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iPod photo。“完成されたiPod”にジョブズが加えた「写真」機能。一度は完全否定した「ビデオ」機能も取り込んでいった

著者: 大谷和利

iPod photo。“完成されたiPod”にジョブズが加えた「写真」機能。一度は完全否定した「ビデオ」機能も取り込んでいった

「加える機能があるとすれば?」すでに“素晴らしい製品”だったiPodへの問い

2004年10月、Appleは第4世代iPodの特別仕様モデルとして、iPod photoを発表した。iPod photoは、その名のとおり、音楽に加えて写真も扱えるように機能拡張したカラーLCD付きのiPodである。これはあくまでも追加モデルという位置付けであり、モノクロ液晶で音楽再生に特化した従来タイプのiPodも併売された。

その発表イベントでステージに上がった故スティーブ・ジョブズが力説したのは、すでに素晴らしい製品であるiPodに加える機能があるとすれば、それは何か?ということだった。

「ビデオは間違った方向だ」。音楽プレーヤに対するジョブズの考え

すでにライバルメーカーたちは、自社の音楽プレーヤにビデオ再生機能を搭載し始めていたが、ジョブズはそれに異を唱えた。というのは、それらの新製品は軒並み大型化して重くなり、ポケットには収まらない状態になっていたからだ。

「しかも…」、とジョブズがダメ押しで指摘したのは、そもそもそのうえで再生すべきコンテンツが(音楽のようには)ないという点である。ビデオコンテンツがあったとしても、再生して楽しむにはスクリーンが小さすぎるというのが、彼の主張だった。そして、iPodにとって「ビデオは間違った方向だ」といい、「正しい方向は写真だ」と結論づけた。

すると聴衆は、たしかにそうだと納得し、iPod photoは実際に人気を博した(そのため、iPodは次のマイナーチェンジで、第4世代のままカラーLCDと写真機能が標準となった)。かくいう筆者もすぐに購入し、デジタルカメラで撮影した写真アルバムを入れて持ち歩いたのである。

まさかの“ビデオ対応”。ジョブズらしさを感じるiPodの進化

iPod photo発表のわずか1年後、ジョブズは再びステージに立ち、iPodの第5世代モデルを発表した。彼は、軽く小さなiPod nanoに対してiPodの標準モデルを「ワイドiPod」と呼び、それが「大成功しているので(新たな製品で)置き換えることにした」といって聴衆の笑いを誘った。そして、スクリーンに新製品の写真を映しながら「そう、ビデオ対応だ」といってのけたのである。

ここがいかにもジョブズらしいところで、1年前にはあれほど否定していたビデオ再生機能を新たなiPodに盛り込み、それを得意げに話す。カラーLCDのサイズはやや拡大したとはいえ、わずか2.5インチで解像度が320×240ピクセル、カラーも26万色なので厳密にはフルカラーではない。それでも、逆に小さな画面だからこそアラが目立たず、再生される映像は結構きれいに見えた。

iPod photoにできて、第5世代iPodにはできなかったこと。スクロールホイールの密かな愉しみ

いずれにしても、1年前にジョブズの現実歪曲フィールドに巻き込まれてiPod photoを買った人々は、再び、吸い込まれるように第5世代のiPodも購入し、ビデオをポケットに入れて持ち歩く時代が訪れたのである。

筆者も、その1人だったが、実はiPod photoにできて第5世代iPodにはできないことがあった。それは、写真アルバムをスクロールホイールによって高速にブラウズする機能であり、これを利用するとコマ撮りした一連の写真を、パラパラ漫画的に速度や再生方向を自在にコントロールして楽しめる。そんなわけで、個人的にはiPod photoのほうが気に入り、そういうコンテンツをいくつも作っては親しい人たちに披露していたのだった。

※この記事は『Mac Fan』2021年4月に掲載されたものです。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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