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ウェアラブルデバイス「Ai Pin」は、“iPhoneの次に来るデバイス”になり得るか?

著者: 牧野武文

ウェアラブルデバイス「Ai Pin」は、“iPhoneの次に来るデバイス”になり得るか?

”iPhoneの次にくるデバイス”は何なのか。Apple Vision Proはその中でも、もっとも有力なデバイスのひとつだろう。

しかし、もうひとつ、視覚を利用しない小さく、見えないデバイスになるという考え方がある。イヤフォンをAIデバイスにするなどの流れが起きている。

その中でも、注目されているのが、Appleの元デザイナーとプロダクトマネージャーが創業した「Humane」が開発している「Ai Pin」だ。胸につけるバッジのようなデバイスで、音声で操作する。

「OpenAI」のサム・アルトマンも出資する、「Ai Pin」とは一体どんなアイテムなのだろう。

iPhoneの次にくるデバイスは“ゴーグル型”?

iPhoneが登場したのは2007年。もう18年前のことだ。今、20歳の人は、物心がついたときにはすでにiPhoneが存在していたことになる。そろそろ、次世代デバイスが登場してもおかしくない時期だろう。

これだけ世の中の動きが高速化した時代に、20年近く同じスタイルのデバイスを使い続けているというのは、奇跡のようなことである。それだけiPhoneの完成度が最初から高かったということだ。

次のデバイスの最有力候補はゴーグル型だ。Apple Vision Proはコンパクトさに限界があり、価格も高い。しかし、「空間コンピューティング」という考え方は非常に魅力的であり、今後のコンピューティングの中軸線になりそうだ。

より軽量化されたグラス型デバイスには、MetaのOrionRokidなどがあり、期待が高まっている。

Metaが発表したOrion。メガネとしてはかなり厚みがあるものの、ぎりぎり許容できる範囲といえる。アームバンドを使うことで操作する。
画像:Meta

情報を表示するデバイスとして、視覚が重要であることから、グラスタイプになるのは自然な発想だ。しかし、それとは異なるアプローチのデバイスも登場してきている。

キーワードは「より小さく、身につけやすく。」

たとえば、TikTokなどを開発した中国の「ByteDance(バイトダンス)」がそうだ。このメーカーは、傘下の企業からAIイヤフォン「Ola Friend」を発売している。視覚での情報表示はできないが、声で何かを尋ねるとAIが音声で答えてくれるというデバイスだ。

「Ola Friend」は、英会話の練習相手になってくれたり、観光地では旅行ガイドを務めてくれたりする。室内でも屋内でもどこにでも持っていけ、まさにコンパニオン的な役割を果たす。

ByteDance傘下のOla Friendが発売したイヤフォン型AIデバイス「Ola」。音声でAIを操作し、道案内や英会話の練習、音楽などが楽しめる。
画像:Ola Friend

そんな中、注目を集めているデバイスがある。「Humane」が開発した、AIウェラブルコンパニオン「Ai Pin」だ。

女性がリュックのショルダーベルトにつけているのがAi Pin。独立して動作するため、スマートフォンとペアリングさせる必要はない。電話やメッセージにももちろん対応している。
画像:Humane

元Appleのパワーカップルが、“未来のiPhone”を開発する!

「Humane」を創業したのは、イムラン・シャウドリとベサニー・ボンジョルノ夫婦。シャウドリ氏は1997年にAppleに入社して、Human Interfaceチームに所属したデザイナーだ。Mac、iPhone、iPod、HomePod、Apple Watch、AirPodsなどさまざまなプロジェクトに関わってきた。

ボンジョルノ氏は2008年にAppleに入社し、iPhoneのプロダクトマネージャーを務めていた。その後、「K48」と呼ばれるプロジェクトに参加し、これが後のiPadになる。iPadの仕事でシャウドリ氏と意気投合し、結婚することになった。

「Humane」を創業したベサニー・ボンジョルノ(左)とイムラン・シャウドリ(右)のご夫婦。2人ともApple出身で、iPadやiPhoneのプロジェクトに参加してきた。
画像:Humane

2009年、Appleを退社した2人がHumaneを創業すると「元Appleのパワーカップルが、未来のiPhoneを開発する」という触れ込みで投資資金が続々と集まった。OpenAIのサム・アルトマン氏も出資している。Appleの遺伝子とOpenAIの遺伝子を受け継ぐ毛並みのよさで、各方面から注目されている。

「Ai Pin」なら、多言語への通訳も、“検索との連携”できる!

Humaneという企業も魅力的だが、プロダクトの「Ai Pin」には輪をかけて魅せられる。「Ai Pin」はバッジのような大きさで、服やリュックのショルダーベルトにつけられる。マイクとスピーカを内蔵しており、話しかけると、生成AIが音声(内蔵スピーカまたはBluetoothイヤフォン)で応えてくれる。

また、外国人と会話するときは通訳もしてくれる。しかも、訳した音声は自分の声質そっくりなのだ。つまり、自分の声で、フランス語やアラビア語などを話すことができてしまう。対応言語は多岐に渡り、その数なんと48言語だ。

メールや電話を利用できる点も見逃せない。「◯◯さんに電話をかけて」と言えば、電話が発信される。

さらに、便利なのが、「この辺りで今夜宿泊できるホテルを探して」と伝え、見つかったら「そのホテルに電話」することができる“検索との連携”だ。声のみで済むので、もはやスマートフォンを使うより簡単かもしれない。

目の前にある食べ物のアレルギーも、「Ai Pin」ならチェックできる!

また、カメラを内蔵するため、写真やビデオを撮影できるのはもちろん、目の前のものを見せて認識させ、その対象についてAIに尋ねることが可能だ。

シャウドリ氏がTEDで行った講演では、チョコレートバーを「Ai Pin」に見せて、「これは食べても大丈夫?」と尋ねると、「Ai Pin」が「あなたにはカカオバターアレルギーがあるのでおすすめしません」と答えるデモを行っていた。

なお、シャウドリ氏が「でも、食べたいから食べるよ」と言うと、Ai Pinは「お楽しみください」と回答した。Ai Pinは決して監視者でも上司でもなく、パーソナルなコンパニオンなのだ。

2023年のTEDで、Ai Pinを紹介するイムラン・シャウドリ氏。デバイスを見えなくすることで、人間とテクノロジーの関係性が大きく変わると主張した。言語は英語だが、日本語スクリプトが用意されている。
画像:TED

手のひらに投影できる。「Ai Pin」は、超小型なプロジェクタ!

「Ai Pin」にはディスプレイがない。あるのは、タッチに反応するパッドだけだ。これはAIイヤフォンなども同じで、ウェラブルコンパニオンの致命的な欠点だ。しかし、「Ai Pin」にはレーザーインクディスプレイが搭載されている。

手のひらを開いて、「Ai Pin」の前にかざすと、手のひらにレーザー光による投影が行われる。これをレーザーインクディプレイと呼ぶ。また、表示すべき情報が複数ある場合は、親指と人差し指を接触させると、次の情報に切り替わる。この操作方法もおしゃれだし、ユーザビリティも優れている。

Ai Pinのレーザーインクディスプレイ。自分の手のひらに情報を投影してくれる。親指と人差し指を合わせると、次の情報が表示される。画像:Humane

この「Ai Pin」のスローガンは「See the world, not your screen(世界を見よう、画面ではなく)」だ。中年以上のAppleファンの方々は、ユビキタスコンピューティングという言葉を覚えているかもしれない。1989年にゼロックス・パロアルト研究所のマーク・ワイザー氏が提唱した概念で、社会の至るところにコンピュータを実装するという考え方だ。

コンピューティングのパワーを活用しつつ、“人間らしく”すごすには?

人は認証チップを持つだけで、コンピューティングは公共実装されているコンピュータで行う。カード型のIC乗車券や高速道路のETCシステムのようなイメージだ。オフィスやカフェ、自宅ではデスクやテーブル、壁がディスプレイになっており、指で対角線を描くと、そこに自分のデスクトップが表示される。

ワイザー氏は、コンピュータに熱中していく若者たちの姿を見て不健康だと感じ、コンピューティングのパワーを活用しながら、人間らしくすごすためにはどうしたらいいかを考え、そこからユビキタスという考え方が生まれてきた。

私たちは、コンピュータなど持ち歩かなくても、環境のあちこちに埋め込まれているコンピューティングパワーを使うことができる。これにより、人間は現実の世界に意識を向けることができる。

ところが、ユビキタスコンピューティングはマーケティング用語として使われることになり、たくさんのデバイスを持ち歩き、デバイスに没頭する時間が増えてしまったのは皮肉なことだった。

「Ai Pin」は、この誤った流れを引き戻そうとしているのかもしれないが、残念な話もある。Humaneが2025年2月にHP(旧ヒューレット・パッカード)に買収されてしまったのだ。「Ai Pin」は499ドルで販売されていたが、いったん販売が停止され、HPから新しい形で世に出ることになると目されている。

Appleを2019年に退社したプロダクトデザイナーのジョナサン・アイブ氏は、自身のデザインスタジオ「LoveFrom,」を起業したが、OpenAIのサム・アルトマン氏と共同して「io Prodcts」を設立し、ここで新たなAIデバイスの開発に挑戦している。すでに元Appleのデザイナーのタン・タン氏なども合流し、開発は本格化しているようだ。

どのようなデバイスになるのか情報はほとんどないが、報道では「ディスプレイのない電話」、「電話ではないが電話の機能を果たす」、「iPhoneよりも控え目」などのキーワードが伝えられている。

「Ai Pin」と同じベクトルに乗った製品であるかのように思える。次のiPhoneの模索が始まっているのだ。

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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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