最近、毎日のようにタイムマシンに乗っている。SF映画でお馴染みの時間を移動できる装置だ。装置の種類はユーザごとにそれぞれ異なると思うが、私の場合は“自転車”がそれだ。
仕事場と自宅の往復は、自転車が多い。走り始めてしばらくすると、アップルウォッチ(Apple Watch)が「ワークアウト中のようですね」と、記録開始を促してくる。せっかくだからと、サイクリングのワークアウトを記録し始める。
そこまでは特に違和感はないのだが、計測をスタートすると、その時点で記録開始からすでに数分過ぎていることに気づく。自転車に乗って走っていることをアップルウォッチが認識したときから計測は始まっており、ユーザの意思を確認するころにはすでに数分過ぎているわけだ。本来のワークアウト開始時に自分の意思で記録を開始するためには、その時間に戻る必要があるわけで、行為としては時間をさかのぼったことになる。オチとしてはそんな話なのだが、ここにはタイムマシン実現のヒントがあるように思うのだ。
以前からアップルは、タイムマシンを用意していた。ご存じ「タイムマシン(Time Machine)」という名称のバックアップ機能だ。サーバの復旧などと似た仕組みだが、UI(ユーザインタフェイス)が秀逸で、カレンダーをめくるように戻りたい日時を指定し、過去の世界へ戻って必要なデータを拾いに行くことができる。思えば、そこからすでにアップルによるタイムマシンへのアプローチは始まっていたのかもしれない。
とはいえ、こんなことを論じたところで、物理的に時間を戻すことは(今のところ)できないのも事実だ。アップルウォッチで時間をさかのぼると言っても、それは単なるキャッシュファイル再生のUIでしかない。しかしそれは、デジタル技術の進化と、それに伴う価値観と常識の変化の大きさを見誤っていたのではないかと、ときどき思うのだ。
時間を戻るタイムマシンの考えは、日本で言えば昭和時代のSFに根差している。そんな大昔の常識や価値観が、現代において通用しないのはITに関しては当たり前で、タイムマシンでも同様ではないだろうか。
今われわれは、構築されつつあるデジタル社会と、物理的な従来の社会のはざまに生きている。そして人類の生活は、さまざまなディスプレイの中にあるデジタル空間で暮らす時間が徐々に長くなっている。天変地異でもない限り、これが短くなる道理はない。
物理的な睡眠から目覚めたらデジタルツインの世界に入り、快適で便利なデジタル社会で生活をし始める未来はそう遠くないように思う。入り口はどうあれ、そこに社会生活を送れる環境が構築されたら、人類が便利なほうに流れるのは、ネットやスマホで実証済みだ。そこでサーバなり、インフラなりを管理している組織や企業が、膨大な量のバックアップデータを保持していれば、その社会の時間を巻き戻すことも不可能ではない。いや、絶対にできると言っていいだろう。
デジタルツインの社会が、それこそ社会性を持ち、価値を認められて常識となり、取り引きや契約や、さらにはアバターを介した誕生や死の市民権を得たとき、その社会の時間を管理するのは誰なのか。時をつかさどる新たな神を生み出すことになるのではないか。それを個人や一企業にゆだねることができるのか、できないとしたらAIにまかせるのかなどと考えると、あっという間にSF世界の一丁上がりだ。何なら時間巻き戻しのUIを勉強机の引き出しにでもしておけば、ディストピア感はやや薄れるかもしれない。
そんなタイムマシンで過去に戻れる世界。その入り口に立っていないと否定するのは難しいのではないかと、今日もアップルウォッチの通知を見ながら考えたりするのだ。
写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)
編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。