iPhoneのPro/Pro Maxシリーズは、すでに映画を撮影するデバイスとしての地位を確立した。映像のプロたちも、当たり前のように現場で使用している。その理由は、「撮りたい画が撮れる」手ぶれ補正機能にある。
不要な手ぶれは除去し、意図したぶれは残す。iPhoneの手ぶれ補正技術は異なる次元に入ろうとしている。
「Shot on iPhone」。世界各国の映画監督がiPhoneで撮影
映像のプロフェッショナルたちはみな、iPhoneのPro/Pro Maxシリーズ選ぶ。それどころか、商業映像、商業映画ですらiPhoneで撮影されるようになっている。
YouTubeのApple公式チャンネルにアクセスし、「Shot on iPhone」と検索すると、各国の著名な監督がiPhoneで撮影したショートフィルムが公開されている。日本では、2025年5月に公開された是枝裕和監督の「ラストシーン」が視聴可能だ。iPhone 16 Proで撮影された「ラストシーン」は、そのまま劇場公開してもおかしくないほどの映像の美しさである。

iPhoneは映画撮影における“大事な何か”を取り戻す
iPhoneは映像制作の世界に革命を起こしている。なぜなら、劇場映画を撮影できる水準の撮影機がポケットに入ってしまうからだ。
「ラストシーン」の本編を堪能したら、ぜひそのメイキング映像である「ラストシーンの舞台裏」も見てほしい。すっかり巨匠となった是枝裕和監督とスタッフが、iPhoneを手持ちして映画を撮っている。映像制作に詳しい方は、照明機材が少なく、自然光を利用した撮影が行われていることにも気がつくだろう。
是枝監督やスタッフは走りながらiPhoneで手持ち撮影をして、はじめてビデオカメラを手にした少年の頃の気持ちを取り戻しているはずだ。iPhoneの登場により、映像撮影は非常に手軽になった。しかしそれで何かを失うことはなく、むしろ失われた何かを取り戻している。
他社スマホと明確な差がある、iPhoneの映像品質
iPhoneのPro/Pro Maxシリーズの映像品質が高いことは、ほかのスマートフォンやビデオカメラと比べるとすぐにわかる。
まず、映像処理が滑らかなのだ。風景を左から右に振りながら撮るパーン撮影をすると、多くのスマホでは映像がカクカクする。しかし、iPhoneで撮れる映像は非常に滑らか。映像処理アルゴリズムが洗練されているからだ。
「ラストシーン」には、終盤の遊園地のシーンで、主人公の2人が走る映像が流れる。ぜひ、目を凝らして観ていただきたい。まったくカクカクするようなところはなく、きれいに風景が流れている(WebブラウザのYouTubeで観ると、環境によってはストリーミングの影響でカクつく可能性があるので、iPhoneか大画面テレビで観よう)。

成熟したiPhoneの手ぶれ補正。ポイントは3Dセンサ
そして、もうひとつの特徴が成熟した手ぶれ補正だ。手ぶれ補正機能は多くのスマホに搭載されているが、iPhoneの手ぶれ補正は次元が異なる。これにより、プロフェッショナルが求めるクオリティを手持ち撮影で実現し、表現の幅を大きく広げている。
一般的な手ぶれ補正は、光学補正と電子補正の2つ。光学補正は、加速度センサで手ぶれを検知し、それを打ち消すようにカメラユニットを微細に動かして処理している。
電子補正は、イメージセンサが認識する映像から一部を切り取る仕組みだ。ビクセルの変化量がもっとも少なくなるように切り取ることで、映像に安定感が生まれる。
ところが、iPhoneの「3D sensor-shift optical image stabilization」(3Dセンサシフト光学イメージ安定化)は、他社とは次元が違う。ポイントは「3D」であり、ここまで追求しているメーカーはAppleだけだ。サムスンが同様の技術を開発しているが、スマホへの実装はこれからである。
iPhoneの手ぶれ補正はさらなる次元へ。さらなる研究が進行中
さて、「3D」補正とは何か。その詳細は、「Cinematic-L1 Video Stabilization with a Log-Homography Model(対数ホモグラフィモデルによるシネマL1映像安定化)」で詳しく説明されている。今後、この研究成果がiPhoneに搭載され、iPhoneの手ぶれ補正はさらに進化するだろう。
Appleの研究チームは、ごく当たり前のことに気がついた。それは、手ぶれというのは2次元ではなく3次元空間で起きているということだ。
手ぶれが生まれる要因は、上下左右にカメラが揺さぶられること…だけではない。前後の揺さぶりも影響するのだ。ところが、通常の電子補正は2次元平面での処理を行うだけだった。そのため、上下左右には対応できるが前後には対応できない。


三次元空間で発生する手ぶれを把握。活躍するのはLiDARスキャナ
この問題を解決するには、iPhoneに平面映像ではなく、空間そのものを認識させて、三次元空間の中でどのような手ぶれが起きているのかを把握する必要がある。そこで、iPhoneのPro/Pro Maxシリーズに搭載されているLiDARスキャナを利用し、各ピクセルの対象物までの距離データを取得することにした。
LiDARスキャナは赤外線を発して、その反射光が帰ってくるまでの時間を測定し、対象物までの距離を割り出す。これにより、ピクセルごとの深度を測定。つまり、各ピクセルは色情報と深度情報の2つを持っていることになる。
そして、手ぶれ補正では色情報と深度情報の変化が最小になるようにフレームを設定し、切り取りを行う。このため、切り取りフレームは常に長方形とは限らない。iPhoneの動きによっては歪んだ長方形になることもありうる。

“意図しないぶれ”と“意図的なぶれ”を判断して処理するシステム
さらに開発チームは、手ぶれにも異なるタイプのものがあることに着目した。たとえば、手持ちによる手ぶれは周期が短く、小さく揺れる。あるいは肩や腕といった関節を中心にした特徴的な円周運動をする。一方、歩きながら撮影したときの手ぶれは、周期が長めで大きく揺れるのが特徴だ。
実際のカメラの揺れは、このような複数の手ぶれが合成された動きとなる。そこで、研究チームは、カメラの合成された動きを基本的な手ぶれの動きに分解することを考えた。音楽の音声データを楽器やボーカルに分解したりするような感覚だ。
こうすることで、非常に重要な処理が行える。それは、手ぶれという排除すべき動きは打ち消し、カメラワークという意図的な動きは反映させる処理だ。撮影者にしてみれば「思ったとおりの映像が撮れる」ことになる。
進化を続けるiPhoneのカメラ性能。手ぶれ補正はさらなる次元へ
従来の手ぶれ補正では、撮影者の意図したカメラワークまで打ち消してしまうことがあった。さらにはゼリー現象にも悩まされていた。カメラを動かすと、映像がゼリーのように部分的に歪む現象だ。これらの問題は、Appleの手ぶれ補正ではほぼ起こらない。

これだけの演算処理を撮影しながらリアルタイムで行うのは並大抵のことではない。しかし、研究チームが設計した並列計算のアーキテクチャなら、iPhone Xでも300fps(毎秒300コマ)の速度で演算ができるという。iPhoneのProシリーズのフレームレートは通常で60fps、スローモーションで240fpsなので、十分な演算速度といえる。
ただし、残念ながら最新のiPhone 17 Proにも、まだここまでの安定化技術は搭載されていない。しかし、次かその次のiPhoneのProシリーズに搭載されることは十分に期待できる。 iPhoneのProシリーズは、もはや誰でも、撮影技術が未熟な素人でも、プロ並みの映像が撮影できるデバイスだ。そして、今後さらに進化を続けていくだろう。

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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。







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