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“水と油”のようなAppleとNVIDIAが手を結んだのはなぜ? 大規模言語モデル(LLM)の新たな可能性を切り拓く

著者: 山下洋一

“水と油”のようなAppleとNVIDIAが手を結んだのはなぜ? 大規模言語モデル(LLM)の新たな可能性を切り拓く

衝撃の協業発表。「ReDrafter」でAIの高速な応答に期待が高まる

長年「近くて遠い関係」と形容されてきたAppleNVIDIAが、大規模言語モデル(LLM)の推論処理を高速化する技術「ReDrafter」の実用化に向けた協業を発表した。車でわずか10分の距離に本社を構える両社だが、過去の度重なる衝突により関係が冷え込んでいた。そうした歴史的な摩擦を乗り越えたパートナーシップの実現に、多くの業界関係者が驚きと期待を寄せている。

「ReDrafter」は、Appleが昨年初めにオープンソースで公開した技術である。LLMがユーザ入力に基づいてトークン(単語や記号)を生成するプロセスを高速化する。これにより、チャットボットや翻訳アプリなどで、ユーザの入力への迅速な反応が可能になる。

「ReDrafter」の恩恵。推論処理の高速化、GPUの処理効率向上、さらには消費電力の削減も

従来、LLMはトークンを一つずつ順番に処理する必要があり、これが応答速度のボトルネックとなっていた。「ReDrafter」は推測デコーディングという予測手法を駆使し、複数の候補を同時に評価することで処理を大幅に高速化する。

この技術により、GPUの処理効率が向上、さらに消費電力削減も期待できる。NVIDIAは「ReDrafter」をTensorRT−LLMフレームワークに統合し、自社のGPU上でAI推論の効率を大幅に向上させる基盤を整備した。

ReDrafterは、各推論ステップでLLMが初期トークン(緑色)を生成し、それを基にドラフトモデルが「次に続く候補」を生成(破線枠内)。それらをLLMが検証して最良の候補(青色)を選んで追加する。この作業の繰り返しにより、結果として速く正確に言語を生成できるようになる。
NVIDIA TensorRT-LLMとReDrafterを使用した場合のトークン生成速度(トークン/秒)と自己回帰モデルの比較。ReDrafterは、オープンソースモデルにおけるLLMのトークン生成を1ステップあたり最大3.5トークンまで高速化する。

AppleとNVIDIAの両社が手を組んだワケ

これまで、MacBookに搭載したNVIDIA製GPUの重大な不具合や、特許問題などでAppleとNVIDIAの間には深い溝が生じていた。

それでも今回、提携に踏み切った背景には、AIをめぐる競争の激化と技術進化への切実なニーズがある。NVIDIAのGPUは、AI向けデータセンターにおいて圧倒的なシェアを誇っている。「ReDrafter」の効果を実証するには、もっとも普及している高性能なハードウェアでの検証が不可欠だ。

この提携はAppleにとって、NVIDIAのインフラを活用しながら自社のAI技術の優位性を外部に示す絶好の機会となる。一方、NVIDIAにとっては、テンサーRT−LLMをさらに進化させることで、LLMコミュニティにおけるリーダーシップを一層強化できる。また、Appleの持つ強大なブランド価値も、この協業を後押しする要素となったと考えられる。

両社の連係によって今後どうなる?

長年の確執を乗り越えたこの提携は、競争の枠を超えた新たな価値創出の可能性を示している。AIが産業全体の成長エンジンとなる中、両社はその進化に必要な共通課題に取り組むことで、技術と強みを最大限に活用できると判断したのだ。

「ReDrafter」技術の実用化は、LLM技術の普及と新たな応用分野の開拓を加速させ、クラウドコストの削減やユーザ体験の向上にもつながる。

また、この協業は、激化する競争下における、企業間連係と協調のモデルケースとなりうる。テック業界全体にとって連係と協調を促進する転換点となることを期待したい。

ReDrafterの成功から他の分野への協業の拡大への期待も広がる。北米最大のテクノロジー見本市「CES 2025」で、NVIDIAはOpenUSDベースのOmniverseデジタルツインをVision Proで扱う様子を披露した。

※この記事は『Mac Fan』2025年3月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

山下洋一

山下洋一

サンフランシスコベイエリア在住のフリーライター。1997年から米国暮らし、以来Appleのお膝元からTechレポートを数多くのメディアに執筆する。

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