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Apple史上もっとも革新的だった純正アプリ「HyperCard」。ビル・アトキンソンの“Dynabook”構想とMagic Slateアプリ化の試み

著者: 大谷和利

Apple史上もっとも革新的だった純正アプリ「HyperCard」。ビル・アトキンソンの“Dynabook”構想とMagic Slateアプリ化の試み

Magic Slateをアプリにする試み

過去のAppleの純正アプリの中でも、その革新性と、業界やユーザへのインパクトの大きさで、もっとも注目に値するのは1987年にリリースされた「HyperCard」である、ということは衆目の一致するところだろう。

テキストや図形のオブジェクト間にハイパーリンクを貼ったり、「HyperTalk」と呼ばれるプログラミング言語によるスクリプト(それぞれのオブジェクトに与えられる台本に見立てたプログラムコード)を組み込んでさまざまな処理が行えるカード型オーサリングツールのHyperCardは、後のインターネットの「World Wide Web」の原型ともいえる画期的なソフトウェアだった。

開発者のビル・アトキンソンは、2025年6月に鬼籍に入ってしまったが、1989年にインタビューしたことがある。そのときに、彼は「Magic Slate(直訳すれば、魔法の石板)」という名のタブレットデバイスを構想しており、当時の技術ではハードウェアとして実現できないコンセプトだったため、その核となる機能性をソフトウェアに置き換えたものだと説明してくれた。つまり、Magic Slateは、彼にとってのDynabookのような存在だった。

以前、本連載で取り上げたペイントソフト「MacPaint」もそうだが、アトキンソンの製品哲学は、“Empowering People”、つまり「人々に力を与える」ことにあった。今は、生成AIを使ったVibe Codingが注目されているが、彼は、英語に近い文法で書いたプログラムをオブジェクトに埋め込んで、それぞれに役割を与えるという手法によって、誰もがプログラマになれる環境を作り出した。そして、当時のCEOだったジョン・スカリーに対して、すべてのMacにHyperCardを無償でバンドルするように説得し、その結果、特に教育機関において自ら教材を作る教師が急増したのである。




WildCardからHyperCardへ

HyperCardの開発コードネームは「WildCard」で、これはトランプのジョーカーのように、何にでも使える万能カードを意味していた。

しかし、正式リリースにあたっては、もっと新規性のある製品名が求められたのだろう。その少し前から話題となりHyperCardにも組み込まれた、情報リンクを持つテキストを意味するHypertextにヒントを得て、HyperCardの名が採用された。

そして、複数のカードをまとめたスタックと呼ばれるファイルによって、データと処理のための指示が一体化したコンテンツを流通させることができ、「スタックウェア」という言葉も生まれた。

また、アトキンソンは階層メニューが嫌いで、MacのOSが階層メニューを採用しても、HyperCard 1.xには導入しないという頑固さも見せた。

※この記事は『Mac Fan』2025年11月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、神保町AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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