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iPhone、iMac、iPad…Apple製品の“i”ってどんな意味があるの?

著者: 牧野武文

iPhone、iMac、iPad…Apple製品の“i”ってどんな意味があるの?

iMac、iPod、iPhone、iPadなど、Appleの製品の多くには、“i”が頭に付いている。

MacBookやApple TVなどの例外もあるが、“i”といえばApple製品というイメージが確立されている。この小文字の“i”はどんな意味なのか。これが今回の疑問だ。

※この記事は『Mac Fan』2011年9月号に掲載されたものです。

i+○○はマーケティングの大発明

製品名の頭に“i”を付けるというのは、マーケティング史上もっとも大きな発明だと思う。1つの商品を世に出すときは、「一目でそのブランドの製品だとわかる」デザインが極めて重要だ。高級ブランド製品は例外なく、このデザインがうまい。

たとえば、高級車のBMWはエンブレムを隠されてもノーズを見ればBMWだとわかるだろう。高級ブランドバッグはタグを見なくても、どこのブランドの製品なのかわかるだろう。これが高級ブランドが高級ブランドであり続けられる理由だ。

もちろん、Appleの製品も、遠くから見てすぐにAppleの製品だとわかるデザインになっている。しかし、商品名でも一目でわかるという工夫は、かつて誰も成功していなかったのではないだろうか。なにしろ、「i+○○」という商品名を見たら、ほとんどの人がAppleの製品であるか、あるいはAppleの製品に度が過ぎた影響を受けた製品かのいずれかであると考えるからだ。

この発明は本当に素晴らしい。なにしろ、ごくありふれた一般名詞に“i”を付ければAppleの製品名になってしまうからだ。Macはともかく、Pod、Pad、Tunes、Cloud、いずれも一般名詞だ。今後、AppleがIT以外の分野に乗り出したとしても、iCup、iPencil、iVehicle、iBikeなど、オリジナリティの高い製品名がすぐに作れてしまう。

しかも、「自転車は自転車でも今までにはなかった再定義された自転車」というプラスのイメージまで付いてくるのだ。これだけの効果があるネーミングを、テキストデータのみで表現してしまうというのはすごいことだ。

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“i”には5つの意味がある

ところで、この“i”にはどういう意味があるのだろう。それは1998年に行われたiMac初披露イベント(「The First iMac Introduction」)で紹介されている。

初めて、世界がiMacを見た瞬間。布をめくっているのは、まだ若かりしスティーブ・ジョブズ。この映像はYouTubeで「The First iMac Introduction」というタイトルで公開されている。

そのイベントでスティーブ・ジョブズは「Internet(インターネット)」「Individual(個性的な)」「Instruct(命令できる)」「Inform(情報を提供する)」「Inspire(触発される)」という5つの意味を総合的に象徴しているのが“i”だと語った。

iMacの発表会では、“i”の意味が5つ紹介されている。本文でも触れたが、インターネットというのがもともとの意味で、残りの4つはマーケティング的にあとから付け加えたものではないかと思う。とはいえ、Appleの公式見解としては「iには5つの意味があります」ということになる。

一応、これがAppleの公式見解ということになるが、現実にはマーケティング的にあとから“i”の付くよさそうな言葉を選びだして並べたということはなんとなく推測できる。

だが、個人的にはそもそもの“i”の意味は、インターネットの“i”が出発になっていると考えてほぼ間違いないように思える。なぜならジョブズは1998年8月15日、iMac発売を前にして、こんな電子メールを関係者に配信しているからだ。

「長らくお待たせしたiMacをリーズナブルな価格でお届けできるときがやってきました。初代Macintosh以来もっともエキサイティングなモデルです。外見が美しいだけでなく内部も洗練されたiMacは、箱から出して10分足らずでネットサーフィンができる優れものです」。

この「箱から出して10分足らずでインターネット」は、iMacを売る最大のセールトークとなった。今から考えると「10分もかかるのかよ!」と思ってしまうが、当時は画期的なことだったのだ。

当時、米国で放映されていたiMacのテレビCM。ゆったりとした音楽をバックに、「インターネットに3つのステップでアクセスする簡単な方法をご紹介します」というナレーターの声が入る。
「ステップ1、プラグイン。ステップ2、コネクト」というナレーションで、電源とネットケーブルを接続する。そして、iMacが大映しになり、「ステップ3…ステップ3はありませんでした」というオチ。この映像は、YouTubeに「Cute Advertisement from Apple」というタイトルで公開されている。

i=ちっぽけな私という存在

というわけで、“i”はインターネットの意味であり、そこから派生して、先ほどの5つの意味が生まれたと推測できる。そして、私は、このことに個人的な想像を付け足して楽しんでいる。

Macの語源となったのは、リンゴの品種名である「マッキントッシュ(和名、旭)」であることは多くの方がご存じだろう。このマッキントッシュ(Appleの製品名では「Macintosh」だが)、正確な綴りは、「McIntosh」なのだ。なぜ途中の“i”が大文字になのか? この「Mc」というのはアイルランドで使われていたゲール語(世界一複雑な文法を持つ言語であるともいわれる)の「息子」の意味で、英語でも名字に使われることで残っている。

たとえば、ドナルド家の息子の姓はマクドナルドになるし、カートニー家の息子の姓はマッカートニーになる。同様にイントッシュ家の息子はマッキントッシュになるのだ。そういう由来があるので、「McDonald」、「McCartney」、「McIntosh」ともともとの単語の先頭が大文字で書かれるのだ。「Mc」はいわゆる接頭辞というやつだ。

ジョブズも当然、「McIntosh」という単語を何度も目にしていることだろう。そして同時に、単語の途中であるのに“i”が大文字表記されていることに、ちょっとした違和感を感じていたはずだ。

なぜなら、ジョブズは1955年生まれ。世代的には「遅れてきたヒッピー世代」だ。すべての既存の価値観を否定して、自然と共生しようとしたヒッピー世代=フラワーチルドレンたちは、1945年から1950年生まれが主体で、ジョブズは子どもの頃、そのようなヒッピーたちの行動を見て大人になっている。ジョブズ自身も、インドにバックパック旅行したり、リンゴを主食とするリンゴ農園集団の中に身を投じていた時期もあった。

このようなヒッピーの間では、文章を書くときに、「私」を表す“i”を小文字で書く人がいたことをご存じだろうか。英語では、「私」のIは、文の先頭であるかどうかに関わらず、大文字で書き表すのがルールになっているが、そのルールを否定して、あえて小文字で表すのだ。それは、「自分などちっぽけな存在だ」という1つの表現だった。

その例としてもっとも適切なのは、1970年、ジョン・レノンが事実上初めて発表したソロアルバム「ジョンの魂」だ。「母」「悟り」「ゴッド」「母の死」など、シンプルなサウンドで、自分の内面を生々しく吐露した異質なアルバムの裏面には、すべての曲の歌詞が印刷されていた。歌詞カードですら同梱しない海外のアルバムでは異例のことだ。しかも、その歌詞は“I”がすべて、小文字の“i”で印刷されていて、「自分は小さな存在」を表していたのだ。

遅れてきたヒッピー、ボブ・ディランを愛するジョブズは、おそらく、この「ジョンの魂」を聴いているだろう。もちろん単なる勝手な想像にすぎないのだが、iMacの“i”は、先に示した5つの意味ではなく、「私というちっぽけな存在」を表現しているのではないかとも思うのだ。

iMacを発表した直後にジョブズは、Appleの“iCEO”(暫定CEO)に就任した。そこで「iCEOのiの意味は何か?」と記者から問われ、こう答えている。「意味はないよ。気に入っているから使っているんだ」。

皆さんも、Appleの“i”の意味に一度思いを巡らせてほしい。

i+○○という名前を他社が付けてしまうと、きっと「Appleのパクリ製品だ」と非難されることになるだろう。しかし、Googleはひっそりと、このiを使っている。Googleのポータルページサービスの名前は「iGoogle」。さて、ではこっちのiの意味はなんだろう? 「Internet Google」? まさか。ご存じの方がいらっしゃったら、ぜひご一報を。

著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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