Appleは創業以来、130の企業を買収してきている。その多くが、企業の持つ技術をAppleデバイスに応用するためで、macOS、iTunes、Appleシリコン、Apple Musicなども外から入ってきた技術が応用されている。
この記事では、そんなAppleが買収した企業を見ていこう。Appleが買収した企業を見ると、今後のAppleデバイスがどうなっていくかが見えてくる。
Appleが買収してきた企業の数々と、そこで得たものとは?
2025年5月で「Skype」のサービスが終了する。今後はMicrosoft社が提供する「Teams」を利用することになる。
Skypeは2003年という早い時期に登場したオンライン通話サービスで、スマートフォンもない時代に、世界中に音声通話ができるという画期的なサービスだった。しかも、一般の加入電話にもかけられるため、国際電話をよく使う人には必須のサービスになっていた。
2010年にはAppleが「FaceTime」のサービスをスタートし、2011年にはMicrosoftが「Skype」を85億ドルで買収、スマホ時代の音声コミュニケーションサービスとして新しいスタートを切ろうとした。しかし、その後、Zoomなどのビデオ会議が普及し始め、MicrosoftもTeamsをリリースし、Skype単体での存在意義は失われていった。
ビッグテックが企業を買収して、さらに飛躍することもあれば、うまくいかないこともある。Appleもこれまでに数々の企業を買収してきている。Appleはそれらの技術やサービスを活かすことができているだろうか。
過去には1997年2月にNeXTを買収し、それが現在のmacOSの基礎となっている。2000年にはSoundJam MPを買収し「iTunes」に。2008年4月にはP.A. Semiを買収しAppleシリコンに…と、技術を買収してはAppleデバイスを豊かなものにしてきた。
2010年以降、Appleはどのような企業を買収し、どのような製品に活かしているのだろうか。
Siri:2010年4月買収
Siriは、2007年創業のSiri社によって開発された音声アシスタントだ。Appleが買収し、iPhone 4sから搭載している。このSiriはもともと軍事技術だった。米国国防高等研究計画局(DARPA)で、人工知能により兵士をサポートする研究開発「CALO」がスタートした。CALOとはラテン語のcalonis(従軍するもの)からのネーミングだ。
この2003年から始まった大掛かりなプロジェクトの中で、2007年にSiri社の共同創設者ダグ・キトラウスが音声アシスタントのSiriプロジェクトを始めた。Siriとは、Speech Interpretation and Recognition Interface(発話解析および認識インターフェイス)の略だと言われているが、ノルウェー出身のキトラウス氏が、ノルウェーではポピュラーな女性の名前Siriから名づけたとも言われる。勝利の女神に由来する名前であるという。
このSiriプロジェクトが独立しSiri社となり、Appleに買収された。翌年の2010年のiPhone 4sからSiriとして搭載された。その後のSiriの活躍はみなさんのご存じのとおりだ。現在では、Apple Intelligenceとの統合が進められ、Siriは第2の人生を歩もうとしている。
Authen Tec:2012年7月買収
1998年に創業した認証用の指紋センサなどの生体認証センサ技術を開発する企業。2012年にAppleに買収され、翌2013年のiPhone 5sからTouch IDとして搭載された。
PrimeSense:2013年11月買収
2005年にイスラエルのテルアビブで創業された3Dセンシング技術を開発する企業。その活躍は多方面にわたっており、ゲームコンソール「Xbox 360」に搭載されたジェスチャ認識技術「Kinect」にも技術提供をしている。また、iRobotとCiscoが共同開発したテレプレゼンスロボット「AVA」にも技術提供をしている。
Appleに買収されて、2017年のiPhone Xから搭載されたFace IDにその技術が使われている。
Beats Electronics:2014年8月買収
「Beats」は、2008年に創業されたオーディオ機器メーカー。Apple Storeでもヘッドフォンやイヤフォンなどが販売されているなじみのあるブランドだ。2014年には、音楽ストリーミングサービス「Beats Music」を開始した。その年にAppleはBeats Electronicsを買収し、Beats Musicを元に2015年にApple Musicを開始している。
Shazam:2018年9月買収
「Shazam」は、1999年にカリフォルニア大学バークレー校の学生によって起業された。音楽の周波数グラフを指標として、どの楽曲かを判断し、教えてくれるというサービス。当初は英国でサービスが始まり、2580の番号に電話をかけ、音楽を聴かせるというものだった。後ほど、曲名が記載されたショートメッセージが届く。
2008年にAppleのApp Storeがスタートすると、最初に公開されたアプリのひとつとなった。2018年にAppleに買収され、SiriにShazamの機能が組み込まれ、iOS 14以降はコントロールセンターの中に組み込まれるようになっている。

Dark Sky:2020年3月買収
元々、iOSアプリとして人気の高かった天気アプリ「Dark Sky」をAppleが買収し、「天気」アプリに統合した。
「Dark Sky」は情報収集力と予測精度に強みがあった。世界中の気象ステーション、衛星などから情報を収集し、精度の高い予測を行う。その精度は、緯度経度0.001°レベルで、iPhoneの位置情報を参照して、地域の降雨通知をプッシュしてくれる。
Primephonic:2021年8月買収
「Primephonic」は、クラシック専門のストリーミングサービスだ。優れた音質で提供するのはもちろん、収録曲の豊富さで人気を博していた。クラシック音楽は同じ曲であっても、演奏者、指揮者、録音年によって別の曲と言ってもいいほどの違いがある。
このようなクラシック音楽ファンの痒いところに手が届くサービスだった。収入が高めの中高年の利用者が中心になっていた。2021年にAppleに買収され、「Apple Music Classic」となった。
BISレコード:2023年9月買収
「BISレコード」は、1973年にスウェーデンで設立されたクラシック音楽専門のレーベルだ。2023年にAppleに買収され、「Apple Music Classic」に収録されている。
Appleが企業買収する目的は、主に“技術をAppleデバイスに取り込む”ため。
このようにAppleに買収された企業を振り返ると、買収の翌年など早い時期にAppleデバイスに組み込まれていることがわかる。Appleの買収戦略の特徴は、使いたい技術を持っている企業を買収するということであるようだ。
ということは、すでに買収されているのに使われていない技術に関しては、近々、Appleデバイスに搭載される可能性が高い。今後のAppleデバイスがどのようになっていくのかを予測する手がかりになるはずだ。
Curious AI:2021年1月買収
「Curious AI」は、2017年にフィンランドのヘルシンキで創業された企業だ。ロボットのリアルタイム映像処理、コミュニケーションなどの技術開発を行っている。情報は少ないが、Apple Intelligenceのマルチモーダル化に関連しているのではないかと思われる。
AI Music:2022年2月買収
「AI Music」は、そのときの感情や空間に合わせて、音楽を再編するAIを開発している企業。ゼロから音楽を生成するのではなく、既存の曲をムードに合わせて変換していくというもののようだ。同じ楽曲を、朝はアコースティックに、昼間はヘビーに、夜はジャジーにと変換していくことができる。
既存の曲を変換するのは著作権的に問題があるため、Podcastのクリエイターに著作権フリーの楽曲とAI Musicを提供して番組にぴったりの音楽をつくってもらうあるいは、ゲーム開発者にサービス提供されるのではないか。また、GarageBandに組み込んで自分が演奏した曲のスタイルを変換するために使われるのではないかと、さまざまな人がさまざまな予想をしている。
Mira Labs:2023年6月買収
「Mira Labs」は、2016年にロサンゼルスで創業されたARソリューション企業だ。建設や製造の現場で作業指示を表示できるARグラス「Mira Prism」を販売していた。この「Mira Prism」は、ディスプレイはなく、iPhoneを装着し、その画像を目の前にある透明プレートに反射投影させることで、目の前の風景とiPhoneに表示される情報を重ね合わせることができる。シンプルでスマートなソリューションだ。
遠方にいる専門家が、「Mira Prism」を装着し現場にいる作業員とコミュニケーションをし、作業指示を出せる「Mira Connect」も開発している。Apple Vision Proに応用されると考えるのが自然だ。そうなると、Apple Vision Proは業務端末としての需要が生まれ、軌道に乗ってくるかもしれない。
Datakalab:2023年12月買収
「Datakalab」は、フランスのパリで創業されたAIスタートアップ。“ディープラーニング、省電力、軽量動作”に強みがあるAIを開発し、公共空間の人の流れを映像から解析する技術を開発した。読み取ったデータはすぐに匿名化されるという「プライバシー・バイ・デザイン」の考え方を採用している。
この考え方は、Apple Intelligenceとも共通するものであることから、Apple Intelligenceに統合されるのではないかと見られている。
Pixelmator:2024年11月買収
「Pixelmator」は、Macではおなじみのフォトレタッチエディター。現在でもMac App Storeで配布されている。AppleのMetalフレームワークを使い、MシリーズSoC内のGPUを効率よく活用しているために、非常に高速に動作する。さまざまな効果をかけるときに、効果適用後のプレビューを瞬時に見れるため、仕上がりを確かめながら効果を選んだり、パラメーターを変更することができる。
PixelmatorがそのままAppleアプリとなるのか、「写真」アプリに統合されるのかは不明だが、Macの数々の強みに「軽快な写真レタッチ」が追加されそうだ。
Darwin AI:2024年3月買収
「Darwin AI」は、カナダで起業されたAIスタートアップで、製造現場での視覚的検査の効率を飛躍的に高める技術を開発していた。この買収により、「Darwin AI」の社員数名がAppleのAI部門に移籍をしたという。
小さく効率的なAIモデルを構築する技術を得たことにより、Apple Intelligenceが軽量化、高速化される可能性がある。
Appleの企業買収ニュースを見ると、“今後のAppleデバイスの進化”が見えてくる。
企業が企業買収する目的はさまざまだ。中にはライバル製品をつぶすために買収するというケースもある。また、プロダクトには興味はないが、優れた人材が欲しいために買収するということもある。
しかし、Appleにはこのような経営戦略上の買収は少なく、対象企業の技術をAppleデバイスに取り込むことが目的になっている。
Appleの企業買収ニュースを見ておくと、今後のAppleデバイスがどのように進化しているかが見えてくるだけでなく、期待を抱くことができ、楽しめる。

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著者プロフィール

牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。