タイガースパイク社アジアパシフィック・マネージングディレクターのアレックス・バーク氏。「日本は実に大きな市場です。日本独自のカルチャーがありますので、私たちが培ってきた方法論をベースに、クライアントごとのニーズに即した形でアプリ開発を行っていきたいと思います」。 |
使われるアプリ」を開発する会社
「タイガースパイク」(Tigerspike)社を知っているだろうか? 2003年にオーストラリアのシドニーで起業され、わずか10年の間に世界中に7つのオフィスを持つほどの急成長を遂げたアプリ開発会社だ。そのタイガースパイクが国内企業向けに業務をスタートさせ、2014年には日本にオフィスを開設する。日本企業向けのアプリ開発は国内のアプリ開発会社がこれまで主に手がけてきたが、いよいよ国内のアプリ開発マーケットもグローバル化が始まっていく。
タイガースパイクはスマートフォンやタブレットデバイスに特化した企業向けアプリ開発を主な業務としているが、企業内で利用する業務用アプリというよりはむしろ、企業がコンシューマー向けに配布するアプリの開発を得意とする。企業からの依頼に基づいてアプリを納品するような一般的なアプリ開発会社とは異なり、その企業の消費者コミュニケーションの問題点を分析して、それを解決するようなアプリを提案して制作する。
これまでに同社が手がけたアプリのポートフォリオは圧巻の一言だ。「エコノミスト」「AMEX」「Shell」「ニューズ・コーポレーション」「ノキア」…。世界的に著名な大手企業が名を連ね、小売りからファイナンス、ヘルスケア、政府機関、メディアなどあらゆる業種業態のモバイルアプリをワールドワイドで開発している。
中でも、タイガースパイクの名を一躍世間に知らしめたのは、アップルがテレビCMに採用したことでも話題となった英国の週刊新聞「エコノミスト」のiOS/アンドロイド用アプリだった。販売数の減少に悩まされていた新聞という紙メディアから、電子メディアへの移行。タイガースパイクが開発したアプリは、エコノミストのデジタル市場への参入を見事に成功へと導いた。
「エコノミストは創刊20年で130万人の読者がいましたが、私たちのアプリを採用して電子版で販売したところ、たった20週間で200万ダウンロードを達成したのです」(同社アジアパシフィック・マネージングディレクター アレックス・バーク氏)
また、オーストラリア最大のスーパーマケットチェーン「ウールワース」のアプリの事例も興味深い。
「買い物客がもっとも悩んでいたのは、店舗での商品の見つけにくさでした。それを解決するためにアプリはショッピングリストを作ることができ、いざ店舗に足を運ぶと店内のどの列にどの商品があるかを教えてくれます。商品を探すのに店内を動き回る必要がないのです」
同社が同アプリで目指したのはショッピングを効率的に行い、なおかつ楽しんでもらうことだ。アプリにはさまざまな機能が搭載されているが、中でも面白いのがiPhoneのカメラを利用したもの。街中のバス停に設置されたウールワースの商品が掲載された看板を撮影することで、商品をショッピングリストに追加したり、自宅に直接配送できたりする。「バスの待ち時間」を「楽しい買い物体験」に変えたのだ。オーストラリアの人口は2200万人ほどだが、そのうち250万人が同アプリをダウンロードし、ウールワースの顧客層を大きく広げることに成功した(人口の10%以上がダウンロードするほどのアプリは異例)。
タイガースパイクのWEBサイト。「What makes us different?」と題して掲載されているビデオが同社のアプリ開発のスタンスを明確に示している。
タイタスパイクがアプリ開発を手がけた企業は多数。同社WEBサイトから代表的な企業と、その開発事例の内容を参照できる。
消費者目線のアプリ開発
同社の成功事例は枚挙にいとまがない。では、なぜここまで企業側、そしてそれを利用するコンシューマーからも評価の高いアプリ開発が行えるのだろうか。
「今は、『モバイルファースト』の時代です。生活をしていて何をするにもスマートフォンやタブレットといったモバイルデバイスをまず利用します。そこで私たちがアプリ開発で最重要視しているのは、『パーソナルメディアの力を解き放つこと』(Unlock the Power of Personal Media)です。毎日、多くの人がiPhoneやiPadといったモバイルデバイスを用い、日常生活に便利なアプリをダウンロードしています。ですが、会社に行くとどうでしょう? 昨夜家で動画や音楽、SNSゲームなどを楽しんだ素晴らしい体験や感動が、会社では失われてしまうのです」
iPhoneやiPadはコンシューマーから浸透してきたデバイスであり、テクノロジーである。そこで得られる新しい知識、体験、感動が、私たちの日常の生活を変え、新しい人間関係を形作り、身の回りの環境を一変させ、ひいては世界の在り方を変えてきた。ビジネスにおけるアプリ開発でも、モバイルファーストの概念はインペラティブ(必然)であり、パーソナルメディアの力を解き放つこと(パーソナルメディアを楽しむのと同じような体験を提供すること)がビジネスアプリでも重要だとタイガースパイクは考える。
「ですから、そのためにもっとも大事なのは機能やテクノロジーではなく、UX(ユーザ体験)なのです。私たちの哲学は『UXこそすべて』というものです。企業向けアプリであってもパーソナルメディアのように楽しんで没頭して使ってもらえることを第一義に私たちはアプリを開発します」
バーク氏によると、エコノミストのアプリでは1人当たりの滞在時間は30分以上と一般的な電子書籍/雑誌に比べて極端に長いという。また、ウールワースのアプリが広く浸透したのも、ユーザからのフィードバックを反映し、改善することでユーザ体験を高めているからだ。
「私たちは『小さく始めること』を大切にしています。ユーザにとって価値あるものをシンプルにまず提供するのです。するとモバイルアプリではユーザからたくさんのフィードバックを得ることができます。そしてそれらに耳を傾け、数カ月周期で新しい機能を追加していきます。結果、ユーザはまるで自分の期待に答えて開発してくれているかのように感じ、アプリに興味を持ち続けてくれます。当たり前のことのように思われるかもしれませんが、これはアプリ開発においてもっとも重要なことなのです」
タイガースパイクのアプリ開発は「使って気持ちがいいこと」というコンシューマーの視点から導き出された実にシンプルな哲学がベースとなっている。しかし、現在の国内企業からリリースされているアプリはどうだろう? そもそもコンシューマーに向けたアプリ自体の数は極端に少なく、よもやあっても一般消費者と深くコミュニケーションし、楽しく使えるものだろうか。企業内で利用する業務アプリは、会社に行って起動して仕事に使いたくなるものだろうか。
ゲームやSNSといった日本発のコンシューマー向けアプリの中にはワールドワイドで高く評価されているものも多く、日本のアプリ開発のレベルは決して低いものではないだろう。しかし、とかく企業アプリのマーケットに関しては、特にアプリの「クオリティ」と「UX」の面でまだ幼少期にある。タイガースパイクはそこにビジネスチャンスを見い出し、日本に上陸する。それが発端となって国内の企業向けアプリ開発のマーケットにゲームチェンジが起こるかどうか、その動向に注目したい。
ウールワースのアプリ。通常の通販アプリのようにカタログを見て注文することもできるが、自分のショッピングリストを作れるのが特徴。商品バーコードをカメラで認識して、商品を検索することもできる。レシピに従ったショッピングリストを一度作っておけば何度でも同じ物を注文できる |
アメリカン・エキスプレスのアプリでは、カード利用履歴を照会するだけでなく、ロンドンやニューヨーク、東京などでアメックスカードが利用できるレストランなどの施設を中心にしたビジネス客向けのガイド機能を内蔵している。 |
イギリスの週刊新聞「エコノミスト」。機能だけを見れば一般的な電子書籍アプリだが、UXの気持ちよさが他のアプリとは確実に一線を画している。
アストロ(Aestro)は、マレーシア、ブルネイで最大の顧客をもつ有料テレビ&ラジオ放送局。このアプリでは、ライブストリーミング、著作権管理、多言語対応などの機能が盛り込まれ、アストロはこのアプリを公開したことで、5万人の新たな顧客を獲得した。
『Mac Fan』2013年10月号掲載