近年の人口減少に伴い、企業は採用に苦労している。
2013年に日本でビジネス書大賞を受賞した『ワーク・シフト』で知られるリンダ・グラットンは、書籍『リデザイン・ワーク 新しい働き方』の中で、新しい働き方を生み出すためのデザインプロセスを提唱している。
まず、社員と社内の人的ネットワークや職種について理解することが重要だ。次に、仕事のあり方を構想し、新しいデザインのアイデアをモデル化、検証しなければならない。そして、そのモデルに基づいて行動し、新しい働き方を創造することで、より働きやすい組織を実現できる。
この考え方を体現しているのが、在宅主婦のテレワークを活用し、企業の労働生産性を向上させているMamasan&Companyだ。そして、その代表・田中茂樹氏の経歴は、多くの挑戦と失敗、イノベーションに満ちている。

卓球の強豪校で培った“何かを突き詰める”経験
田中氏は自身を、「不良ではなかったが変わった子だった」と振り返る。小・中学生時代は“気をてらったこと”をするのが好きで、その変わり者ぶりもあり、学年主任が毎月家庭訪問をしにきていたという。
そして高校は、卓球のスポーツ特待生として全国大会常連校に進学。勝利至上主義の環境の中、「勝つために必要なことだけをやる」というシンプルな思考が培われたという。
「一応特待生でしたが、日本一を目指せるような選手ではなくて、いわゆる“地元枠”でした。悔しいことも多かったですが、何かを突き詰める経験は、ビジネスにも活きていると思いますね」
同じく卓球の実績を活かした大学進学の道も用意されていたが、自ら辞退。税理士や会計士といった新たな道を模索し、専門学校へ進学する。
「いくつか関連する資格を取るには至ったのですが、勉強がハードだったのもあって、結局夢半ばで諦めてしまいました。その後はフラフラとバイト生活です」

約3年で一区切り。さまざまな職種を渡り歩いて得たもの
田中氏はその後、友人の助言で会計事務所に就職する。しかし半年で退職し、千葉県内のスーパーマーケットに経理として入社した。これがキャリアの大きな転換期となる。
スーパーの経理担当として3年間勤務し、電子受発注システムの導入プロジェクトを企画し、主導することになったのだ。フローチャートを用いて業務プロセスを明確化し、プロジェクトを完走。この経験が、田中氏が「業務プロセスの可視化」を重要視するきっかけとなる。
そして次に挑んだのは、ITバブル期のベンチャー企業への転職だった。システムエンジニア経験はなかったものの、独学の知識を活かし採用を勝ち取ったという。
「3年くらいで、1つの仕事に区切りがつく感覚があるんです。スーパーでの仕事にやりがいもありましたが、次のステップに進もうと決心しました。ちなみに、経験がなくても入社できたのは“自分を安く売ること”を心がけていたからですね。20代のうちは、とても大切な考え方だと思います」
しかし、会社の経営不振によって半年で退職。その後、名古屋のブライダル関連企業にCFOとして参画し、財務・経理・法務・総務・システム管理など幅広い業務を担当。IPO準備にも関わった。
危機に瀕した企業の立て直しで、Mamasan&Companyの原型が生まれた
数々の経験と職種を経て、田中氏は起業した。
「最初はEコマース事業を起ちあげました。でも、なぜか熱が入らなくて、銀行からの資金調達支援ビジネスに切り替えることにしました。何事も、気分が上がれば邁進できるタイプなんです」
自ら起業し事業を展開していく中、2008年に、かつての上司から経営危機に瀕した企業の立て直しを依頼される。結局田中氏はCFOとして社内に入り、大規模なリストラを実行するなど、改革を進めることとなった。その際、業務効率化のために在宅ワークを導入。これが、Mamasan&Companyの原型となったそうだ。
そして、2012年にMamasan&Company株式会社として法人化。在宅ワーカーを活用した業務プロセスアウトソーシング(BPO)を提供している。
Mamasan&Companyの徹底的な精密化。在宅“ママさん”にマッチする働き方
Mamasan&Companyの特徴は、フローチャートとマニュアルを徹底的に精密化すること。「誰がいつやっても同じ品質を維持できる仕組み」を構築するわけだ。
このシステムは在宅で働く主婦層にマッチし、安定した業務運営を実現している。

また、Mamasan&Companyはクラウド環境を積極的に活用し、シンクライアントを独自構築している。不要なコストを避けるため、Linuxベースのシステムを導入する徹底ぶりだ。しかも、このシンクライアント環境も、エンジニア経験のある“ママさん”たちが作り上げたという。

ノウハウや経験のシェアするコミュニティ「COSMOS」。“ママさん”のサポートは、企業に還元される
2021年より、Mamasan&Companyは、「組織型テレワーク」という新しいテレワーク形態を提案し始めた。
Mamasan&Companyが業務を委託する“ママさん”は、コミュニティ組織「COSMOS(コスモス)」に所属する。そこでは仕事の進め方や考え方などが共有されるため、効率的にスキルアップすることが可能だ。
在宅で働く“ママさん”たちは、育児や家事と両立しながら短時間で効率的に業務をこなす。COMOSのシステムは、不要なプロセスの削減と業務の合理化、オンライン上でのコミュニケーションの円滑化によって、“ママさん”たちを支える。それはすなわち、“ママさん”による企業サポートが加速するということでもある。
「この働き方を広げて、ひとつのスタンダートとして確立したいんです。COSMOSに参加することで、企業に対して人手不足の解消というメリットを提供できるので、最近はCOSMOS導入のコンサルティングにも力を入れています」
今後もさまざまなチャレンジをしていきたいと話す田中氏。人手不足に悩む企業は、“ママさん”の力を借りるという、新たな選択肢に目を向けてみてはいかがだろうか。
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著者プロフィール

徳本昌大
広告会社でコミュニケーションデザイナーとして働いたのち、経営コンサルタントとして独立。複数のベンチャー企業の社外取締役やアドバイザー、ビジネス書の書評ブロガーとして活動中。情報経営イノベーション専門職大学特任教授。