Appleは、その創業以来、ユーザインターフェース(UI)とユーザエクスペリエンス(UX)のデザインを製品戦略の中核に据えてきました。
企業コンピュータの時代を切り拓いたMacintosh、モバイル体験を一変させたiPhone、そして身体に寄り添うApple Watchから、空間コンピューティングの未来を探るApple Vision Proへ。それぞれのデバイスは、その時代の技術的制約と可能性の中で、Apple独自のUI思想を形作ってきました。
本記事では、これらのデバイスのUIとその背後にある特許戦略を比較しながら、AppleのUI思想の本質とその進化について見ていきたいと思います。
Mac、iPhone、Apple WatchのUI:表示領域の“制約”が生んだ最適なアイデア
AppleのUIのルーツは、グラフィカルユーザインターフェイス(GUI)を初めて本格的に導入したMacintoshにあります。デスクトップメタファーというコンセプトに基づいて、ユーザが画面上のファイル、フォルダ、アプリケーションを表すアイコンを、マウス操作により、まるで机上にあるかのように操作することができました。
マウス操作、アイコン、ウインドウといった要素は、限られた画面上に情報を整理し、直感的な操作を可能にするための画期的な試みでした。
1980年代後半には、AppleはMacintoshのUIをMicrosoftにライセンスしました。しかしMicrosoftは、Windows 2.0にMacintoshと似た機能を追加したのです。それを受け、Appleは1988年に著作権侵害で訴訟を起こしました。この訴訟をきっかけに、GUIのアイデアを特許で保護すべきだという認識が広がり、AppleはUI特許取得に積極的になったのです。
そして、モバイルデバイスの時代に登場したiPhoneは、それまでの物理キーパッド中心のUIを一変させるパラダイムシフトを引き起こします。スマートフォンという比較的小さな「画面」上で、いかに豊かで直感的なインタラクションを実現するか。その答えが、「マルチタッチ技術」とそれに基づく「ジェスチャ操作」でした。
たとえば、画面上のスライダーを横に動かすことでデバイスのロックを解除する「Slide-to-Unlock」(例:米国特許7,657,849号、米国意匠特許D621,849号)といったジェスチャは、今では当たり前ですが、当時は画期的でした。



Apple Watchのような小型デバイスでは、Digital Crownのような物理的なダイヤルでの回転入力や、感圧入力技術であるForce Touch/3D Touch(例:米国特許11036327号)が導入され、表示領域が極めて小さい中でも多様で繊細な操作を可能にしました。


これらのUIイノベーションは、すべてディスプレイという物理的な表示領域の制約がある中で、いかにユーザにとって直感的で効率的な情報提示と操作性を提供できるかという課題に対するAppleの解答であり、その制約が生んだ最適化の結晶と言えるでしょう。
Apple Vision ProのUI:情報・操作を“空間的に配置する自由”が生んだUI
Appleによる2023年6月の「Apple Vision Pro」発表、それに続く2024年2月の米国での発売は、AR/VR(拡張現実/仮想現実)業界にとって画期的な出来事でした。
Appleは、このデバイスを単なるヘッドセットではなく、「空間コンピュータ」と位置づけて、従来の「画面」という物理的な枠組みを超える領域へと踏み出しました。
ユーザは画面を直接タッチするのではなく、ハンドジェスチャやアイトラッキング、頭部動作といった身体的な動きを用いてデジタル要素とインタラクションします。
Apple Vision Proに関連する特許は、こうした没入感の高い3D環境での直感的な制御方法やナビゲーション(例:米国特許12216282号など)、環境にデジタル要素を重ねて表示する技術、着用者の状態を外部に表示するEyeSight機能(例:米国特許12277361号など)などをカバーしています。

このようにユーザは、物理的な表示領域の制約から解放され、デジタル要素を周囲の物理的な空間に重ね合わせたり、完全に仮想的な空間に展開したりすることができます。これは、情報や操作要素を「空間的に配置する自由」から生まれた新しいUIと言えます。
“初めての空間UI”に戸惑わせない工夫
Apple Vision ProのUIは、これまでのMacやiPhoneの画面ベースのUIとは大きく異なる部分もあります。ハンドジェスチャ、アイトラッキング、頭部動作といった新たなインタラクション方法は、従来のタッチやクリックに慣れたユーザにとっては初めての体験となる可能性がありました。

そのため、MacやiPhoneなどの既存のAppleデバイスのユーザが慣れ親しんだ操作感から、大きな断絶を避けるための工夫がされていると考えられます。
具体的には、Apple Vision Proでは、MacやiPhoneのユーザが空間的なUIに戸惑わないよう、既存のAppleデバイスでなじみ深いアイコン、インターフェイス要素、デバイスやアプリケーションを操作するための基本的な手順やルールを一部踏襲しています。
このようにすることで、ユーザが慣れ親しんだ操作感からの大きな断絶を避けて、「使いやすさ」を提供できていると考えられます。
AppleのUI思想の変わらぬ本質と新たな地平
AppleのUI思想の本質は、ユーザに「使いやすさ」と「直感的な体験」を提供することにあると考えられます。
Mac、iPhone、Apple Watchは、「使いやすさ」と「直感的な体験」を提供するため、表示領域の制約を克服するUIを開発しましたが、Apple Vision Proはその制約を取り除くことで、新しい体験の地平を切り開いたのです。
デバイスの進化とともにUIの形は変わっても、Appleが目指すUI思想の本質は変わらず、一貫しているのではないでしょうか。
そして過去の失敗から、開発した技術を特許の取得によって積極的に保護する姿勢は、特にApple Vision Proのような新領域に挑戦する企業にとって参考になるはずです。
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著者プロフィール

緒方昭典
複数の弁理士事務所に勤務したのち、スタートアップに対して、特許や商標などの権利取得だけでなく知財活用を支援するため、くじら綜合知財事務所を設立。 現在は、広くベンチャー企業の知財活用の支援に注力。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。