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世界を変えたデバイス「iPhone」の登場。ジョブズがもっとも注力した“真の価値”とは?

著者: 大谷和利

世界を変えたデバイス「iPhone」の登場。ジョブズがもっとも注力した“真の価値”とは?

革命的な“第三”の製品、初代iPhone

2007年1月に発表され、同年6月に発売された初代iPhoneは、「電話を再発明」というキャッチフレーズそのままに、人類がそれまで知っていた電話という存在を永遠に変えた製品だった(ただし、GSMセルラー規格に準拠していたため、それが利用できない日本では正式販売されず、翌年に登場するiPhone 3Gまで待つ必要があった)。

今でも思い出すが、この製品がお披露目されたときの故スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションは、内容も構成もいつも以上によく練られたもので、冷静を装っていても、彼自身の内なる興奮が伝わってくるようなステージだった。

「このときが来るのを2年半待っていた」、「すべてを変えてしまうような革命的な製品を1つでも作れれば幸運だが、Appleはそのようなものをいくつか世に送り出すことができた」という口上に続いて初代Macと初代iPodのイメージが写し出され、それぞれがコンピュータ産業と音楽産業のあり方を根本から変えてしまったことに話が及ぶと、会場の期待感は最高潮に達した。

すると彼は「今日、我々は3つの革命的な製品を発表する」というではないか。すでに、タッチ操作のiPodと携帯電話を開発中との噂はあったので、聴衆の頭の中には3つ目の製品についてのクエスチョンマークが飛び交っていたはずだ。

最初は伝わらなかった“iPhoneの魅力”

その噂どおりにジョブズは、1つ目の製品が「タッチ式でワイド画面のiPod」、2つ目が「革命的なモバイルフォン」であることを明らかにし、途中で間をあけて、聴衆がざわめく様子を満足げに見つめた。そして、3つ目は「革新的なインターネットコミュニケーションデバイス」だと宣言したものの、前2者に比べると聴衆の拍手には戸惑いが感じられ、明らかにiPodやモバイルフォンのようには具体的なイメージがわかないという雰囲気だった。

そんな会場の様子をよそに、ジョブズは3つの製品カテゴリを呪文のように繰り返し、聴衆もようやく彼の意図を理解する。すなわち、それらは独立した3製品ではなく、1つの融合した製品なのだと。

ジョブズが巧みなのは、ここで一旦、息抜きの時間を設け、「これがその製品だ」といいながら、普通のiPodにダイヤルを付けたフェイクのイメージを見せて笑いをとったことだ。続けて、本物のiPhoneをチラ見せするのだが、それをすぐにポケットにしまい込んで既存のスマートフォンの問題点の話に移る。このようにして、聴衆の興味を持続させ、1時間20分近くあったプレゼンテーションをiPhoneの話題だけで乗り切った。

初代iPhoneには今では当たり前になった自撮り用インカメラも動画撮影機能もなく、テキストのコピー&ペーストなどもできなかったが、画面をスクロールした際のラバーバンド機能(リストの終わりなどでバウンスバックする)を実現するなど、ユーザ体験を向上させる工夫がすでに盛り込まれていた。そのうえで、このときの聴衆の反応が薄かったインターネットコミュニケータとしての機能こそが、ジョブズがもっとも注力したiPhoneの真の価値だということを、消費者は実際に使ってみてはじめて知ったのである。

※この記事は『Mac Fan』2021年10月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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