Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

「できる」を引き出すiPad活用/特別支援学校教諭の挑戦と工夫

著者: 三原菜央

「できる」を引き出すiPad活用/特別支援学校教諭の挑戦と工夫

GIGAスクール以前からiPad活用を進めてきた埼玉県立越谷西特別支援学校では、ICTと特別支援教育の相性の良さを活かしながら、多様な実践を行っている。知的障がいのある子どもたちの「できる」を発掘するために、iPadやアプリの特性を見極め、子どもたち一人ひとりに最適な学びを届けている、情報管理部長の佐藤裕理教諭に話を聞いた。

佐藤裕理
埼玉県立越谷西特別支援学校教諭/情報管理部長/Apple Distinguished Educator 2023。特別支援学校での教員歴15年。知的障害教育部門に一貫して携わり、埼玉県立狭山特別支援学校、所沢おおぞら特別支援学校を経て、現職。知的障害のある子どもたちのiPad活用やPowerPointでの教材開発、Minecraftなどのゲームを活用した授業実践を行う。現在は担任を離れ、校内ICT活用の中心的な役割を担う“情報担外”として、教員研修や全校的なICT利活用の支援にあたっている。

iPadだからこそできる教育がある

埼玉県立越谷西特別支援学校は、小学部から高等部までを有し、知的障がいのある児童・生徒が約300人在籍している。埼玉県の研究指定校に採択されたこともある同校では、早くからICT環境の整備が進められてきた。GIGAスクール構想以前からiPadを20台近く導入し、アクセスポイントも整備。校内のどこでもiPadが使えるネットワーク環境が整備されてきた。

教員1年目から特別支援教育に携わり、現在は同校の情報担当としてICTを活用した授業や教員研修にあたる佐藤裕理教諭は、「特別支援教育において、iPadはもっとも相性のよい端末です」と語る。

「Windows PCなどiPad以外の端末は、基本的にキーボードとマウスでの操作を前提に作られているものが多いほか、画面がタッチ対応でもアイコンが小さくてタッチしにくいなど、特別支援学校の子どもたちには操作自体が難しい場合があります。iPadはタッチ主体の操作感で、どの子にも使いやすいのです。そして何より、iPadはアクセシビリティ機能が豊富です。これはさまざまな障害の実態があってもiPadを快適に使えるようにするための機能で、それを段階的調整することができるという点でも、特別支援教育にとってiPadは最適なツールだと感じています」 

佐藤教諭は特別支援学校の勤務15年目。大学では歴史学科で学び、社会科の教員免許を取得した。大学時代は「特別支援教育」という選択肢は視野になかったが、特別支援学校でのボランティア経験をきっかけにこの道へ進んだという。

障がいからくる「学習上・生活上の困難」を抱える児童・生徒と出会い、「障がいのある子どもたちがテクノロジーを活用することで、もっと可能性が広がるのでは」と感じ、実践を重ねてきた。




ICTで子どもたちの「できる」が広がる

佐藤教諭は前任校からiPadの活用を始めている。授業では、iPadで操作できるアプリを自作したり、プリントをiPad上で完結できるようにしたりと、学習環境の工夫を凝らしている。その際、アナログのほうが学びやすい児童・生徒にも配慮し、紙とデジタルを子ども自身が選べるようにしている。

「力加減の調整が難しく、消しゴムでプリントを破ってしまう生徒もいます。そんな場合には、タッチ操作で簡単に消せるデジタルのほうがより学習に集中でき、より多くの課題に取り組めた事例もあります。iPadの良さはアップル純正アプリだけでなく、サードパーティ製アプリも充実しているところです。たとえば、作業学習で作った製品の頒布会(生徒が授業内で制作した製品を展示等する行事)に向けて『レジスタディ』というアプリでお金の学習をしています。商品をタッチすると価格が表示され、おつりも自動で計算してくれるのです。また『かえるかな』というアプリでは、予算を入力し、買いたい物の金額を入れていくと、予算内で買えるかどうかが視覚的に表示されます。これにより、抽象的な数の概念が理解しやすくなります」

佐藤教諭は、中学部の生徒たちとともに、ロボットプログラミングにも取り組んでいる。プログラミング教育ロボット「embot」や、球体ロボット「Sphero」を使った実践だ。

iPadと連動するプログラミング教育ロボット「embot」を使って、子どもたちがプログラムを入力している様子。
球体ロボット「Sphero」をプログラム操作して、迷路のゴールを目指す。大画面で仲間と軌道を確認しながら、協働的に試行錯誤を繰り返す。
「embot」と、コマ撮りアプリ「KOMA KOMA for iPad」を組み合わせてクリスマスムービーを制作。生徒が1コマずつiPadで撮影し、BGM作りや動画編集を行い、コマ撮りアニメの制作に挑戦した。

「多くの生徒が楽しんで取り組んでいます。中には、ロボットの動きを頭の中でシミュレートし、5ステップほど先まで一度に入力できる生徒もいて、教員の想定を超える様子が見られることもあります。さらに発展的な活動として、子ども同士がロボット役と操作役に分かれて、プログラムを再現する学習も行っています。ゴールまでの的確な命令が出せるか、指示を聞いてそのとおりに動けるかを通じて、聞く力や位置の把握の学習にもつながっています」

「知的障がいがある人は苦手なことが多い」と思われているかもしれないが、ICTを活用することで子どもたちの「できる」が広がっていく。成功体験が積み重なり、興味関心を広げて学ぶ機会を増やしていくことができると佐藤教諭は語る。

Minecraftで不登校を支援

もともと不登校支援をしたいと考え、教員を目指した佐藤教諭。数年前に受け持ったある生徒は、不安感が強く、登校が難しい状態だったが、「好きなことをとおして『自分はできる』と自信をつけてほしい」と考え、その生徒が好きだった「Minecraft」を使った実践を始めた。

「私自身もゲームが好きでMinecraftの扱いに慣れていたので、まずは一緒に家や町を作り始め、最終的には『(スーパーマーケットの)イオンを作ろう!』という大きな目標を掲げました。試行錯誤の末に完成したMinecraft上の建物の様子をネット上に公開したところ、周囲はもちろん、学校外からの反響も想像以上でした。その達成感が、彼にとって大きな自信になり、その後、交流の拡大や授業・行事への参加につながりました」

佐藤教諭は「子どもたち一人ひとりの実態や課題に応じて、適切なアプリを選び、活用することが重要です」と語る。そうすることによって、自立に向けた力を高めていくことができるという。

アプリは「これが正解」ではなく、子どもにとって「どれが最適か」を見極めることが大切だ。その見極めと、組み合わせの柔軟さこそが、特別支援教育におけるICT活用に求められると、佐藤教諭は実践を通じて実感している。

佐藤教諭を含めた4名の特別支援教育関係者で作成した「知的障害のある児童生徒の適応行動を支援するアプリケーションマトリクス」。知的障がいのある子どもを対象とした適応行動の課題と支援レベルから推奨アプリを整理している。
https://tamekamo.com/2023/12/07/support-apps1/
※日本教育工学会より、本表の著作権は佐藤教諭等にあることを確認済

※この記事は『Mac Fan』2025年7月号に掲載されたものです。




おすすめの記事

著者プロフィール

三原菜央

1984年岐阜県出身。 大学卒業後、8年間専門学校・大学の教員をしながら学校広報に携わる。 その後ベンチャー企業を経て、株式会社リクルートライフスタイルにて広報PRや企画職に従事。 「先生と子ども、両者の人生を豊かにする」ことをミッションに掲げる『先生の学校』を、2016年9月に立ち上げた。

この著者の記事一覧

×
×