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「AirPods Pro 3」開発者インタビュー/音と人をつなぐ「コンピュテーショナルオーディオ」の究極進化

著者: 山本敦

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「AirPods Pro 3」開発者インタビュー/音と人をつなぐ「コンピュテーショナルオーディオ」の究極進化

Appleの最新ワイヤレスイヤフォン「AirPods Pro 3」が、2025年モデルの新しいiPhoneと同日に発売される。

Appleが最新のワイヤレスイヤフォン「AirPods Pro 3」を9月19日に発売する。2019年に誕生した初代モデルから進化を重ねて、今ではもうAirPods ProはAppleによるコンピューテショナルオーディオの先進技術を象徴するデバイスになった。

最新モデルはさらに音質とアクティブノイズキャンセリング(ANC)の性能が向上しているという。その背景を探るべく、米Apple本社でオーディオ製品の開発を率いるVP of Hardware Engineeringのマシュー・コステロ氏と、Director of Home and Audio Product Marketingのエリック・トレスキー氏に話を聞いた。

AirPods Pro 3の概要は以下の記事リンクよりチェックできる。画像をクリック/タップすることで記事に飛べる。

ANC搭載イヤフォンに大きな影響を与えたAirPods Pro

電気的な信号処理により周囲の環境ノイズを打ち消す「アクティブノイズキャンセリング(ANC)」の技術は、古くは1950年代に航空機を操縦するパイロットの聴覚を、ロケットエンジンによる轟音から保護する目的で研究・開発が始まった。

2000年代からコンシューマ向けのオーディオリスニング用ヘッドフォンに採用が始まり、現在は左右独立型のワイヤレスイヤフォンにも搭載する製品が増えている。

AppleのAirPods ProはANC機能を搭載するワイヤレスイヤフォンの先駆的な製品だ。カフェで勉強に集中したり、通勤列車に乗車しながらコンテンツ視聴を楽しむ際、心地よい静寂に包まれながら過ごす体験を多くのユーザに提供している。

筆者は2019年にAppleが発売した初代のAirPods Proを体験したときに、ANCによる環境ノイズの遮音性能の高さと、クリアに周囲の音が聴ける「外部音取り込みモード」の高い完成度にも息を吞んだ。

機能をオンにすると、イヤフォンを耳から外した状態と変わらないほど周囲の音がよく聴こえる。ノイズキャンセリングと外部音取り込みを、シンプルなリモコン操作により切り替えて、周囲の人々と自然に会話したり、屋外を安全に歩きながら使えるAirPods Proの体験は、その後もANC機能を搭載するワイヤレスイヤフォンに大きな影響を与えた。




外部音取り込みの精度が向上。ハンズフリー通話がより快適になる

AirPods Pro 3のイベント時の展示写真
9月9日(現地時間)にAppleが開催したイベントで「AirPods Pro 3」が発表された。

最新のAirPods Pro 3には、Appleが設計した独自の「Apple H2チップ」が搭載されている。高い演算処理性能を備えるこのチップが、AirPods ProのサウンドやANCのバランスを、ユーザの耳の形状やイヤフォンの装着状態に合わせて瞬時に、そして毎時リアルタイムに自動で最適化し続ける。アダプティブイコライゼーションは本機の中核的な機能のひとつだ。

優れたANC機能がもたらすメリットは音楽体験の向上だけにとどまらないのだと、トレスキー氏が説明する。

「ボリュームを下げても快適に音楽が聴けるようになれば、聴覚を保護することにもつながります。AirPods Pro 3の新機能である『ライブ翻訳』を使う際に、ANCをオンにすれば相手が話す声と混じり合うことなく、Siriによって再生される翻訳音声にも同時に集中できます。AirPods ProのANC機能は多様なオーディオ体験との結びつきを広げます」

AirPods Pro 3では、外部音取り込みモードを選択したときのパーソナライゼーションの精度をさらに高くした。外部音取り込みモードは音楽を聴きながら屋外を移動するときにも役立つ機能だ。とりわけAirPods Proは周囲の環境音がクリアに聞こえるので、安全な街歩きリスニングが楽しめる。

AirPods Pro 3の設定画面
AirPods Pro 3を装着するユーザの耳の形状、装着状態に合わせて、外部音取り込みモードの効果は自動で最適化される。

コロナ禍以降は、ワイヤレスイヤフォンをオンライン会議などのコミュニケーションデバイスとして使うユーザが増えた。多くのユーザは通話音声を聴きながら、周囲の環境音にも気を配ったり、話しかけられたときにも応答できるように、ANCではなく外部音取り込みモードを選んで利用しているようだ。

その結果、外部音取り込みモード時にも、会話する自分の声が自然に聞けることや、周囲の環境音がどの方向から聞こえてくるのかなど、より高い精度が求められるようになった。

また、Appleは2024年10月にAirPods Proの無料ソフトウェアアップデートを実施して、医療機器グレードの「ヒアリング補助」機能を追加した。このことも、より質の高い外部音取り込みモードの開発に着手したきっかけになったようだ。

筆者もAirPods Pro 3の外部音取り込みモードを、Pro 2と比較しながら入念に確かめた。期待したとおり、Pro 3はより立体的に自身の声が聴こえる。イヤフォンが耳から外れてしまったのではないか?と錯覚するほどだ。

AirPods Pro 3は内蔵する高性能マイクのグレードアップも図っている。外部音取り込みモード時に、人の声や車の走行音が聞こえてくる方向もはっきりとわかるようになった。アダプティブイコライゼーションの精度がブラッシュアップされたことにも起因している。

AirPods Proのハードウェア部分の設計を指揮するコステロ氏は「外部音取り込みモードをユーザに合わせてパーソナライズできるようになったことは、私たち開発チームにとっても大事な一歩になりました」と胸を張る。

イヤフォン装着時に自身の声が不自然にこもって聞こえる現象は、多くの人が経験していると思う。これを自然に聞こえるように調整するためには、マイクで集音した声をそのまま再生するだけでは不十分だった。

「頭蓋骨などを通じて伝わる響きも予測し、アルゴリズムに補正をかけて、自然なリスニング感を実現した」のだと、コステロ氏は開発の苦労を振り返った。

内部構造とイヤチップを再設計。良質なサウンドへのこだわり

コステロ氏は、AirPods Pro 3が「精密さ」にこだわるワイヤレスイヤフォンなのだと強調する。そのこだわりは、AirPods Pros 3ではイヤフォンの形状を新しく再設計するところにも及んだ。

独自設計による10.7mmのAppleドライバが出力する音を、ユーザの耳の穴(外耳道)によりダイレクトに届けられるようにするため、ノズルの角度や形状を変更した。

音を耳の中に向けて正確に送り届けられるようになると、アダプティブイコライゼーションにより、一人ひとりの耳の形状の違いによる音響特性のばらつきが一段と正確に補正できるのだとコステロ氏が説いた。

さらに付属するイヤチップも新規に開発した。先端部分に注入するフォーム素材は人間の体温や耳の形に合わせて柔軟に変形する。この特性を活かして、新しいイヤチップは外耳道にぴたりと密着する。

イヤフォンの装着が安定するだけでなく、外耳道内の密閉性が高くなる。ANCによる電気的な信号処理による消音効果と相まったことで、AirPods Pro 3は前世代のAirPods Pro 2に対して約2倍のノイズキャンセリング性能を実現している。

イヤチップの先端にフォーム素材を入れて外耳道へのフィット感を高めた。

なお、AirPods Pro 3はノズルの先端部分の形がPro 2よりも小さくなっているため、付属するイヤチップは新旧モデル間で互換性がないことに注意したい。

イヤフォンの心臓部であるAppleドライバを活かすために、ハウジング内部の空気の流れをコントロールする新しいマルチポートの音響アーキテクチャが採用された。ドライバが駆動する際に生まれる背圧を効率よく逃がしながら、ドライバの前後の動き(ストローク)をスムーズにする。アーキテクチャが洗練されるほど、歪みのないクリアなサウンドが再生される。

AirPods Pro 3のイヤチップ
新たにXXSを加えた5種類のイヤチップを同梱する。

「AirPods Pro 3は低音域のレスポンスが向上し、豊かな音の広がりを実現しています。音楽再生というイヤフォンにとってもっとも重要な要素においても、確かな進化を実感していただけるはずです」とコステロ氏は自信を示した。

筆者もAirPods Pro 2と比べながらApple Musicの音源を聴いた。音の輪郭が一段と立体感を増している。音場の広がり、奥行き方向への見晴らしの良さも際立っている。低音は切れ味鋭くもたつかない。ロックやジャズのアグレッシブな楽曲の躍動感、あるいはクラシックピアノの独奏による演奏の静謐を、新しいAirPods Pro 3は息を吞むほどリアルに再現してみせた。

ANCの消音効果はPro 2に比べて単純に「強く」なったわけではなかった。リスニングに不要な環境ノイズをきめ細かく消してくれる。ノイズキャンセリング機能の独特な耳を不自然に詰まらせる圧が大きく軽減されている。とても開放的なリスニング体験だ。

外部音取り込みモードに切り替えても、サウンドのバランスが崩れない。歴代AirPods Proシリーズの研鑽が、最新モデルに余すところなく反映されている。

イヤフォン内部のエアフロー構造を改善。切れ味鋭く立体的なサウンドにブラッシュアップしている。




AirPodsシリーズが目指す音づくりの哲学とは

Appleのエンジニアリングチームは、AirPods Pro 3のサウンドやANC、外部音取り込みの機能に最高のクオリティを求めて、10万時間以上のユーザ調査と1万以上の耳のスキャンデータを開発に活かしてきた。さらに音づくりの各段階では「オーディオロジスト」も深く関わっているのだとコステロ氏が話す。

米国のオーディオロジストとは、人々の耳の健康を支える有資格のヘルスケア専門職のことだ。被験者の耳にマイクを装着してデバイスのフィードバックを計測し、パフォーマンスが本当に最適化されているか等のチェック項目を入念に確認してきた。

Appleが理想とするサウンドの哲学をコステロ氏に聞いた。

「私たちはできる限り多くの人々が心地よく感じられる、クリーンで一貫性のあるサウンドシグネチャーを目指しています。そのうえで特に重視していることは『明瞭さ(Clarity)』と『音場(Sound Stage)の広さ』を確保することです。特定の周波数帯域の音を強調するのではなく、ニュートラルなバランスとして、そのうえでさらに分離が良く、明瞭なサウンドに追い込んでいます。AirPods Proシリーズによるリッチな体験を実現するための基本的な、そしてとても重要な考え方です」

コステロ氏、トレスキー氏との対話をとおして、筆者はApple独自のコンピュテーショナルオーディオの先端技術を搭載するAirPodsシリーズが、やがて「ハードウェアと人間の境界線」を取り払うほど、究極的にリアルな音楽体験を実現してくれる未来を確信した。

著者プロフィール

山本敦

山本敦

オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。ITからオーディオ・ビジュアルまでスマート・エレクトロニクスの領域を多方面に幅広くカバーする。最先端の機器やサービスには自ら体当たりしながら触れて、魅力をわかりやすく伝えることがモットー。特にポータブルオーディオ製品には毎年300を超える新製品を試している。英語・仏語を活かし、海外のイベントにも年間多数取材。IT関連の商品企画・開発者へのインタビューもこなす。

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