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新しい充電池「ナトリウムイオン電池」が注目される理由。リチウムイオン電池との違い、メリット·デメリットを解説

著者: 今井隆

新しい充電池「ナトリウムイオン電池」が注目される理由。リチウムイオン電池との違い、メリット·デメリットを解説

画像:日本電気硝子

あらゆる機器に採用されているリチウムイオン電池

現在Appleデバイスをはじめとする製品に採用されている充電池(二次電池)では、ほぼすべてにリチウムイオン電池が採用されている。リチウムイオン電池はほかの充電池に比べてエネルギー密度に優れており、同じ体積あるいは同じ重さでより多くの電力を貯えることができる。

このため今世紀に入ってからニッケル水素電池からの置き換えが急速に進み、現在ではあらゆる機器の充電池として使用されているのはご存じのとおりだ。

一方でリチウムイオン電池には、いくつかデメリットが存在する。

リチウムイオン電池の弱点とは?

1つ目はその製造にリチウムやコバルトなどのレアメタル(希少金属)を必要とする点で、地政学的な観点からも大きなリスクとなっている。

2つ目は破損や衝撃などにより電池内の正極(+)と負極(−)を隔てるセパレータが破損すると、化学反応により発火のリスクがあることだ。リチウムイオン電池の電解液は可燃性があり、ひとたび化学反応が起きると電池内部で酸素と熱が発生して燃焼が持続(熱暴走)する。

1つの電池セルが発火すると、その熱でほかの電池セルのセパレータも溶解する可能性があり、電池全体が燃え尽きるまで反応が続きやすい。ゴミ収集車や廃棄物処理施設などでリチウムイオン電池の発火による被害が相次いでいるのも、このような特性によるところが大きい。

3つ目はその寿命だ。従来のニッケル水素電池より長寿命とされるが、それでも500〜2000回程度が寿命とされており、高温環境や満充電状態が継続すると劣化が加速する性質がある。

写真はiPhone 15 Proが搭載するリチウムイオン電池。Apple製品のバッテリには、ほぼそのすべてにリチウムイオン電池が使われている。ちなみにAppleはiPhone 15以降のバッテリについて、フル充電サイクルを1000回繰り返した後も、新品時の容量の80%を維持するよう設計されている、としている。
画像:iFixit

「ナトリウムイオン電池」は何がすごいの?

ナトリウムイオン電池は正極にナトリウム金属酸化物、負極に炭素素材などを用いる二次電池で、リチウムイオン電池にはない多くの特徴を持っている。

1つ目はレアメタルを含まず、資源が豊富で偏在していないため安価に入手できるメリットがある。電極にもリチウムイオン電池のような銅ではなくアルミニウムが使用できるため、さらにコストダウンが可能だ。

2つ目は充電速度が速い点で、すでにリチウムイオン電池を上回る急速充電が可能なうえ、将来的にはさらなる高速化も可能だとされる。

3つ目は使用温度範囲が広い点で、一般的なリチウムイオン電池の使用温度範囲が0〜35℃なのに対して、ナトリウムイオン電池は-20〜60℃で使用できるものが多く、今後より広い温度範囲で使用できる可能性を秘めている。

エネルギー密度の低さ、発火のリスクなど、ナトリウムイオン電池にも改善の余地はある。


一方ナトリウムイオン電池の最大のデメリットは、そのエネルギー密度の低さだろう。エネルギー密度とは、重さあたり(Wh/kg)あるいは体積あたり(Wh/L)の充電容量のことで、この点ではリチウムイオン電池が頭一つ飛びぬけている。

これはナトリウムの原子量がリチウムの約3倍、体積が約2倍という素材由来の特性であることから大幅な改善が難しい。ただし電池自体の重さや大きさは電解質だけで決まるわけではないことから、電極材料やパッケージを含めると実際の製品ではそこまで大きな差ではないが、ウィークポイントであることは間違いない。

またナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池と比べて、電池内の発熱による熱暴走が起きにくいという特徴がある一方で、ナトリウム金属が酸化すると発火のリスクがある。安全性ではまだ改善の余地が残されている、といえるだろう。

ナトリウムイオン電池とリチウムイオン電池の特性比較。それぞれの電池にはメリットとデメリットが存在し、それによって適した用途が異なる。iPhoneやiPad、MacBookなどには、エネルギー密度が優れるリチウムイオン電池が適していることがわかる。

中国の電池メーカーが、車載向けモジュールにナトリウムイオン電池を搭載!

ナトリウム電池の実用化は現在、大きくわけて2つの方向で進んでいる。1つはCATL(寧徳時代新能源科技)をはじめとする中国の電池メーカーが開発した、車載向け電池モジュールだ。

CATLは車載向けリチウムイオン電池製造の最大手だが、2021年7月にリチウムイオン電池とナトリウムイオン電池を統合した「ABバッテリソリューション」を発表。

高いエネルギー密度を持つリチウムイオン電池と、低温下でも動作し急速充電が可能なナトリウムイオン電池を組み合わせ、両者のメリットを兼ね備えた電池を実用化した。

さらに2024年4月には、同社が開発したナトリウムイオン電池が大手自動車メーカー「Chery Automobile(奇瑞汽車)」のEV車に採用されたと発表している。

中国の大手バッテリメーカー「CATL」は2021年7月、プルシアンホワイト材料を正極に、多孔質ハードカーボンを負極に用いたナトリウムイオン電池セルを実用化。これにリチウムイオン電池セルを組み合わせたAB電池パックソリューションを発表した。
画像:CATL

日本のガラスメーカーも、「Neg」の実用化に成功!

一方国内では国内のガラスメーカー日本電気硝子が、全固体ナトリウムイオン電池「Neg」の実用化に成功した。最大200℃に対応できる広い動作温度範囲を持ち、発火リスクがなく過放電にも強いとする。

電子機器のプリント基板に直接実装することも可能なことから、太陽電池などと組み合わせて24時間稼働するIoTデバイス向けの電源などに適している。すでにサンプル出荷が開始され、量産体制の立ち上げを進めている段階だという。

滋賀県大津市に拠点を置くガラスメーカー「日本電気硝子」は2023年3月、結晶化ガラス固体電解質を用いた全固体ナトリウムイオン電池を開発したと発表。2024年8月には-40℃から200℃まで動作するナトリウムイオン電池のサンプル出荷を開始した。
画像:日本電気硝子

量産技術の進歩と、大幅な低価格化に期待大!

ナトリウムイオン電池の特長は、なんと言ってもその将来性だろう。レアメタルが不要で材料資源の豊富さから、将来的に大幅な低価格化が期待できる。コストダウンの鍵となるのは、量産技術の進歩とその普及である。


ナトリウムイオン電池は動作温度範囲が広い、急速充電が可能、充放電サイクル寿命が長いといった優れた特性を持つが、これらは太陽光や風力といった環境に左右される再生可能エネルギーの蓄電に最適な特性だ。

また自己放電率が低いため、エネルギーの長期保管にも適している。一般的な家庭用途としては、ポータブル電源や家庭用蓄電システムなどに最適な電池だ。


ナトリウムイオン電池の歴史はほかの充電池(二次電池)に比べて新しく、まだ改善の余地が多く残されている。今後新しい材料の開発や技術の進歩によって、さらなるエネルギー密度の向上や低価格化が期待されているバッテリ技術だと言えるだろう。

ELECOMが今年3月に発表した「DE-C55L-9000シリーズ」は、世界初のナトリウムイオン電池を採用したモバイルバッテリ。車載用途で実績のある円筒型バッテリセルを3個内蔵し9000mA/hを実現し、5000サイクルの充放電サイクル寿命を誇る。
画像:ELECOM

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著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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