なぜMacはデザイナーに愛用されているのか? その理由のひとつは、Adobeの共同創業者ジョン・ワーノック氏(以降、ワーノック)が考案したPostScriptの価値をAppleが見出し、MacintoshからDTP(デスクトップパブリッシング)の歴史が始まったことからだ。2023年8月に逝去したワーノック氏が歩んだDTP革命の道を辿る。
ジョブズが欲しがった技術
PostScriptでDTPに革命を起こしたAdobe共同創設者のワーノックが、2023年8月19日に亡くなった。彼はスティーブ・ジョブズ氏(以降、ジョブズ)の良き理解者であり、1980年代のAppleとAdobeのパートナーシップこそが、Apple製品をデザインと出版業界において欠かせないものにしたと言っても過言ではない。

ワーノックは、1970年代にコンピュータ産業に大きな影響を与えたXeroxのパロアルト研究所(PARC)に所属していた。そこでInterpressというページ記述言語を作り上げたが、Xeroxは技術の商業化に消極的だった。そのため、同僚のチャールズ・ゲシキ氏とともに1982年にAdobeを創業し、PostScriptを完成させた。

PostScriptとは、パソコンで編集した原稿をプリンタで出力する際、パソコンからプリンタへ送る信号のことだ。当時の市場は保守的で、その先進的な技術はなかなか受け入れられなかった。そうした中、ジョブズがワーノックの先見性を見抜き、AppleはAdobeに250万ドルを出資する。そしてPostScriptを5年間ライセンスする契約を結び、タイプセッター品質のページ出力を可能にするプリンタ「LaserWriter」を世に送り出した。さらに、1984年に創業したAldusが組版ソフト「PageMaker」を発売したことで、それら3つの出会いによってDTPという新市場が誕生する。それは、ハードウェア、ソフトウェア、サービスが調和し完全となる、Appleのプラットフォーム体験の始まりでもあった。

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技術をプロダクトに昇華
PostScriptは優れた技術だが、それは言語に過ぎなかった。単体でワードプロセッサのように機能するわけではなく、記述されたページが実体化してはじめて認識される。一方、LaserWriterは、どのようなソフトでも[ファイル]メニューから[印刷]に進めば印刷可能だ。専門的な知識を持たずとも、PostScriptによる高品質な出力を得られる。このような優れた体験こそ、ジョブズが言うところの「プロダクト」だった。

DTP市場の拡大で急成長したAdobeは、PostScriptに続いて、1987年に「Illustrator」を発売する。同ソフトは、図形、線、曲線をオブジェクトとして操作できるソフトであり、PostScriptのコードエディタだが、ユーザがPostScriptに直接触れることはない。高度な技術を簡単な手順で操作できるIllustratorは、デザイナーの表現力を飛躍的に向上させたと言えるだろう。
Adobeが技術のライセンス提供に満足せず、プロダクト構築に進み始めたことは、同社を世界最大のデジタルクリエイティブツール・メーカーへと押し上げた。それによって、いくつかの分野でAppleと激しく対立するようになったが、革新的なアプローチとビジョンを共有する両社は、今もシリコンバレーにおいて競争しながら互いの成長を促す関係にあるのだ。
※この記事は『Mac Fan』2023年11月号に掲載されたものです。
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