで、授業と家庭学習のサイクルの中に位置づけることで、初めて紙だけではできなかった学習のフィールドや体験の幅が広がっていきます。そして“何のために学ぶのか”という主体的な学びの意識を身につけていくことが21世紀型の学力観にも叶うのではないでしょうか」(後藤氏)
単元の達成度を確認できるA(アチーブメント)テストを行うことにより、生徒は自分の得意・不得意を客観的に把握できる。間違えた問題は自習室や自宅で動画を視聴することで弱点を克服できる。
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新CATS導入の狙いについて説明してくれた(左から)株式会社栄光制作部部長長島雅洋氏と栄光ホールディングス株式会社ICT推進室課長後藤浩治氏。また、新CATSシステム開発メンバーの中沢崇氏、萩原朋宏氏、石岡牧氏。
『Mac Fan』2014年4月号掲載